プロローグ
春。俺、仲田潤一は、家庭の都合と大学進学に差し当たって、新しい家に引っ越す運びとなった。夢のキラキラ一人暮らしを想像していたのだが、現実はそう上手くいかない。家賃が安いという理由と、親の極度な心配性ということで、親の知り合いが大家をやっているアパートに住むことになった。木造アパート『四ツ凪荘』。築104年のだいぶ老耄のアパートを改築して貸し出しているそうだ。しかし、綺麗なマンションでなくても一人暮らしは一人暮らしなのである。その点に関しては胸が弾むなというのは無理な話だった。
3月10日。入学式21日前。
俺は荷物を運んだトラックとは別に電車で先に来ていた。大家の神原という人に部屋の鍵をもらわなくてはいけないからだ。
駅から歩くこと5分ほどで目的地が見えてきた。駅から近いとは思っていたがこれほど近いとは想定外だった。歩いてる途中、目を見張るような大きな桜の木が見下ろしてきたので、俺は少し睨み返しておいた。
目的の家はアパートというにはあまりにも古かった。
「改装工事をしたのでは?」
そう口が気づいたら走っていた。
木造長屋の外観には見ると、四つの部屋が並んでいるようだった。
そして一番右の部屋。その場所こそが大家、神原の家だと知らされていた。
チャイムを鳴らそうと思ったのだが、それらしいものが置いてなかったのでノックを二回ほどして声を出した。
「すいませーん。」
しばしの沈黙の後、ガチャリというドアノブを捻る音と共に、ゆっくりと扉が開いた。
俺は大家というのだからお年を召した方が出てくると思っていたのがそれは全くの見当違いになった。
髪は雑に塗られた金髪、右耳にだけ空いた大量のピアス、それになんといっても格好がとても危うげであった。こちらから見える衣装は白のオーバーサイズTシャツ一枚。その下からはスラッとしなやかな足が伸びていた。上半身もである。ダボっとした襟からは肩甲骨がこちらを除き、その下までもが顕になりそうであった。
「なんだ?」
目の前の淫女が声を出した時に初めて俺は目を合わせた。
黒い。それはあまりにも、美しい黒さだった。漆黒というにも物足りない。これは、ブラックホールだ。
光さえ全てを飲み込み、決して苦さないだろう。
俺はまだ声を出せないでいた。
「おーい。どうした?」
手をひらひらさせながらこちらに話しかける。
彼女の瞳に飲み込まれていた俺の意識が一気に引き戻される。
「す、すいません。今日、ここに越してくる仲田というものです。部屋の鍵を、もらいにきました。」
自分でもわかる。変な文法だ。
「あ〜。じゅんくんね。純子ちゃんから聞いてるよ。にしてもデカくなったねぇ。」
「母のこと知ってるんですね。」
「もちろんだよ。純子ちゃんとは大学のトモダチだったからねぇ。」
「そうなんですね。」
「そうそう、鍵だね。忘れてたよ。」
そういうと、Tシャツの裾に手をかけ、少し捲り上げた。
それは一瞬のことだったが、俺の脳内には二つの情報が簡潔に記憶された。
一つ目。彼女のTシャツの下には黒いショートパンツが履かれていたこと。
二つ目。彼女の臍には銀色のピアスが開いていたこと。
彼女は、ポケットからライオンの人形がついた鍵を投げ渡してきた。
「おっと、」
ギリギリ反射してキャッチした。
「お!ナイスキャッチ〜。」
ニコッと笑った顔はこの18年間で出会ったどんな女性よりも可愛かった。
そのあとは少しの談笑と今後の予定を聞かれ、俺は大家の部屋を後にした。
俺の部屋は、左から二番目。つまり大家の部屋を抜きにするとちょうど真ん中に位置する。
部屋の立て札には、「虎」と達筆な字で彫られていた。
こういうものの相場は102とかそういう数字ではないのだろうか?よくわからないが。
ライオンの人形がついた鍵を使い部屋に入る。
部屋は八畳ほどのワンルーム。押し入れが一つ付いており、玄関から入るとすぐ右手にコンロが置いてある。左には洗面台とトイレが付いていた。正面の大窓からは日差しが暑すぎるぐらい降り注いでいた。
一人暮らしには十分なスペースだ。
俺とりあえず張り替えたのだろう新品の香りがする畳に寝っ転がり、先ほどの大家さんの姿を思い出して幸せな気持ちになった。
少しして目を開ける。
「知らない天井だ…」
そう、これからの新生活に期待と不安が混じった声を漏らした。
どうも、夕亭 革命です。
これは私の処女作になるのかなぁ?
これで卒業だと考えると何か感慨深さと勿体なさがあります。
この話はプロローグですので、次から頑張ります。
どうぞお手柔らかにお願い申し上げます。