第21話 エネルギー革命
「常温超伝導? 本当ですか?」
「賢者の石を合成できるゆうだけでも驚くべきことやけども、それが霞むほどの大事件や!」
興奮のあまり大崎の口調がいつもより早口になっていた。
超伝導。物質の温度を下げるとあるところで電気抵抗がゼロになる。この状態では一度流された電流はいつまでも流れ続けるのだ。
電磁石に応用すれば超強力な磁力を発生させることができるため、磁気浮上式のリニア新幹線に応用されている技術である。
「常温って言いましたよね? 何度なんですか?」
超伝導現象が発生する温度は物質によって異なるが、これまで大気圧下での最高温はマイナス138度だ。これでも超伝導研究の世界では「高温」と呼ばれる。
それが「常温」ともなれば――。
「プラス200度を超えとる」
「そんな……常に超伝導じゃないですか!」
「しかも思念波を受けたときのみ超伝導効果を発生させるゆうことがわかった」
「錬金術どころか、産業界に革命が起きますね」
ちょっと想像を膨らませただけで、発電、送電、モーター、バッテリーなど、産業の核となる分野でエネルギー効率が飛躍的に高まることが予想される。
「内燃機関の時代が終わるかもしれない」
すべてのエンジンがモーターに置き換わる可能性があった。旅客機を飛ばすジェットエンジンさえもだ。
「動力機関だけと違うぞ。うちの研究者はとうに量子コンピュータへの応用を考え始めとる」
「そうなったら一気にコンピュータの世代が更新されますね」
「小型化、高速化、そして省エネ化が一気に進むことになるやろう。今のスパコンがワンチップに納まるくらいのな」
その影響はもはや健人の想像力を超えていた。「産業革命」などという生やさしい表現では足りない。ビッグバンのように不連続な変化が世界に訪れることだろう。
「そうか!」
健人の全身を歓喜の衝撃が走り抜けた。
「はははは……!」
「どないした? 健人?」
「走れる……これで走れるぞ!」
モーター、バッテリー、コンピュータの小型高性能化は世の中を変えると共に、健人の現状にも変化をもたらす。
パワーアシストの高性能化だ。
「十分なパワーと完璧な制御。それを小型筐体に納めれば、パワーアシストの性能を画期的に上げられるじゃないか!」
「あ、ああ、そうゆうことか。そやな。もちろんそれも可能になるやろ」
世の中の機器という機器がすべて高性能化する。それはパワーアシストについても例外ではなかった。
この世から車いすや義足がなくなるかもしれない。大崎は健人の興奮を傍らに、技術的な影響度に思いを馳せた。
「健人、イオツナイトの発見は君の協力抜きにはあり得へんかった。早速やが、その知的財産権取扱いについて相談させてほしい」
「そんなもの俺は……」
健人はイオツナイトで金儲けをする気はなかった。大崎電器という営利企業が関わった以上きれいごとだけではすまないだろうが、健人個人としては無償で技術公開しても構わないつもりでいた。
「損得勘定だけと違うのや。あたしらはContinuityのことも考えんとならん」
真剣な目で大崎に見つめられ、健人は開きかけた口を閉じた。
「彼らの手にイオツナイトが渡った時のことも考えとかんと。落ち着いて話し合おう」
健人は黙って頷くしかなかった。
◆
イオツナイトの成分と製造方法については無償で公開する。まず、それを決めた。
「大崎電器の収益機会を削ることになりますね」
「そうでもないで。イオツナイトだけやったら不完全やからな。せいぜいが賢者の石ならぬ『愚者の石』ゆうところや」
「愚者の石ですか」
イオツナイト単独では使い捨ての賢者の石でしかない。Continuityの幹部なら錬金術の媒介として使えるが、それは彼らが持つ「piece」と変わらないものにとどまる。
「イオツナイトを『真なる勾玉』にするンは『布留の言』を基にした思念波や。思念波発振器についてはブラックボックス化して秘匿技術にする」
発振器をチップ化してしまえばリバース・エンジニアリングはできない。利用希望者にはチップを買わせることで知財権利のコントロールができる。
「うちだけで世の中のあらゆる機器を更新することはできへん。チップ製造に特化してロイヤリティを回収させてもらうわ」
イオツナイトの原料はアルミニウム、カリウム、ケイ素、酸素というありふれたものだ。誰でも参入できるかわりに大した儲けは得られないだろう。
技術公開することでイオツナイトは汎用品となり、大崎電器としても安価で調達できることになる。
「常温超伝導技術はうちに独占させてもらうで。それだけで応用範囲は無限大や」
こういうところはさすがに大企業を率いる大崎だった。
「企業経営は性に合わなかったんじゃないんですか?」
「ふふ。合わんへんで? そやけど、手を抜くことと負けることがもっと性に合わへんさかいな。勝たせてもらうよ」
大崎電器が儲けることに健人として文句はない。新型パワーアシストさえ作ってもらえればそれで良かった。
「安心しとき。君用のパワーアシストは優先して作らせる。発明の功労者やさかいな。手柄は報われるべきや」
思念波発振器が販売されたら、売上金額に応じた技術使用料が健人に配分されることになっていた。
この知財契約は将来途方もない収入を健人にもたらすことになるのだが、この頃は気にも留めていなかった。
「君のパワーアシストだけやない。対Continuity戦の決め手となる装備もイオツナイトの公表より先に作らせてもらうよ」
「愚者の石応用装置ですか?」
「せやな。モーコンを改造して、電撃と火炎を放出する武器にするンや」
電撃についてはバッテリーを利用する現在の方式を「思念波式」に切り替える。思念波発振器を組み込むので、陰陽術が使えない人間でもこれまで以上の電撃を放出できる。
火炎についてはモーコン内部に小さな水タンクを内蔵し、自ら水素を作り出して放射する。
「随分物騒ですね」
「威力はセーブする。人殺しが目的と違うからな。決め手は連発機能や」
Continuityの幹部が「piece」をいくつ持ち歩いているのかは知らない。しかし、イオツナイトを量産できる防人側はいくらでも「弾」を補給できる。「弾倉」を交換しながら攻撃を継続することができるのだ。
「向こうが火縄銃ならこっちは機関銃や。おまけに奥の手まである」
キャンセラー。大崎はモーコンに組み込んだ新機能をそう呼んだ。
「向こうの錬金術も思念波を使っとるに違いない。ほな、そいつを吹き飛ばしてやろうゆうわけや」
「ECMみたいなもんですか?」
ECM(Electronic Countermeasure)は敵の電子機器を使用不能にする攻撃手段のことだ。この場合はContinuityが使う思念波を無効化する。
キャンセラーは敵の思念波に無意味な思念波を浴びせかける。その内容は「ひふみ祝詞」に含まれる波形を応用したものだった。
「思念波の有効バンドに『ひふみ祝詞』の波形をぶちまけたるンや。『魔封じの杖』みたいなもんやな」
防人側の人的不足を一気に補う強力な対抗手段といえた。
敵の錬金術を封じながら、こちらはモーコンで攻撃し放題となる。
「そういうわけやから君は研究に専念しい。Continuityとの対決の方は現場の人間に任せとったらええ」
「新型パワーアシストができたら、俺も現場に戻れます」
健人の頭に玉置零士の姿が浮かんだ。零士は今でも未盗掘墳のパトロールを続けているに違いない。
「健人、君はいつまで自分の価値を証明し続けるつもりや?」
冷や水を浴びせるような声で大崎は言った。
「人には人それぞれの戦いがある。戦いの場は前線だけと違うで。君は自分の持ち場を放棄するゆうンか」
「そんな……俺は」
健人はそんな風に自分のことを考えたことがなかった。他人に負けないこと。馬鹿にされないこと。そればかり考えて今日まで生きてきたのだ。
「自分の価値を知ることや。自分を信じられへんゆうンは悲しいことやで」
大崎は健人の肩をぽんと一つたたいて去っていった。




