第13話 試合:零士対健人
「なぜそんなことを?」
「豪氏を発見しやすくするためや。警察、マスコミ、一般人。多くの人間が豪氏の顔を知った。人目に触れれば居場所がわかる」
確かにネットやテレビニュースで炎上させるという方法は、手配書を配るよりもはるかに効率よく人々の目を引きつけることができる。
「すまんかったな。豪氏やご家族の名誉に気ィ配る余裕がなかったんや」
一般に誘拐事件では監禁期間が長くなるほど被害者の生存確率が低くなる。「96時間」という映画のタイトルが健人の頭をよぎった。
「結局叔父さんは見つかっていません」
「うむ。よっぽど上手に隠しとんのか……それとも」
既に埋められているのかもしれない。頭では理解できても健人はその可能性を受け入れることができない。
「くそっ、くそっ! どうすればいいんだ!」
健人は自分の髪を手でかきむしった。
「あたしらと一緒にContinuityと戦う気があるか?」
「え?」
「無理だ!」
思いがけない大崎の誘いに健人はうつむいていた顔を上げた。
切りつけるような声で大崎の提案を否定したのは、顔を赤くした玉置零士だった。
「こんな奴に防人の役目が務まるもんか!」
「何だと? こんな奴とは何だ!」
「杖に頼って歩いているような奴ってことだ」
吐き捨てるような零士の言葉で、今度は健人の顔色が変わった。
「やめろ、零士。防人の役目は戦闘ばかりと違う」
「だけど、いざというとき自分の身を守れないようでは話になりませんよ」
そのための武術「影の流れ」であり、モーコンの装備だった。
「だったら試してみるか?」
零士の目をにらみつけながら健人は言った。
「試すだと?」
「俺と戦ってみればいい。俺が勝ったら文句はないだろう?」
「馬鹿々々しい! 勝負にもならない」
「障がい者に負けるのが怖いか?」
「こいつ……!」
健人の挑発に零士も顔を赤くした。
「待て待て。健人君、零士は強いよ? 君は彼を相手に戦える自信があるんか?」
「武術を学んでいるのは俺も同じです。簡単にやられるつもりはありません」
大崎は二人の顔を見比べてため息をついた。
「しょうがないか。お互い相手に怪我をさせるなよ? ルールは……そうやな、手を使った顔面への攻撃は禁止。蹴りならOKや。金的攻撃も禁止。締め技、関節技は自由やが、タップをしたら勝負あり。ええな?」
あきらめ顔の大崎が手早く対戦のルールを決める。
「あたしがレフェリーを務める。勝敗の決着はあたしの判断次第や。おっと、武器の使用は禁止やで?」
零士は電撃スティックを手放し、リュックを背中から降ろした。
健人の方はステッキを椅子に立てかけ、リュックを背負ったまま立ち上がった。
見届け役の司を含む四人は、部屋を移動した。
どうやらトレーニング用に用意されているらしいその部屋は、マットを敷いた十畳ほどの空間だった。
「荷物を降ろさへんのか?」
「リュックの中身はバッテリーです。これがないと左足が動かない」
「そうか。零士、構へんな?」
問われた零士は無表情で頷いた。
「案山子を相手にしても仕方がない。そのままで構わない」
「……」
零士の皮肉には答えず、健人は顔から表情を消して構えを取った。
左足を前に出し上体を倒したアマレスのような構え。
「グラップリング……。レスリング、いや柔術ってところか」
健人の構えを見て取り、零士も腰を落として構えた。右半身の姿勢だが、両手は軽く握りももの横に下げたままだ。
「打撃系? 『顔面なし』はやりにくいんじゃないか」
今度は健人が皮肉を返した。
互いに構えの形や肉体の特徴を一瞬で観察した結果だった。零士の拳には打撃系格闘技経験者特有の拳ダコがあり、健人にはそれがない。
「準備はいいな? では、始め!」
審判役の大崎が試合開始を告げた。
二人とも最初の構えのまま動きを止めていた。
柔術では相手の隙を突いてタックルに入るのが普通だ。そのために体を揺らしたり、相手の周りを動いたりしてタイミングを計る。
しかし、健人はまったく動かなかった。
それは零士も同じだった。打撃系格闘技であれば、フットワークを使い間合いや相手と向き合う角度を細かく変える。その出入りの中で飛び込むタイミングを計るものだ。
だが、零士の方も両手を下ろしたままピクリとも動かなかった。
「カウンターのキック狙い」
それが零士の作戦だった。顔面攻撃禁止のルールで健人は上体を前に倒している。これではパンチでの攻撃は仕掛けにくい。
反対にキックは当てやすい。ミドルキックが頭部にまで届く。
蹴りが頭に入れば、勝負は一瞬でつく。
健人の左脚はギプスに覆われている。歩行に不自由がないことはわかっているが、武道家やアスリートのスピードで動くことはできないだろう。
そうであれば健人の踏み込みは怖くない。タックルに来ようとパンチを出してこようと、カウンターのキックを合わせるのは零士には簡単なことだった。
「来ないのか?」
揺さぶりのつもりで零士が言葉を発した瞬間、健人が動いた。後ろに置いた右足でマットを蹴って前方に飛び出す。
(来た!)
零士は左足を右足に引き寄せ、カウンターキックの初動に入ろうとした。半身のまま右横蹴りで健人の顎をしたから跳ね上げるつもりだ。
健人が反応して左右に避けても構わない。肩でもわき腹でもいい。どこかに蹴りを入れて相手の勢いを止める。
後は蹴りとパンチの連打で押し切る。「影の流れ」を使うまでもない。
零士が右足のつま先を浮かせようとした時、健人の攻撃が放たれた。
「何っ!」
健人の攻撃はタックルでもパンチでもなかった。
「ローだと?!」
ギプスをした左足で、健人はローキックを放ってきた。浮きかけた右脚を刈り取りに来る。
まさか、障がいのある左足で蹴ってくるとは思わなかった。零士は蹴りの初動に入っている。右足を外に踏ん張ってキックに耐えるガードは間に合わない。
零士は横蹴りをキャンセルし、膝を曲げて空中で健人のローをカットしようとした。
ごつん。
鈍い音が零士の膝から響いた。骨を伝わって体の内部に衝撃が走る。
「ぐっ!」
バットで殴られたような激痛が零士の膝に走った。健人のすねを覆うパワーアシスト、その「装甲」が与えた衝撃が原因だった。
(こいつの足は武器じゃないかっ!)
このまま痛む右脚を晒していたら、つけこまれる。零士は苦痛をこらえながら右足を引いて左構えに入った。
(次は自由に蹴らせん!)
わかっていれば防ぎようがある。健人の蹴りは武道家の蹴りではない。カウンターで軸足を刈るか、今度こそ頭を蹴り飛ばすか。
体を反転し、痛む右脚を下げきったら攻撃態勢が整う。零士が軸足となった右脚に体重をかけようとした瞬間、健人が片脚タックルを仕掛けてきた。
零士の左ひざの裏に左手を入れ、踏み込みながらグイっと胸に引き寄せる。その間も踏み込みの勢いは止まらず、健人は頭と左肩を零士の腹に突っ込むようにして体重を加えた。
(つけこまれた!)
左構えに入る動きの途中で仕掛けられたため、零士はカウンターが出せなかった。このままでは床に押し倒され、勢いのままに攻撃を受けることになる。
零士も多少寝技ができるが、本格的に柔術を学んだ人間に勝てるほどの腕前ではない。
このままではやられる――。零士の背骨に寒気が走った。
(ちいっ!)
追いつめられた零士は唇を丸め、押し倒されながら細く息を吐き出した。
「Fu――Ru――」
丸めた唇から歌うような声が空間を震わせた。零士が発した不思議な声。
健人の頭の中に直接響くような旋律だった。
「がぁっ!」
次の瞬間、声を上げて転がり回ったのは健人の方だった。




