第3話 変わり者の未来
ポストに入っていた無地の封筒の封を切る。大体、察しは付く。
「先生、それ今流行りのミュージカルだよね」
やはり封入されていたのは、チケットと添えられた付箋だ。そこには、良ければ見に来てね、とそれだけが書かれていた。いつも通り、癖のない丁寧な字で。
「ああ。元上司が出るそうなんだ」
「そうなんだね。先生は誰と行くの?」
「いや、まだ決めていない。」
「じゃ、せんせっ。僕と行こうよ!」
ヒナギ君は変わった。昔は仕事しか興味を示さず、それ以外のことに関しては気にも止めない。どこか彼だけが別の世界にいるような、淋しい子だったのに、今では彼の周りには人がいる。彼を助けてくれる人が。彼の支えになる人が。
「しかし、部活動があるんじゃ…」
「午前中までだからね」
「そうか。」
もう、疲れたから寝るんじゃないか、なんて心配もいらない。しっかり、中学生だ。
それが少し、ほんの少しだけだが、寂しいとは、全く私は変わってしまったようだ。いや、彼が私も変えてくれたのだろう。彼自身とともに。
────ブー
これは、2.5次元舞台で原作は現在ダウンロード数1000万超えと大人気なアイドル育成シミュレーションゲームだ。「eclipse」という男性アイドルグループらしい。
「皆さん、こんにちは〜」
落ち着いたテノールの声に、華やかな顔立ちをした青年────堤。圧倒的1位を誇る、王子系。それが私の元上司レイさんが演じる役だ。
「今日は盛り上がっていきましょう」
吊り目がちな瞳にワインレッドの髪の元気ハツラツとした、グループのリーダー────天理。少しワルっぽい王道系だ。
「会えなくて寂しかったぁ?」
目元にはホクロの小悪魔系────古川。
「みんなー。おーひさ〜!」
高い少女のような声の可愛い担当────瑞稀。
「よろしく」
氷の王子の名もつく、ツンデレ系────王谷。
今回の舞台は、過去のエピソードを挟みながらも、本当のアイドルのライブのような形式だ。
ここは第2回の公演でメインで王谷に、サブで堤にスポットを当てた回の再現シーンだろう。
「王谷さん。なんか最近、なんかありました?」
「…いや、何も」
王谷はいつもどおりに聞こえてしまう声で短く、答える。
「嘘だね。」
だが、堤はすぐにそれを否定する。堤は面倒見が良いとは言えないが、人の事をよく見ているため、見逃さない。
「うーん。確かに、ダンスの振りもちょくちょく間違えてるよねー」
「いつもだったら絶対にそんなことしないのになぁ。ねぇ〜、いつも俺に違う違うっていう王谷くん」
「まぁまぁ、古川君も」
「ん。今の先輩からかっても面白くないし」
そう言いながらも、いつもの調子で言葉を言い返されると思っていた古川は古川で戸惑い。少しは心配しているようだ。
「あ、分かった。好きな人が告白されたとか?」
王谷の肩がピクリと跳ね、眉根を寄せる。
「えっ、まさか当たった?! やりー」
「…もう帰る」
「あっ、王谷さん。待って…」
「いっちゃったね」
「まぁ、青春謳歌しているみたいだし、そっとしておこうか」
「いや、そこは聞くとこじゃない」
「あぁ〜。もしかして、堤さん。恋愛経験、ゼロな感じですかぁ。あるんですよね。こういう王子様、とか持て囃されてる人ほど。うんうん。」
「ん? 喧嘩なら受けて立つよ」
全く本気ではないものの、堤は古川の挑発に乗っている。
方針が固まらないまま、その日は稽古の時間が終わってしまった。そして、バイトやテストなどの予定がない、堤と古川が稽古場に最後残っていた。
「それで、堤さん。ほんとに先輩のこと、そのままにするんですか?」
「俺が相談とか、この世で二番目にできないことだよ」
「ふーん。一番は?」
「何だと思う?」
「どうだろ? 分かんないから、いいや」
「ふはっ。そうなる? 古川は真っ直ぐだけど、素直じゃないよね」
「えっ、歪んでるってよく言われるけどなぁ」
「それこそ、まさかだよ」
「そぉ〜? ふぅん。まさか、そういう趣味?」
「いや、それは違うかな(笑)」
「でも、王谷と同じ大学に通ってるし、高校からの先輩後輩なんでしょ? これ以上の適任はないと思うんだけどなぁ。堤さん、大人だし。」
「無理かな」
「えーっ、お願いだよ。あっ───」
すると、突然思い出したように声を上げる。ただ、その顔はニヤついていて、絶対に事前に仕込んでいたのだと分かる。
「そーいえば、これっ」
そう言って、古川がパーカーのポケットから出したのは、粉々に割れてしまった破片の数々だった。小さくなっているため、ひと目見ただけではわからないだろう。
ただ、その瞬間、堤の姿が不自然に固くなった。
「大事にしてたんだってぇ。残念だったねー。これ限定だけど僕、これのツテがあるんだけど───」
「どうして、それを!」
堤の想像以上の動揺に古川は訝しげにする。
「うん? 自分で捨ててただろう。その時に、綺麗だなと思って拾ってただけで、僕が壊したんじゃないのは知ってるでしょ。」
「…いや、何でもないよ。ありがとう。じゃあ、仕方ないな。万年筆はお願いね」
「はいはーい。王谷のことは───」
「分かってるからさ。任せていいよ」
「さすがー、堤さん」
「とは言え、どうしようかな。ふぅ。入るよ」
「帰れ」
「────さん、──歳、───部に所属、クラスでは副委員長をしている。」
「帰れ」
「ただ、クラスの中心的存在ではなく、高嶺の花まではいかないものの、少人数とだけ深い関わりを持つ。そして、王谷はその一人。王谷と幼稚園の頃からの幼馴染。王谷が氷の王子様としてのキャラを作るようになった小学校中学年以来も、仲良くしてくれて───」
「おい。なんで、そんなこと、あんたが知ってる?!」
「まぁ、調べたから、かな?」
「怖っ、後帰れ」
「彼女───王谷が彼女と仲良くしてるのは、幼稚園の時のことを恩に着て、それに縛られてると思っているんじゃないかな?」
「だから、何でそれを?! ……。まさかっ。そんなこと、思ってたのか?」
王谷は堤に脇目も振らずに、物凄い音を立てて、ドアを閉めると、出て行ってしまった。
「ごめんよ。王谷の成長を考えるなら、こんな直接的で無理やりな方法じゃないほうがいいのにね。俺には最短距離を示すしかできないかな。」
「俺にとっては親身になることなんて一番しちゃいけないことだからさ。」
「お、おはようざいます」
「おはよう」
いつものような元気いっぱいの大声ではなく、王谷に気を遣った控えめな挨拶に、いつも通りのそっけない声が返ってくる。
「あれっ?王谷さん、元気になったんだ。良かったぁ」
「堤さん、ですよね?」
「まぁ、でも力技だったしな」
「でも、それでも、ありがとうございますっ!」
普段はきつく見えてしまう目元も、ふにゃりと緩んで、天理は二ヘラと笑った。堤の目が大きく見開かれ、眉を下げると少し困ったような顔で笑う。
「…天理。この万年筆、預かっててくれる?」
「? はい。」
「前に壊しちゃったことがあって、別のを古川にもらったんだけど、また壊しちゃうかも知れないから。今は使う予定もないし、お願いできないかな?」
「そ、そんな貴重なモンを俺に…。確かにお預かりしました」
「王谷く〜ん。良かったねぇ。イモムシの相手をしなくて良くなって、僕もうれしいよ。」
「は? いつも、絡んでくるのはあんただろ」
「実は夏休みにみんなで海に行くことになったんだけど、仕方ない。王谷くんは彼女さんのお相手で忙しいからね。お留守番だ。あ、お土産はないからねー。」
「うるさい。あと、お土産なんて頼んでない」
「あー、拗ねてる? ねぇ、拗ねてるでしょ」
「黙って」
「ふふっ、楽しそうですね」
「海に行くなんて話、まだ出てないんだけどね」
「大丈夫だよ、王谷さん。その時は彼女さんも誘っていこう。みんな、一緒だよ」
「…うん」
中間部分でテンポが変わり、アップテンポになる。ここはそっちの分野が得意な古川と瑞稀の見せ場だ。低身長の二人が隣合わせで息ぴったりに歌詞を重ねていく。
「君は何が好きかな」
「僕はそれが好きかな」
「僕は何が好きかな」
「君はそれが好きかな」
そして、サビだ。ここからは、ダンスをやめて舞台全体にそれぞれが広がっていく。
「君は別に同じじゃなくてもいいよって」
「笑うんだよ」
「でも、やっぱり僕はさ」
「少しでも君と同じが欲しくて」
端から1人1人スポットがあたり、4人が繋いだセリフ。
「君に近づきたくて」
「ごめんね。これは僕のワガママだから」
それを中央で最後にレイさんが歌い、最後は全員で締める。
「愛してる」
いや、違う。歌っているのは、目の前の少年だ。
屋上への階段を上りながら、歌う少年は尤もレイさんの堤のように上手いわけじゃない。でも、努力が分かるヒナギ君らしい歌だった。
さっきから、ポンポンと空に上っていた花火。それも、終わりに近づいていたのか、一際大きいオレンジと黄色の花火が立て続けに、ヒナギ君の後ろを彩る。
「あはっ。先生、歌って踊ってる役者としてのあの人が好きなんですよね。」
「ああ。よく、知ってるね」
「僕も見ててください。」
「見てたさ」
「ありがとうございました。これからも、僕の先生でいてね。僕は一生、先生の生徒だから」
「勿論だよ」
「じゃあ、先生。また明日ね」
「ああ。またね」
皆さんお察しの通り、作者はただ舞台っぽいのが書きたかっただけです。楽しかったぁ。
一応はこれでハピエン完結です。でも、タイトル通り作者は平凡なのがあんまり好きじゃないので、この後もう1話投稿するかもです。その場合は、メリバになる予定ですから、ハピエンのほうが好きな方はご注意ください。
これからも間が空くことはあると思いますが、なるはやで頑張ります。気長にお待ち下さい。