第1話 変わり者の日常
2話目のほうが内容的には面白いと思うので、そちらが良い方は先に2話をお読みください。逆の方がいい人があまりにも多いならなら変えようと思うので、教えてください。
注意!
2話目と時系列が逆になっています。分かりやすい方がお好みの方は2話目を先にお試しください。
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◇Acetoneのカタログ
◆試作品:転職
>この商品を使用した人は、こんな運命を辿っています!
男は教育実習生だった。その実習中にとある少年と出会った。意識がいつもどこか違うところにあるような不思議な雰囲気に、齢7歳にして異常なほどの頭の回転の良さ、ミジンコ並みの体力、彼のトラウマと嫌いなもの。これは変わり者が変わり者を変えるまでの記録。
「お疲れ様、ヒナギ君」
「……」
私は車のドアを開けると、少年は黒のシートにドサッと転がり込んだ。
「…ぜぇ、はぁ〜、ぜぇー」
彼の小学校から、ここまでは5分もかからない。しかし、成長しているのだろう。以前はここまで歩いてくることもままならないほどの体力だったのだから。
少し車を走らせていると、赤信号に引っかかった。
家までは近く、歩いても15分程度だ。しかし、少し入り組んだところにあり、必ず1回は信号に引っかかるのだ。それもあって、車でも10分とさほど変わらない。
では、なぜ徒歩でないのかと言えば、後部座席にいる彼が関わってくる。
「どう? 少しは落ち着いた?」
私はいつもどおり、隣の座席においてあるバッグの上のタッパーを彼に手渡す。
「はぁ〜、ありがとう。今日はクッキーなんだね」
「ぐっ、またちょっと固くしたよね?」
バックミラーを通じて映る、少年の寄せられた眉根。
しかし、それも仕方のないことだ。彼の噛む力は弱すぎる。少食で給食も少ししか食べないし、特に普段は酷く、完全栄養食のドリンクで済ませているらしい。
「うん。でも、やっぱりおいしい」
彼のパッと輝く瞳と、白い頬に微かに色が浮かぶのを見ると、表情が乏しい方である私も口角が上がる。
「それは良かった」
程なくして、私は車のエンジンを切った。すぐ隣にあるのが私の住まいだ。一人暮らしにしては少し広めの一軒家だ。
勿論、ここは東京ではない。大学生になり、バイトを本格的にし始めて1年と少しの一学生なのだから。
それでも、おかしいかもしれない。まぁそれは高校生の時も家に居づらくて良くバイトをしていたというのもあるのだが…。
「……」
「ね、どうしたの?」
その少年の声によって、一気に現実に戻される。
「いや、なんでもない」
「そうなの?」
彼は不思議そうに首をコテンと傾げている。そのときに、少し長く伸びた髪が揺れ、その隙間で白い十字架がゆらゆら揺れる。
それを見ると、私はなんとも言えない気持ちになる。
私の表情が変わったのに気づき、またもや彼の頭の上にハテナが浮かんでいるように見える。
「そのイアリング、学校でもつけてるのかな?」
「うん。勿論だよ。せんせーがくれたんだから」
そう。このイアリングは紛れもなく、私が彼にあげたものだ。彼の誕生日に誕生日プレゼントとして。そのイアリングはもともと私が使っていて、それがお気に召したらしかったからだ。
「いや、でもヒナギ君。学校にイアリングはつけて行ったら駄目だろう?」
「大丈夫だよ。だって、バレないようにしてるから」
彼はたまに少しズレたところがある。そういう問題ではないんだが、と言いたくなるところが多々、いやかなりある。
後2、3年も立てば、教師になるものとして、微妙な気持ちだ。
「いや、そういうことじゃ…」
───ヒナギ君は私の気持ちを知らないんだろうな
「あ。雨、降ってきちゃったね」
「本当だ。傘、取ってくるから」
玄関に確か置いていたはずだ。
「えー、大丈夫。家、本当にすぐ近くだよ」
「つい最近、風邪を引いたばかりだろう? すぐだから」
「はーい」
少し不満げだが、きちんと言うことを聞いてくれる素直なところは1年生だなと感じる。
お互いに服を着替え、今の彼は制服ではなく、いつものセーターに少し丈の長いパンツを着ている。それぞれの時間を過ごす。
私は夜ご飯の準備───まとめて作って急速冷凍させるが、勿論食べるのは自分1人だけだ。あくまで、彼がここにいるのは家に早い時間には帰れないため、その時間つぶしだ───をする。
彼は普段とは打って変わって真剣な面持ちでタブレットに向かっている。紅茶置いておくよ、と言うも、やはりというべきか彼の耳には全く入っていないようだ。少しカップを彼から遠ざけたところに置いておく。
ああなった彼は、何をしても気づかないのだ。
夜ご飯の準備もとっくに終わり、夜ご飯さえも食べ終わった頃。
「ごちそうさまでした。ありがとうね、せんせ」
集中していたのもあるだろうが、彼はクッキーをやっと食べ終えたようだ。
「どういたしまして」
彼はキッチンの流しにタッパーを持ってくる。まだ考え事は続いているようで、片手ではタッチペンをクルクルと見事に回している。
「…っ、危ない!!」
注意しようとした矢先、彼は躓き、ドテッと転けてしまう。
「あだっ」
「大丈夫?!」
私はすぐに彼の元に駆け寄ると、目の前には先程のタッチペンが目の前に合った。転んだ拍子に手から抜けてしまったのだろう。
──スッ
そんな音とともに、使い込まれて尖ったタッチペンの先は私の額を撫でた。
「せ、せんせ。大丈夫?」
目の前に白が映りこむ。それは解けた包帯だった。タッチペンの先で切れてしまったのだろう。
そして、顕になったその額には大きな傷跡があった。少年は息を飲んだ。
「…せんせ、ごめんなさい」
彼は真っ青な顔で俯いた。
「いや、ヒナギ君が気にすることじゃない。それで、宿題は終わった? 明日は土曜日だから、それが終わったら休日の分もおやつをご褒美あげよう」
「本当? 何かな?」
「それは終わってからのお楽しみ」
「すぐに終わらせるね」
彼はいつもの天真爛漫な笑顔に戻り、宿題にとりかかる。
しかし、彼の器用さと頭の回転の速さに宿題はすぐに片付けられた。1年生だからと言われれば、それまでだが、それでも1分というのは早すぎやしないだろうか。
「忘れ物はない?」
「うん。今日もありがとう、せんせー。おやすみなさい」
迎えのタクシーを傘を指して見送る。
「はい。おやすみなさい」