『楠ママのおバカな奮闘記!?』
篠織一家は、都内の劇場にやってきた。
それは芸能事務所が立てた劇場のようで、基本的にはお笑い芸人のライブが開かれている、こじんまりとした小屋だが、
新しく清潔な印象がある。
劇場というよりか、映画館の雰囲気に近い。
客層は、やはりファミリーミュージカルらしく、子供連れの客が多く、年齢層も比較的若い。
エリーも、こういうステージに立つようになったんだなあ……と篠織は感慨に耽っていた。
「ブーー」という1ベルが鳴ると、
開演の合図である。
篠織の娘、由美香も、ミュージカルは初の体験だ。
由美香もソワソワしながらも、これから始まる出し物に期待感を昂らせているように感じる。
彼女にとっても、いい思い出が作れるよう、篠織は祈った。
そして、
「どうもーーー!!」
と、舞台に芸人らしき男二人組が現れた。開演直前のアナウンスを、役者にやらせるという手法だ。
会場は拍手に包まれた。
特に客が『固い』と、ステージはうまくいかないのでそれをほぐす役目として、
こういう手法を用いることがある。それが芸人なら適任と言えるだろう。うまいやり方だ。
「はい。今から始まるんですがね。えー、携帯電話、切っといてくださいねー。
鳴ったら僕ら、それに対して客イジリしちゃったりするかもしれないんでー」
客席にクスリとした笑いが起きた。
そうそう。何も前説明で無理やりな笑いを取る必要はない。
このくらいでいいんだよ。と篠織は客席で感心していた。そして、早速本編への期待を膨らませていった。
「あ、でも笑い声はね! 僕ら大歓迎ですので! 我慢なさらず大きな声出してくださいね」
「お子様もね! 『志村うしろー!』って言ってくれても僕ら、慣れてますんでねー」
「お前それは古すぎやろ!!」
芸人二人も、テレビで見たことはないが、なかなか『場慣れ』している感じがする。
演目のタイトルはなんだっけ?確か……『楠ママの、おバカな奮闘記!?』だ。
これは名作の予感がする。
……がしかし、
「ところで君、あれやな。顔が浮腫んどるな」
男が、もう一人の男に話を振った。
「最近の総理大臣か」
「誰がやねん!! 誰が●ンパンマンを性病にしてホ●にした顔やねん!!」
……一瞬にして客席が凍りついた……。
篠織も、咄嗟のことで何がなんだかわからないが、人の外見をイジって笑いをとるやり方は、篠織は好きでは無かった。
「今日の髪型もあれやな。金正●みたいやないか」
「誰がやねん! 誰が覇気ヘアーやねん! 核ミサイル落とすでしかし!!」
客の心が一気に離れていく空気を、篠織は感じた。
……おいおい。ファミリーミュージカルじゃなかったのか? そのネタのターゲット層、当たってるか……?
「それじゃ、間も無く開演なんで、お楽しみくださーい」
男達は、客席の空気を散らかすだけ散らかして去っていった。
娘の由美香も、ポカーンとしている。
ま、まあ! 今のは若手が浮ついてただけだろう!! 本編が始まって仕舞えば、
エリーが出てくれば! きっとミュージカルらしくなるはずだ!!
……篠織は信じていた。そして、物語、『楠ママの、おバカな奮闘記!?』が始まった。
……幕が開いた瞬間。無音で、先ほどの男達が抱き合ってキスをしていた。
「にいちゃん、楠五十八郎にいちゃん。ボクもう辛抱たまらんねん
させてーな。●ックスさせてーな
ボクもう、とーちゃんとするの飽きてん。」
「あかん。あかんねんて。六十郎。僕ら、100人家族の兄弟やんか」
「前時代的やにいちゃん。今はボーイズラブが流行りやねん。僕らが101人目を作ろうやないか。
ほら、ケツ出しい」
六十郎が、五十八郎のズボンを下ろした。
派手なパンツが出てくる。
「ほら、にいちゃんもやる気やんか。」
「しゃーないわ。お前ホ●やもんな。ええでさせたるわ。俺らで101人目作ろ。そして1匹づつ、犬の名前に改名すんねん」
「ええから、早よさしてーなー。ボク、ムラムラして我慢できひんて」
……なんだ? 一体、何を見させられているんだ?
客席はざわつき始めていた。篠織は、直感で嫌な予感がした。
そして……六十郎は、五十八郎のパンツを下ろした。
……五十八郎は両手で隠すが、一瞬だけ、『現物』が見えた。
客席から悲鳴が聞こえる。
妻の顔は豹変して険しくなっていた。
そして……意味不明な男達の『行為』が始まった。
「なあ、そういや母ちゃんどないしたん?」
「ああ。あのアバズレかあ? あいつもう閉●しとんねん。使えんから今、ブタとさせとるわ」
「あははははは!! 傑作やそれは!!」
すると、舞台の後ろ側にスポットがあたり……
全裸のエリーが豚の仮面を被った大男と行為をおこなっていた。
ここで出ていく客が現れた。妻も、黙って席をたった。
娘の由美香も具合が悪そうだったので、篠織は由美香を抱えて、席を立った……
「知っとる? あの女、この間豚の解体してバズったんやて!! 」
「あははははは!! 傑作やそれは!!」
客席からは、子供の悲鳴と泣く声、その親からは「サイテー!!」 という非難の声。
それでも淡々と演目は続けられる。つまり……こうなることは劇団サイドも想定済みの疑惑まである。
地獄。地獄である。
自分は、何てものを家族に見せてしまったんだろう。篠織はもはや、自分を責める以外にできることがなかった。
……その日は結局、エリーに会わずに家まで帰った。
車の中で家族3人、ずっと無言だった。
「……帰りに何か食べにいく?」
と篠織は聞いてみたが、全員、とても食欲が湧かなかった……
公演は、最終的に観客の一人が通報し、警察が強制的に終演させた。
その時に自称演出家の芸人の男が「俺がやってることは芸術やねん! クソポリが!!」と警察に抵抗したため、
業務執行妨害、猥褻物陳列罪、器物破損、その他諸々の罪がついて男は逮捕された、とニュースが報じた。
エリーは……また有名になった……。