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<4・りよう。>

 警察呼びますよ、で退いてくれる相手ではなかったようだ。仕方ないので、適当に投げておねんねして貰うことになった。みらも一応手加減したが、怪我していないかどうかは知らない。うっかりコンクリートの地面の上で投げてしまったので、場合によっては多少背中を痛めたかもしれないからだ。

 まあ、女にぶん投げられました、なんて奴らも恥ずかしくてそうそう上司には言えないだろうが。


「すみません、ありがとうございます鳥海さん」


 霧島流は、何度も何度も頭を下げてきた。お礼に奢ります、と言われたので駅前の居酒屋に入って今に至る。よくある安いチェーン店だったが、から揚げの味は悪くなかった。チューハイを注文しつつ、ありがとうと繰り返す流。


「意外です。鳥海さん、お強いんですね」

「某有名な探偵漫画のヒロインに憧れてまして、それで空手を習ったんです。柔道も少々。まさか、こんなところで実戦することになるとは思ってもみませんでした。あの人たち、背中を痛めていないといいんですけど」


 彼を助けたのは当然善意ではない。恩を売っておけば後に役立つかもと思ったのと、それから彼に絡んでいた半グレ組織について情報を得たかったからである。

 こうして助けておけば、事情を尋ねやすいというものだ。我ながら打算的で嫌な女になったものだな、と思う。


「あの人たち、いかにも半グレって感じでしたよね。あるいはどこかのヤクザの下っ端っていうか」




『申し訳ないですけど、彼女について何度訊かれても俺は知らないとしか言いようがないんです。本当に、今は連絡も取り合っていないんです!』

『んーんー。そう言われても困るんだよなあ。そもそも、いなくなるまではずっとあんたと仲良くしてたって話じゃないか。保証人のところに、あんたの名前もがっつり書いてったんだぜ、あの女はよ』

『俺はそんなものにサインした覚えはありません!彼女が、貴方がたのような存在と付き合いがあったということだって当初は知らなかったくらいなんですから!』




 聞こえてきた会話から推察すると、どうやら流の彼女(?)らしき女性が急に失踪し、その彼女に用があった半グレっぽい連中が女性を探して流のところまでやってきたという流れなのだろう。大方、やばい筋から借金をして、そのお金を返せなくなってトンズラしたとでもいうところか。しかも、ちゃっかり保証人の欄と連絡先に流の名前を書いた上で。


――あの保証人ってシステムも、はっきり言ってアテにならないっていうか意味ないっていうか迷惑なだけというか。


 借金が返せなくなった時、保証人のところにそのとばっちりが来る、というのはあるあるな話である。現実のまともな会社ではどうか知らないが、少なくともマンガやアニメで闇金に追われる羽目になる保証人というのはよくあるネタの一つだろう。

 が、保証人はあくまで保証人であって、借金を借りた本人ではない。自分が借りたわけでもない金を代わりに返せというのはなかなかおかしな話ではないか。

 それに、保証人欄に名前を書いたのが本人だと、一体どうやって証明できよう。筆跡を変えて自分でサインをし、適当な判子を用意すればそれでどうにでもなってしまうのではないか。いや、判子が廃れつつある今のご時世、判子はもう必要なくなっている可能性もある。


――まあ、それでこの彼は、勝手に名前を書かれたってオチなんだろうけど。


 彼女とやらが闇金でお金を借りていたことさえ知らなかったということも考えられる。正直、流石に同情もしようというものだ。


「……その」


 そして、やや目を泳がせて彼が言った言葉は。


「失踪したの、従姉なんです」

「いとこ?恋人じゃなくて?」

「はい。どうやら彼女、かなり危ない世界に足を突っ込んでいたみたいで、やばいところからお金を借りてて。保証人の欄に、俺の名前を勝手に書いたらしく……」

「……あー」


 恋人、ではなかったが。それ以外は予想通りの範疇だった。お気の毒な話である。しかも、会社のビルの駐車場までやってきたということは、既に職場も知られているということなのだろう。

 最悪、そのうち会社にも乗り込んでくるのではないか。そうなったら、みら達社員もみんな無関係ではなくなってしまうだろう。面倒くさい、が。みらの目的を考えるのであれば、それもそれで好都合かもしれない。

 鞠花には申し訳ないが、みらの最大の目的は会社で仲良く仕事をすることではないのだから。


――半グレって一言で言ってもいろいろあるんだろうけど。蛇の道は蛇とも言うしな。


 あの組織について知れば、弟の死についても何かわかるかもしれない。果たして、この青年は彼等についてどれくらい知っているのか。

 目的を達成するためならば、霧島流が多少危険な目に遭ってもどうでもいいとみらは思っていた。確かに、彼が弟を死に追い込んだ張本人である証拠はどこにもないし、本当に彼が慕っていた先輩というだけなのかもしれないが。

 もし自殺だったなら、とどうしても思ってしまうのだ。

 そんな彼を、すぐ傍にいたのに救えなかったこの青年に対して、何も思うなというのは無理があるのである。本音を言うなら今すぐにでも、何故弟を助けてくれなかったのだと問い詰めたい。そして、弟を死なせておきながら何故そんなへらへら笑って仕事ができるのかとも。

 わかっている。半分は八つ当たりだということも。それでも、自分は。


――私は、このために今日まで生きてきたんだから。


 必ず弟の仇は取る。どんな非人道的な手段を用いたとしても、だ。


「ということは、あの人達は闇金融なんですか?ヤクザっていうよりは半グレという印象でしたけど」


 それとなく探りを入れてみる。もし、自分が知っているのと同じ名前が出れば。


「お金を貸すのを、ビジネスにしているわけではないみたいだよ。彼等が売った商品の代金を払わないで逃げたってことみたい。……鳥海さんも気を付けてね。あの半グレ組織……“サイレス”だっけ。この近隣を縄張りにしているみたいだから」

「!」


 サイレス。

 間違いない、弟が打たれたという脱法ドラッグ“メリッサ”を東京で中心となって売りさばいていた半グレ組織の一つだ。確かに、会社近辺で活動しているらしいとは聞いていたので可能性は高かったが――早々にここで繋がりが出て来ようとは。


「その商品って」


 カマをかけてみるべきか。みらはビールを一口飲んで尋ねた。


「クスリ、とかだったりします?」

「!?」


 流がぎょっとしたようにこちらを見る。ビンゴ、とみらは内心ほくそ笑んだ。勿論そんなのはおくびにも出さず、表向きは心配そうな顔を取り繕うが。


「いえ、なんとなく噂を聞いていたもので……心配はしてたんです。サイレスっていう半グレの組織がこのあたりを牛耳っていて、危ないお薬を売ってるって。特に、女性に対して痩せるお薬だと嘘をついて売り飛ばし、本人が知らない間に薬物中毒にしてしまう事例もあるんだとか……」


 痩せるための薬だと信じて買ったら、覚醒剤も真っ青な凶悪ドラッグだったなんてまったく笑えもしない話である。知らず知らずに中毒になっていく彼女達は、とにかく薬が欲しくて高い金を湯水のように使ってしまうようになるのだとか。

 そのお金が払えなくなると、風俗の最下層に売り飛ばされるらしい。女性の尊厳を粉々に破壊するような、ほぼ拷問のようなプレイを強要するAVに無理やり出演させられ、最期は薬と暴力で心身ともにボロボロになって捨てられるのだとか。吐き気がする話である。

 最近は、女性のみならずお洒落に気を遣う若い男性も標的にされることがあるらしい。痩せてかっこよくなりたい、というのは実際男女共通の願望ではあるだろう。


「私の友達が話してくれたことがあったんです。ようは、友達の友達の話なんですけど……そういう半グレ組織だと知らずにバーで出会ったら、痩せる薬だよって勧められて。実際飲んだら一気に何キロも痩せてハマっちゃって、気づいたら記憶が飛んでて病院のベッドの上だったって」

「酷いね、それ……」

「はい。私、人を壊すと知っていてそういう薬を作って売るような人も、人を玩具にする人も大嫌いです」


 弟をハメたかもしれない組織との関わりが、この流という青年から出てきたのだ。流自身も、その半グレと何か関わりがある可能性もゼロではあるまい。従姉というのも、まだ本当かどうかは確定していないのだから。

 みらはちらり、と彼の様子を伺う。

 もし流が、弟に薬を打ったり追い詰めた犯人なら、なんらかの反応が見えるかもしれないと思ったからだ。結果は。


「……そうだね。本当に、最低だね」


 唇を噛み締めて、彼は低く唸るように呟いた。その表情が意味するところは何だろう、と少しだけ戸惑うみら。動揺しているというより、悔しさを噛み締めているような顔。怒りを押し殺しているような顔に見えたからだ。

 過去に、やはり何かあったのは間違いなさそうである。それも、従姉とやらのことだけではなく――。


――最上千歳は、この男にあまり関わらない方がいいと言った。それは、単純に彼があの半グレに絡まれていたから?それとも、この男自身にまだ秘密があるからか?


 後々、千歳にももう一度ちゃんと話を聴いた方がいいだろう。だが、今はそれよりも前に。


「霧島、さん」


 彼を、利用させて貰うことにしよう。流に貼りついていれば、おのずとまた半グレ組織の方から接触してきてくれそうだ。そのためには、傍にいるための口実が必要だろう。


「サイレスとやらの連中、また来るかもしれませんよね?ひょっとしたら、会社にも乗り込んでくるのかも」

「そ、それは困るよ。いくら彼らでも、最低限の常識は持っていてくれると信じたいけど……」

「何にせよ、夜道に気をつけなくちゃいけないのは確かではありませんか。……だから、霧島さんさえ良ければ。私がボディーガードを買って出ますが。ほら、今日の見たでしょ。私、とても強いんですよ。そうでなくても二人で常に一緒にいれば、あいつらも手を出しにくくなるでしょうし」


 さすがに昼間に派手なことはしてこないだろうし、営業の仕事は彼一人で取引先に行くことはそうそうないはず。そちらは心配しなくていいだろう。気を付けるべきは、仕事に来る朝と帰りの夜だ。


「え、それは……助かるけど、悪いよ。それに、女性を危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 流はきっぱりと断ってきた。かなり怯えていた様子だったのに、まだ私のことを気遣える気持ちがあったのかと少しだけ感心してしまう。

 本当は、表向きの顔が全ての優しい人なのかもしれない。弟の死に心を痛めていて、最近やっと立ち直った人ということだって充分あるとわかっている。それでも。


――私はもう、止まれないから。


 みらは善意しかありませんという顔で、男に微笑んでみせるのだ。


「ありがとうございます。でも、私は本当に強いんですよ。……それに、“恋人同士になった”ってことにしておけば、一緒にいても不自然ではないでしょ」

「え」

「今すぐ好きになってくれとは言いません。でも、私は貴方の傍にいたいんです。……初めて会った時にはもう、私は……」


 利用する。

 クズな女に成り下がってでも。


「恋人のフリ、でもいいんです。近くにいさせてもらえませんか。……私は、貴方を一番近くで守りたいんです」



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