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<25・あい。>

 瑠美香が恍惚としながら語る話を、みらはどこか冷めた想いで聞いていた。

 薄々想像がついていたことではあったからだ。一連のドラッグに関する騒動は全て、この女の大規模な実験。こいつは自分以外の人間を実験動物としか思っていないし、それは家族や恋人だって同様。だから、己のやったことの報復として流たち身内に迷惑がかかってもなんら関係がない。そう思って生きてきたのと。


――こんな奴のために、あの子は。


 何度も、何度も、何度も。

 みらの脳裏に、愛した弟の笑顔が浮かんでは消えて言った。


『はい、髪飾り!』


 ああ、あれは、いつのことだっただろう?まだ両親が離婚する前。弟はまだ小学生だった。家族四人、お花見に行った時のこと。彼は笑顔で、みらの髪に桜の花びらを飾ってくれたのである。


『姉ちゃんやっぱり、ピンク似合うね!お姫様みたいだよ!』

『そ、そうかな?私みたいなガサツな奴でも似合う?』

『似合うよ!姉ちゃんがお姫様なら、俺は姉ちゃんの騎士になるね!』


 ふふん!と彼は勇ましく剣を振るうような真似をしていたっけ。そうだ、あの当時流行していた戦隊ヒーローが、西洋の騎士をモチーフにしたものだったから。


『大きくなったら、俺が姉ちゃんをかっこよく守ってあげる!俺、世界のみんなを笑顔にするヒーローになるんだ!』


 彼はその言葉の通り、ちょっとだけ泣き虫だけれど優しくて強い少年に育った。部活の仲間達の不仲を、自分のことのように思い悩んでしまって熱を出して寝込んでしまうこともあったし、一番大変な仕事であるのを承知で文化祭実行委員に名乗り出てはりきり過ぎて怪我をしてしまったこともある。

 そして、大人になってからも。

 スズカゼ・カンパニーに入ったのは、誰かの役に立てる、笑顔にできる商品を売る仕事がしたかったからで。




『姉ちゃん、朝弱いだろ?これ使って、頑張って早起きしてくれよな。ほら、姉ちゃん三毛猫好きじゃん?だから買ってみたんだけど、どう?』




 こんなに早く、死んでいい少年ではなかった。

 本当ならもっともっともっと長生きして、たくさんの人の笑顔に貢献できたはずだったのに。この女が、自分の快楽のために、欲望のためだけに何もかも壊して奪い去ったのである。


――殺してやりたい。


 本当は、ぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたい気持ちでいっぱいだった。りくが味わった地獄の、何百倍もの苦しみを味あわせてやりたい。その顔面を生きたまま鍬で耕して、両手両足の爪を剥して、全身に釘を打って。そうだ、どこぞのアニメのように腹を引き裂いて、ゆっくりと腸を引きずり出してやろうか。そしてそのまま、トドメも刺さずに暫く放置。苦しみ抜いて死んでいくところを、ワインでも飲んで楽しげに眺めてやろうか。

 復讐なんかしても、死んだ人は帰ってこない。そんなこと死んだ人は望んでいないと、よくある漫画や小説の名探偵は言う。けれど、復讐者の大半はそんなことわかっているのだ。亡くなった人の為の復讐ではなく、自分のための復讐だと理解している。独りよがりかもしれないということも、その結果まだ生きている別の誰かを苦しめるかもしれないということも、己の残る人生を棒に振るかもしれないことも。

 それでも時に、人は復讐を選ぶしかないのだ。

 そうしなければ、生きていけない人も世の中にはいる。それだけが生きる望みである人も。その痛みはきっと、愛する者を無惨に奪われた人間にしかわかるものではなくて。


――少し前の私なら、きっと後先なんか考えなかった。この女を目の前で殺すことに、躊躇いなんて。でも。


 それでも、今は。

 今は、復讐と同じくらい、守りたいものができてしまったから。

 ちらりと、縛られた状態の流を見、視線を落とすふりをして自分の腕時計を見た。時間は恐らく、あと――。


「……それで」


 みらは怒りを押し殺して、口を開く。


「私と流さんに、何をさせるつもりなんですか。さっきも言いましたけど、実験に付き合えという話ならお断りですよ」

「ええ?」


 どうして?と言わんばかりに首を傾げる瑠美香。まるで、こちらの方が非常識であると言わんばかりの態度だ。


「だいぶ、薬の開発も進んできたのよ?副作用もかなり抑えられていると思うわ。でも、そろそろ男女それぞれで長期的な経過観察をしたいと思っていたところでね。二人が付き合ってくれたら、間違いなく薬の完成に大きく近づくのに」

「人類の進化、なんて私は興味ないんですが」

「貴女がなくても私にはあるの。……モリアは、メリッサを改良して改良して作ったドラッグなのよ。本人の願望がね、大きく影響するの。取り込んだ薬の成分が本人の思想を反映させて、その体組織を大きく変化させるのよね。美しい顔になりたいと思ったら望んだ美しい顔に、痩せたいと思ったらスリムな体に。問題はその願望を叶えようとして行き過ぎちゃうことと……組織変化させるためのエネルギー不足を補うために、消化管を中心とした粘膜の組織を派手に破壊して熱量に換えちゃうってことなんだけど。その点さえ克服すれば、飲んだり打ったり貼ったりするだけで……思い通りの姿に人を変身させられる夢のような薬ができるわ。凄いと思わない?」

「見た目だけ変身して、一体何の意味があるんだ。中身が変わらなかったら、結局何の意味もないのに」


 根本的に、この女の考えはズレている。りくのことを、顔だけは可愛いかっただの、カラダには興味があったから勿体なかっただの。そうとしか評価していない時点でお察しだ。


「……見た目だけが美しくなっても、それで恋をしても。人は、マネキンとカップルになるわけじゃない。お互いの価値観を大事にしあえる、相手を思いやれる、そんな相手でなければ幸せな未来を築けない。そんな中身を知らないで、本当の恋なんてするべきじゃないんだ。……流さんが、私に教えてくれたように」

「みらさん……」


 倒れたままの流が目を見開く。一目惚れが悪いわけではない。でも、お互いの中身をちゃんと知った上で恋をしたい。彼が何を望んでいたのか、今ならわかるのだ。

 だって自分は、あの時はまだ流に恋などしていなかったから。

 彼のことを好きだと、救いたいと本気で思えたのは――彼の中身を、ちゃんと理解した後だったから。


「見た目だけ願望通りに変える薬を作って、それが本当の人間の進化だと思うなら。あんたには一生、人の本当の美しさも魅力もわからないんだろうな」


 霧島瑠美香を、心底憐れだと思う。

 彼女もある意味病なのだろう。人間を、生き物を、血肉の詰まった皮袋としか見れていない時点で。


「何を言っているの。私ほど、人間の本当の価値をわかっている人間はいないのに」


 彼女は気を悪くした様子もない。


「人を最も美しく、強く進化させる薬。その魅力が、貴女にはわからないなんて残念だわ」

「ああ、わからないな。それに、半グレの連中にさえわからなかった。だから、サイレスと袂を分かったんだろ」

「ええ、そうね。お金儲けのことしか考えていない、私の崇高な目的も理解できないお馬鹿さん達だったわ。私の研究が成功するためなら、いくらでもお金を貢いで然るべきだったのにね。素晴らしい技術の糧となれるなら、それこそ人材だって提供してくれればよかったのに、それも渋ってくるからもう呆れちゃって。その点まだハンナ・ブーストの人達は話がわかるわ。だから私は……」

「霧島瑠美香」


 調子に乗っているから、大事なことに気づかないのだ。みらは目を細めて――嘲るように嗤った。


「まだ気づいていないか。……私は流を取り戻しに来た。そして、実験に協力するつもりもないと言っている。それなのに、こんなくだらないおしゃべりをいつまでも続けている理由はなんだと思う?」

「え」

「自慢の賢い頭で、ちゃんと考えてみたらどうなんだ」


 予想外だったのだろう。瑠美香が一瞬固まった。まさか本当に自分の“素敵な講釈”には長々時間をかけて聞く価値があったとでも思っているのだろうか。

 本当はこちらからいろいろ話すつもりだったところが、瑠美香が悦に浸って過去話をべらべらと語ってくれたから手間が省けたのである。なんともありがたい研究者サマではないか。


「まさか、警察を呼んだって言うんじゃないでしょうね。人質がいるのに」


 少しだけ焦りを滲ませて言う瑠美香。ようやく、このお喋りが時間稼ぎである可能性に思い至ったんだろう。


「ああ、もしかして私との今の会話を録音でもしてた?それを証拠に警察に突き出すつもり?……お生憎様、そんなのどうとでもなるわ。物的証拠なんかどこにもありゃしない。私はまだまだ捕まってやるつもりなんか……」

「証拠なんか必要ない、そういう相手もいるとは思わないのか」

「何ですって?」

「よくもまあ、調子に乗って……少し前に世話になった奴らに対して暴言が吐けたものだ。さぞかし、電話の向こうでお怒りだろうよ」

「!」


 みらはポケットからスマホを取り出して彼女に見せた。通話状態、となったままのスマホを。

 そう、みらが連絡先を入手して、通報した相手は。


「楽に死なせてくれるといいな?サイレスの皆さんは」

「なっ……」


 流石の瑠美香も青ざめた。彼女もわかっているはずだ。サイレスの連中は、法による裁きなど考えちゃいない。それこそ金も払わず、薬のデータも持ち脱げしてライバル組織に売った上、散々世話になった自分達をコケにするような発言をした女を許すことなどしないだろう。それこそ、“拷問系AVに出演させてボロ雑巾になるまで使い捨てる”程度で済めばいいが。

 みらは調査して知っていた。金剛町を仕切るサイレスの方が、その実組織としての規模は陸奥町のハンナ・ブーストよりも大きいということを。ハンナ・ブーストは資金力こそあるが、兵隊の数ではサイレスに劣る。全面戦争になれば、まず不利になるのは――。


「お、おい、サイレスの連中がっ……!」


 ハンナ・ブーストの人間が部屋に飛び込んでくると同時に、すぐ近くで派手な物音と怒声が聞こえてきた。みらは彼等が動揺した隙をついて、床を蹴る。

 巻き込まれるつもりはない。流をさっさと助けて、ここから脱出だ。

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