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<21・こんぺいどう。>

 会社の帰りに、陸奥町に行ってみることにします。みらが流に告げると、彼は当然のように自分も行くと言い出した。

 彼からすると、自分のせいでみらが危ない場所に突っ込んでいこうとしているように見えるのだろう。が、これはそもそもみら自身の問題でもある。何より、万が一霧島瑠美香が陸奥町の辺りに潜伏している場合、その近くをうろついているところをサイレスのメンバーに見つかったらややこしいことになるに違いない。

 ようやく、流へのサイレスの追及が緩まってきた印象なのである。ここで、実は流の方から瑠美香と接触しようとしているのではと誤解されるような行動は取らない方がいい。それこそ、流が瑠美香の行方を知っていると確信されたら、拷問してでも情報を吐きださせようとするかもしれないからだ。


『だから、私一人で調べてみます。あくまで、そういう怪しいお薬屋さんがないかを確認するだけなので。それこそ、まだ私なら霧島瑠美香さんも初対面だし、赤の他人のフリもできますから』


 みらが強く説得すると、流は渋々従った。そして。


『わかった。……でも、危ないところに行ったりはしないでね。君に何かあったら、嫌だ』

『大丈夫です、私は強いので』

『強いので、っていうけど。君だって女の子なんだよ。男として、心配くらいさせてくれよ』


 男として。

 きっと、それに深い意味などないのだろう。それでも、ちょっとだけ嬉しいと思ってしまった自分は現金なのかもしれない。

 もう、否定できなくなりつつある自分がある。自分はもうきっと、とっくに彼のことを。


――いいの。


 本当の気持ちなんて、本当の言葉なんて、伝えないままでいい。

 自分は嘘をついてついてつきまくって此処にいる。本当の己を曝け出して、正直に向き合ってくれる彼に対して――自分は何から何まで偽りだらけの存在だ。

 だから、本音を伝える権利なんてない。


――私が。私だけが、知っていればそれでいい。


 弟を殺した誰かが、何かがあるなら。自分はそれを許さないだろう。きっとその相手に天罰を下そうとするだろう。自分はその、たった一つの罰のために生きてきた女なのだから。

 でも、今己を突き動かしているのはそれだけじゃない。真実を知ることで、ずっと二年前から動けないままでいるであろうあの人を救いたいのだ。自己中心的で、我儘で、不条理で、自分勝手な理由で。


「よし」


 みらは意を決して、陸奥町駅の改札を出た。

 陸奥町は、会社やみらの自宅がある金剛町のすぐ隣の町である。一つ隣の駅で乗り換えて、二つ北に行った駅だ。

 地名で陸奥というと、陸奥国を思い浮かべる人が多いだろう。明治初期まで、東北地方の半分以上を占めていた地域が該当する。が、この陸奥町の名前にそれは関係ない。これは、昔此処を収めていた偉いお殿様、“陸奥氏”の名前が残ったものだと言われているのだそうだ。

 このお殿様、どうやら骨董品を集めるのが大層好きだったらしく、かつてかの織田信長に良かれと思って最高級の壷を贈ったところ、それがとんだ呪物だったせいで信長を怒らせて城に攻め入られたという逸話を持つらしい。が、信長がいざ攻め入ったら、当の陸奥家当主である陸奥雅永(むつまさなが)は何故か自ら刀で全身を切り刻んで死んでおり、戦にならなかったのだとかなんとか。まあ、このへんのことはまともな記録が残っておらず、後に言い伝えられた伝聞が元になっているのでまったく参考にはならないらしいが。要するに、陸奥町という町はそんないわくつきのお殿様の名前を“何故か”残している、あまり立地のよくない町なのだとだけ語っておく。

 そんなエピソードがあるせいか、妙な店が多い町ではあるのだそうだ。

 明治時代からあるという小さな饅頭屋。

 どこのメーカーかも怪しいものだらけの、大正時代からある駄菓子屋。

 それから、なんと江戸幕府が出来ると同時に誕生し、あの東京大空襲さえも生き延びて再建したという反物屋、などなど。

 良い言い方をするならば、非常に歴史ある町ではあるのである。駅前にはビルも多いが、少し駅から離れると区内とは思えないほど古びた商店がずらりと並ぶ。瓦屋根の酒屋なんてものも少なくなく、ちょっとタイムスリップしたような気分を味わえるのだとネットでは紹介されていた。


――観光するなら、面白い町ではあるけれど。


 川越に似ている、という評価もあった。なるほど、確かに似ているかもしれない、と“西岡煎餅”と書かれた古い看板の店を覗きこんでみらは思った。この雰囲気は、川越市に通じるものがあるのかもしれない。あそこのように鐘突き堂があるというわけではないが。




●七尾ちゃんが出ない@nanana777777

 返信先:@rakumanoniwa,@neg_p34ereA

FF外から失礼します

すみません、ちょっと気になったので……。最近陸奥町って、治安悪いと聞いているので注意してください

今話が出た、桃橋か梅橋の近くだったと思うんです。なんか、おかしな薬を売ってる店があるって

それで、死んじゃった人もいるって




●よいこのみかた@teagebi3sa934ds

 返信先:@96reirei

レイナさんこんにちは。お住まいが東京なら、いいところがあるかもしれません

東京の〇〇区の陸奥町ってところに、いい痩せ薬を売っているお店があるんです

こちらのアカウントをフォローしていただければ、DMで紹介しますよ




35:以下、現場より普通の人がお送り致します@不穏な気配の>>24さん

で、そんな女の子に、フォロワーさんたちはみんな「太ってないし、そんな薬とかに頼っちゃだめだよ」って言ったんだよ。まあ普通だよな

でも、そんな中で甘い言葉を囁いたアカウントがあったんだよな

いい痩せ薬を売ってる店が陸奥町にあるってさ


よく見るとそのアカウント、まともな呟きが全然ないの

やせ薬を探してるっぽい子ばっかり探し出してリプしてるんだ、明らかにやばいじゃん?

でも、どうしても痩せたいって言うその就活中の女の子は飛びついちゃってさ。以降はDMでやり取りするようになったみたいで、それ以上のことはわかんないんだ

ただ、他の人とのやり取りで、陸奥町の桃橋の近くにある店らしい?ってことはわかってる




――陸奥町の、桃橋の近くか。


 この町の中心を真っ二つにするように、東西に流れる陸奥川。この陸奥川にかかるのが竹橋、桃橋、梅橋、松橋の四つの橋だ。一番大きなのが竹橋で、駅からまっすぐ北上するとぶつかる位置に存在している。桃橋は、この竹橋からもう少し西に行ったあたりの場所であるようだった。

 残念ながら、痩せ薬とやらを売っているドラッグストアの名前はわからなかった――SNSで、みらが調べた情報だけだったならば。

 ツイッターと、大型掲示板。そこに書かれていた痩せ薬を勧める怪しいアカウントは、みらがフォローしてすぐになくなってしまい、連絡を取ることができなくなってしまったのである。試しにそこに“痩せ薬が欲しいです”とこちらからダイレクトメールを送り、店の場所を教えて貰うつもりでいたというのに。

 ひょっとしたら、警察の追及を避けるために逃げたのかもしれない。とすると、既に店そのものが存在しなくなっているという可能性もゼロではないのだが。


『……薬剤師の友達に連絡したら、すぐに返信くれたんだけど』


 昼休みに、鞠花が友達からの情報を教えてくれたのだ。


『最近、自分とこの店に妙に“痩せ薬はありませんか”って尋ねてくる人が多いんだって。女性のお客さんが殆どだけど、たまに男性のお客さんもいて、みんなやけにせっぱつまっている様子なんだってさ。でも、友達が働いてるのまともなドラッグストアだから、そんなのありませんって言うしかないじゃん?すると大抵の客は、すごく食い下がるか超絶がっかりするか、場合によっては逆ギレしてきてすごく困るんだって話なんだけど……』


 鞠花の協力を得られて、本当に良かったと思う。彼女の幅広い人脈に感謝しなければいけない。

 おかげで、非常に有力な情報を得られたのだから。


『その中の、食い下がってきた女性の一人がこんなことを言ったんだって。“コンペイドウのお値段じゃ高くて買えないから頼んでるのに!”って。コンペイドウって?って友達も首を捻ったらしいよ。そんなお店、陸奥町にあったっけって』


 コンペイドウ。確かに、調べたらそんな名前の店はなかった。だが。

 SNSでさらに検索を繰り返したら、一件のブログがヒットしたのである。陸奥町にある、“此処にしかない漢方薬”を売っているという店のことを。




『今回来たのは、陸奥町にある五月雨漢方店(さみだれかんぽうてん)です!このお店の看板見てください、金平糖が散ってるみたいで、なんだかキラキラして綺麗ですよねえ。知る人ぞ知るこの店は、愛好家の間では“金平堂(こんぺいどう)”の愛称で知られているみたいなんですよ!』




 他の店にはない、特別な漢方薬を売っていると銘打っている老舗の薬屋。それが、五月雨漢方店。ホームページもあった。確かに、場所は桃橋を渡ってすぐのところであり、一致している。

 なるほど、よそにはない特別な漢方だと言って売り出せば、見たことがない薬であっても信じてしまう客が多いということなのだろう。実際はそれが、漢方でもなんでもない危険な脱法ドラッグであったとしても。


――痩せたい、綺麗になりたいって思う人たちの心理を……そんな形で利用して騙すなんて。そんなの絶対、許せない……!


 気になるのは、ネットで噂になるほど被害者が出ているのに、この店が何故警察に突き止められていないのかということである。被害者の中毒症状から薬が割り出せないのか、被害者とやり取りした記録が一切残らないようになっているのか、そもそも警察と癒着してもみ消されているのかのいずれかだろう。どれにしても、ヤバイ相手であるのは間違いなさそうだ。

 夜の町を、どこか浮かれたように歩く人々の隙間を縫うようにしてみらは歩を進め、桃橋を渡る。自分は遊びに来たわけではない。面白そうな駄菓子屋も、お祭りの縁日でもやるような不思議な屋台も、今は全部スルーである。

 サイレスが流に余計な真似をする前に、カタをつけなければ。それこそ、落とし前をつけたらみら個人としては――霧島瑠美香がどうなろうと、知ったことではない。

 自分の目的は復讐と、あの人の救済。今はその二つだけが大切なのだから。


――ここだ。


 ボロボロの廃ビルの横に、潰れそうなほど古い黒い瓦屋根の店があった。やや苔が生えてしまっている木製の看板には、確かに“五月雨漢方店”の筆文字がキラキラとした装飾とともに躍っている。

 だが、店の内装そのものはそこまで古いものではないようだ。入口は自動ドアになっているし、中は存外綺麗に薬が陳列されている。ショーウィンドウには、でかでかと“此処にしかない、特別な薬があります”と自信たっぷりの文字を書いた張り紙まである。

 会計カウンターには、年輩の女性がちんまりと座っていた。入口を覗きこんでいるみらを見つけると、にっこりと微笑みかけてくる。

 覚悟を決めるしかない。道場破りでもするくらいの気持ちで、みらは自動ドアに近づいた。そして。


「いらっしゃいませぇ」


 しゃがれた明るい声が、みらを出迎えたのだった。

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