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<2・しごと。>

 驚いたのは、業務上のマニュアルが非常に丁寧に作られていたことだった。

 パソコン上での作業がメインとなるこの仕事、口で説明されるだけでは分かりづらい事も少なくない。パワーポイントでマニュアルを作り、それを印刷して配布されるのは非常に有りがたかった。オンラインマニュアルもあるけど、紙で見ながらの方がやりやすいでしょ?と鞠花は笑う。

 意外とこういう仕組みはしっかりしてる会社なんだな、と少しばかり感心するみら。


「営業補佐は営業じゃないからね、自分で営業に行かなくていいんですよー。だから、そういうのは苦手って人もうちに入ってくること多くて!ほら、あっちの千歳ちゃんとか!」


 にこにこ笑いながら彼女が指示した先には、同じ営業補佐だという女性が一人。黒髪に眼鏡の、いかにも文系女子といった大人しそうな人だった。彼女はこちらに気づくと、ぺこり、と頭を下げた。

 ありがたいことに、この会社では名札を作ってくれていて、業務中はそれをつけて仕事をしてくれているらしい。彼女の胸には、最上千歳と書かれていた。読み方は多分、もがみちとせ、だろう。


「朝来たら、一番最初にするのはメールチェックかな。ログイン画面はこれねー。で、会社に郵便物が来てないかもチェック。郵便物に関しては最初はわからないと思うから、営業補佐宛てのやつはあたしに回していいよ。まあ、殆どが社長当てか営業部宛てなんだけどね。社名だけ書いてあるやつは総務に回して……あ、うち、総務が実質経理も担当してるようなもんだから。部署名ややこしいけどさ!」

「まあ、役割分担がふわっとしているところもありますよね」

「うんうん、うちの会社大きくないし。メールの詳細についてはこっちの紙参照で……その次が、注文のチェックかな。基本的に注文が来た翌日までに出荷まで行くのがうちの方針だから、金曜日はちょっと大変だと思うけど一緒にがんばりましょう!」


 ちなみに、この会社は完全週休二日制。みらは週五日のフルタイム勤務である。金曜日に入った注文は週明け処理になってしまうのを防ぐため、なるべくその日中に片づけなければいけないから大変ということらしい。

 また、月曜日は土日に入って来る分の注文がどっさり溜まってくることになる。それを翌日の火曜日までに可能な限り片づけなければいけないのが苦労している点だとか。

 最近は、時計とアニメキャラクターのコラボグッズを発売する会社が多く、それに伴って一部の商品の発注が非常に増えているのだという。

 今の時期はまだそこまで忙しくないが、一番大変なのはクリスマス前とお正月近辺であるとのこと。ようはプレゼントで時計を贈るという人が増えるためである。最近は玩具のような可愛い時計、子供も楽しく扱える時計も増えていて子供向けのプレゼントとしてもそういうものが増えているのだとか。


「基本的にはクレームのメールと、注文の対応。うちのビルの上の階は倉庫になってるから、うちのビルの倉庫にあるものはうちからの出荷になるのね。だから少し手間はかかります。あたし達だけで綺麗に梱包して段ボールに詰めて出荷して、ってところまでしないといけないから。郵便局さんが四時にうちに来るから、それまでに一階まで持っていかないとその日の出荷に間に合わないので気を付けて!」

「てことは、自社倉庫の商品の注文を優先して処理した方がいいってことですか」

「そゆこと!理解が早くて助かるよみらちゃーん!」


 少々馴れ馴れしいが、嫌な気がしなかった。多分それが、この山雲鞠花という女性の魅力ではあるのだろう。子供の頃からこんな感じで積極的に友達相手にぐいぐい行って、どんどん仲良しを増やしていったタイプだと見た。みらも比較的積極派ではあったが、自分とはまた違った方向の人間だなと思う。

 きっと、営業をやってもいい仕事をするのだろう。人と話すのが好き、というのが全身から出ている女性だ。まあ、少々常識外れな言動や喋り方をしてしまって、お堅い一部の年輩者に嫌われてしまうなんてこともあるかもしれないが。


「仕事内容はシンプルだけど、その一個一個に時間かけていられないってのが大変なところなんだよね」


 うんうん、と頷きながら言う鞠花。


「あと、電話対応は全員がしなくちゃいけないから。ほとんど直接電話かけてくるのは慣れた取引先ばっかりだけど、一部ものすごーく滑舌悪くて聞き取りづらい方がいるからさー。まあ、どこの誰かどーしてもわかんなかったら、営業部の誰かに回しておけば大体問題ないから!」

「い、いいんですかそんな適当で?」

「いいっていいって。そもそも来てすぐ、会社のメンバーの名前全員覚えられないでしょ?取引先のリストと座席表は貼っておくけど、パソコンに座って仕事してることが多いあたしらと違って営業部は離席してたりあっちにちょろちょろこっちにちょろちょろしてたりするから見つからないことも多いし。とりあえずすぐ電話出て、可能な限り相手の名前と宛先の人聞いてメモっておけばいいってだけ。営業補佐に直接なんか連絡くることなんかまずないから」


 なかなか大雑把な人であるらしい。が、多分これが彼女の強みでもあるのだろうなと思う。細かいことを気にして足踏みしているよりはよほどいいのかもしれない。あれもできない、これもできない、自信がない――まじめすぎて臆病な人間は苦労しがちだ。前の職場でもそういうタイプはよく見たから知っている。


「とりあえず、メールの返信の仕方からですねー。あ、英語のメール来たらあたしに回さないで!あたし日本語も怪しいレベルだから自信まったくない!」

「えええ」


 みらがやや緊張していることに気づいてか、笑いを取るように彼女は言った。思わずみらも吹き出してしまう。

 付き合いやすそうな、ユーモラスな女性。それが、鞠花の第一印象だった。


――この人は、りくの死に……なんも関係してないといい、な。


 自分が此処に来た目的を忘れるつもりはない。余計な私情を挟むべきではないと知っている。それでも。

 みらはその時、ついそんな風に思ってしまったのだった。




 ***




 仕事内容そのものは、けして難しくない。

 問題は、自社倉庫からの出荷作業が意外と大変だったということに尽きるだろう。

 うちのビルは四階建であり、一階が大会議室と応接室、二階がオフィス、三階と四階が自社倉庫という形になっている。大きなビルではないが、三階四階の倉庫にはみっちりと商品が陳列されており、そこからお客様が欲しいと言った商品を正確に選び出し、壊れないように綺麗に梱包して発送しなければいけないのだ。

 三階四階で梱包した商品を、一階の所定スペースに運べば準備OK。四時に来る郵便局の人が持っていってくれるという仕組みになっている。そして、この作業を今日の分が終わるまで繰り返すという寸法なのだ。

 勿論他にも作業はあるし、外部倉庫からの出荷もある。クレームで突っ返されてきた商品のチェックなども自分達で行わなければいけないのが大変だ(これに関しては他の部署も手伝ってくれるが)。しかし、商品が戻ってくるケースは多くないし、外部倉庫からの出荷はパソコン上で手配するだけで済む。自社倉庫からの出荷と比べると格段に楽であるのは間違いなかった。


「い、意外と力仕事なんですね」


 幸いにして、これらの仕事は営業補佐部全員でやるものなので、みら一人でこなさなければいけないということはない。しかし一日目にして、この仕事の大変さを既に実感しつつあるみらである。

 空手(と、少し柔道も齧った)などで鍛えたみらでさえ、この作業の繰り返しはなかなかしんどいなと思うほどだ。最初のうちは無理に残業しろとは言われないだろうが、繁忙期はそうもいかないだろうなというのも予想がつく。


「そうなんですよねえ。だから、腰やっちゃってやめる人もいて。でもみらちゃんは割と力持ちみたいで助かったよ!」


 あはは、と笑いながら鞠花は言う。これはチャンスかもしれない、とみらは苦笑するふりをしつつ返した。


「え、此処ってやめる人そんなに多いんですか!?結構いい雰囲気だし、人間関係とかは悪くなさそうだなって印象だったのに、残念です」


 過去にやめた人――いなくなった人。

 もし鞠花が何か思うところがあったなら、その言葉に反応する可能性もあるのではないかと思ったのだ。勿論、彼女が弟の死について何も知らない可能性もゼロではなかったが。


「……まーね」


 一瞬。彼女が露骨に視線を逸らしたのを、みらは見逃さなかった。


「仲良い職場だと思うけど、まあ、いろいろな人がいるし、いろいろな趣味の人もいるしね。そりゃ人間関係でぶつかる人とかもいるかもねー?とは思ってるよ。営業補佐でやめる人は、基本的に身体的な理由とかですけどね。あー、結婚してやめた女子とかもいたみたいだけど」

「なるほど。その点、営業部はみんな男性ですから、やめる人は少なそうですよね。皆さん結婚してるんでしょうか」

「あ、そういうの気になる?気になっちゃう?」


 ああ、話がそちらに飛んでしまったか。少し失敗したかもしれない――そう思いつつ、みらは“気になりますねえ”と頷いてみせた。


「特に霧島さんとかなかなかイケメンじゃないですか。職場の中でも外でもモテそうだなって思いますね」

「おお、さすが、お目が高い」


 あっはっは、と鞠花が声を上げて笑った。さっき一瞬見せた暗い色はもう、影も形も見えなかった。


「昔から結構いろんな女子に告白されまくってきたタイプって噂。爽やか王子様系イケメンだからそりゃそうだよねってかんじ。今未婚だし、狙ってる女子は多いとは思うんだけど……どうかな」

「どう、とは?」

「んー、ちゃんと彼女を作る気がないって印象なんですよね」


 こてん、と彼女は首を傾けてみせる。


「なんていうか、そういう誘いを意図的に断ってるみたいなかんじ?だからあんまり期待しない方がいいかもよ」



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