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<15・しらない。>

 あれからまた一週間が過ぎた。

 急激に何かが変わったわけではないが、少なくともみらの中で霧島流の認識が大きく変わったのは間違いないだろう。

 騙されている、という可能性も否定はできない。

 でも直感的なところで、弟と感性が近いその人を、彼のことで本気で悩んでいるように見えるその人を信じたいと思ったのだ。同時に、少しでも彼の役に立てるようになりたい、とも。

 流との距離は急激に近づいていた。相変わらず関係は親しい異性の友人レベルのものではあるし、先輩後輩の距離を抜けたわけではないが。なんとなく、彼が自分を信頼するようになってきているのも伺い知れるところである。勿論、みらの思い上がりでなければの話だが。


――もう少し、役に立てるようになりたい。あの人に笑っていてほしい。


 自然と、そんなことを思うようになっていた。流の信頼を得たいと願う理由が、明白に変わってきているのを感じる。ひょっとしたら、りくもどこかで背中を押してくれているのかもしれない――ちょっとだけ、そんなことも思ってしまう。

 つい一昨日、また二人で出かけたばかりだった。渋谷の方に、卓プリカフェが出来たという情報をゲットしたからである。自宅に帰る頻度を減らし、帰るときは必ずみらと一緒にいるようにしている流だ。相当なストレスを感じているはずだが、それでもカフェでパンケーキを食べている時は明るい笑顔をみせてくれるし、少しずつ気落ちしていた気持ちも前向きになってきているようで何よりである。


『俺も……このままじゃいけないと思ってたんだ。ただうじうじと悩んでいるだけで償いになるのかって』


 この間、一緒にカフェに行った時にはそんなことを言われた。


『みらさんのお陰で、少し踏ん切りがついたよ。俺も、事件の真相が知りたい。瑠美香姉に、本当のことを訊きたい。……みらさん、調べるのに協力して貰っていい、かな』


 元より、みらとしては拒む理由もない。ひとまず霧島瑠美香を探すという目的は一致しているし、自分の本当の復讐相手が彼女であるなら逃がす気など毛頭ないのだ。

 望んだ協力体制は取れた。霧島流が、りくが信頼していた先輩が黒幕ではなかったらしいもいうこともわかって安堵した。状況は確実に進展しているはずなのに、みらの心が晴れない理由はひとつ。


――嬉しいはず、なのにな。流さんに信頼して貰えるのは。


 仕事の休憩時間。休憩スペースで昼食を取ったあと、みらは一人ため息をついていた。


――騙してるのが、つらい。……何で最初に、一目惚れしたみたいなことを言ってしまったんだろう。


 彼が自分を信じてくれているのは、みらが最初に好意を寄せている事実をはっきり伝えたからだということもなんとなくわかっている。一目惚れを信用しないと言っていたのは嘘ではないのだろうが、それでも自分に好意を持っているとわかっている相手を信じたくなるのは人情というものだ。

 そう、その言葉が彼を騙して利用するための嘘だったと知っているのは、みら一人だけなわけで。


――今の私は、どうなんだろうか。


 嘘をついていたことへの罪悪感から、彼を助けようとしているのも否定はできない。

 彼のそばにいれば、霧島瑠美香が接触してくるかもしれないと期待しているのも否めない。

 そして、彼のそばにいることでサイレスとまた相対できるかもしれないと思っているのも、事実。でも。


――私が、彼の傍に居たいと思う理由は、それだけ?弟の、信頼していた人だから?


 自分でも、自分の心がわからなかった。みら自身、流の好感度が上がっているのは事実だと思っているし、一緒にいて楽しいとも感じている。話も合う。しかし、それは同性の友達や、先輩後輩や上司部下でも思うことではなかろうか。

 恋愛かどうかがわからない、なんて。この年で何を言っているのかと思う。だが実際、まともな恋をしたことなど一度もないのも事実なのだ。学生時代は友達の延長線上で付き合って自然消滅した彼氏が一人いただけ。社会人の頃もいたが、殆どせセフレのようなもので向こうの転勤であっさりバイバイになった。大して未練もなかったのだから、自分にとってもその程度の男だったのだろう。

 そして、弟が死んでからは、恋なんかしていない。

 あったのは、情報を得るため、利用するために男と寝た経験だけだ。


――今更、まともな恋愛なんか……私にできる?


 無性に、胸が苦しくなった。


――無理に決まってる。そもそも私は、復讐のために、正体隠してこの会社に来たんだぞ?……本当のことも言えないのに、恋なんて。




『また、一緒に見に行くよ。俺も、鳥海さんともっとたくさん話がしてみたいし』




 映画館での彼の笑顔を思い出してしまい、心臓が痛くなった。

 この感情がどんなものなのかなんて知らない。知ってしまうのが怖いと、そう思う。本当の意味で恋をする資格がないのは自分の方だというのに。


――駄目だ。駄目、駄目、駄目。そんなこと、考えてる場合じゃない。


 頭を振って、再びスマホを睨みつけるみら。とにかく、今はさっさとサイレスの動向を調べるのが先決だ。それが、流を助けてりくの死の真相を知るきっかけになるはずなのだから。




573:以下、現場より普通の人がお送り致します@不穏な気配の名無しさん

つか、金剛町だけ荒れてんのかなと思ったら、そういうわけでもないのか。

半グレの連中、周辺の町もそれっぽい女性探してるのね


574:以下、現場より普通の人がお送り致します@不穏な気配の名無しさん

誰も会ったこともないし悪い人かもわからないのに、このスレで有名人になってしまったキリシマルミカさん、お気の毒に




 掲示板では、相変わらずサイレスが霧島瑠美香を探している様子が語られていた。流のアパートを張っているのはいつもではないようたが、それでもみらが一緒に彼の家に帰る時に一度だけ待ち伏せを受けている。とにかく何が何でも瑠美香の情報を聞き出したいという様子だった。気絶させて警察を呼んで、その時はすぐ事なきを得たが。

 そして、どうやら大型掲示板やSNSによると、妙なドラッグが流行しているのはこの金剛町だけではないというのだ。

 陸奥町や伊勢町の方では、モリア、という名前の新種の脱脱法ドラッグが猛威を奮っているというのだ。




629:以下、現場より普通の人がお送り致します@不穏な気配の583さん

俺もそう思う。

何でこんな風になるまで助けてあげられなかったのかって


女の子と特に仲良しだった後輩によると。

痩せ薬っていうのを、陸奥町のとあるショップで購入したらしいんだよ。ネット販売じゃなかったところは驚いたんだけど

で、それが飲み薬じゃなくて、シップみたいに体中に貼るタイプだったから、多少体質に合わなくても酷いことにはならないだろうって思ってたらしい

痩せたいところ、お腹とか足とかにぺたぺた貼る薬なんだってさ

そしたら劇的に痩せていったんで、貯金はたいてばんばん購入するようになったんだって


実はこれがモリアの特徴らしい。

錠剤とか粉薬とかじゃないから、大きな害とかないだろうって思って気軽にやせ薬と信じて試しちゃうんだとさ

しかも、初回無料、二回目も五枚セットで二百円とか、まあそういうすごい安い価格から売ってくれるって




――サイレスが関わっているかは不明。ただ、陸奥町のショップで購入した、と。


 女子大生の女の子が、いかにも怪しいアンダーグラウンドな店に足を踏み入れるものだろうか。書き込んだ男子大学生らしき人物によれば、普通とモテそうなカワイイ女子だったというから尚更に。

 そう考えると、買った店は女性が入りやすい外観をしていて、かつその店に立ち入りたくなる要因――例えばネットで良い薬を売っているという情報を入手したか――があると考えられる。

 ならば、その“陸奥町で手に入る痩せ薬”の方向でもう少し調べを進めてみるのがいいだろうか。


――モリア、が霧島瑠美香やサイレスと関係しているかはわからない。ただ、ここ最近級に起きた不自然な出来事……霧島瑠美香をサイレスが再び追いかけ始めたタイミングとも合致する。関わりがある、可能性もあるのではないか。


 しかも、流いわく瑠美香は製薬会社に勤務していた人間である。薬に関して知識を持っている人間が脱法ドラッグに関わっているのを疑うのは自然な流れではないか。りくの死因も薬物中毒であるならば尚更だ。




645:以下、現場より普通の人がお送り致します@不穏な気配の583さん

俺も俺なりに調べた

モリアって薬は身体的な依存性もあるけど、やっぱり精神的に“簡単に痩せられた”って快楽が強くて抜けられなくなる薬らしい

で、薬をやめるとすぐ太ったような気がして恐怖がヤバいせいで、それ以外の副作用とかを自覚してても全部スルーしちゃうんだと

治っても、一生口からものを食べられなくなるかもしれないんだって彼女。

そんな体になるような薬、俺は絶対ごめんだけどな……


だから、みんなも気を付けてくれ。

陸奥町以外に、伊勢町のあたりとかでもモリアの中毒者出てるって話だから

メリッサもやばいけど、俺から言わせるとモリアはもっとやばい薬だと思ってるから




――まさに、女心を擽りそうな薬ではある。しかも、肌に貼り付けるドラッグなんて聞いたことない。嫌な言い方だが、画期的な発明なのかもしれない。


 メリッサの中毒症状も既に調べたが、なるほどモリアの症状とよく似ているようだ。心身に依存症があり、幻覚や妄想を抱くようになる。それが自分に都合の良いものとして映るようで、それこそ薬のおかげできれいに痩せた気持ちになったり、美人になれたような恍惚感を抱くようだ。反面、薬が切れてくるとみんなが自分の悪口を行っているような被害妄想に囚われたり、幻聴が聞こえるようになったりもするという。

 身体的にも酷い吐き気や腹痛、下痢に襲われてコントロールがきかなくなり、病院に運ばれた時には手遅れになっていることも少なくないそうな。消化器官がメインでダメージを受けるので、一生ご飯がまともに食べられなくなったり、腸が働かなくなって人工肛門になることもあるという。なるほど、モリアの症状に近いものがあるだろう。

 ただ、多臓器不全を起こすとまでは書いていない。モリアの方が最終的なダメージがより深刻である可能性もありそうだ。


――ひょっとしたら、メリッサは霧島瑠美香が開発したもの、だったりするのか?あるいは、メリッサを元にして彼女がモリアを作り出してばら撒いた、とか?


 だが、目的がわからない。最終的に人を市に至らしめるような薬を大量にばら撒いて、開発者である彼女は何を得るのだろう?ストレートに考えるならお金だろうが、半グレ組織に追われるようなリスクを犯してまで手を出すべき金だろうか。金を稼ぐだけならもう少しマシなやり方などいくらでもあるだろうに。


――……残念ながら、現時点でわかるのはここまでか。


 みらは諦めて、スマホをスリープ状態にした。まだ、このドラッグ騒動に霧島瑠美香が関わっているという確証もない状況である。が、他に手がかりがない以上、ひとまず陸奥町の怪しいドラッグストアを片っ端から調べて見る他ないだろう。

 これでも、この会社に来た時と比べればかなり進展しているはずだ。みらは己にそう言い聞かせて立ち上がった。そろそろ休憩時間も終わるし、オフィスに戻らなければいけない。

 そう。


「え?」


 この会社にはもう敵はいないはずだと、みらがそう思った矢先のことだったのである。

 自分の机に座り、引き出しを開けた直後――中の書類やファイルの数々が、茶色の液体に塗れて水没していることに気がついたのは。



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