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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
99/105

落ちた先

▽▽▽▽

 両腕がズキズキと痛む。一呼吸ごとに杭が捻じ込まれるようで、吐き気がした。

 血の臭いが頭蓋を満たす。浸った脳が酩酊する。

 薄暗い中、赤色がチカチカと瞬き目が眩んだ。

 視界がぼやける。真ん中に立つ閃架だけが、浮き出るようにはっきりとした輪郭を伴っていた。

 

「せんか」


 呟きは唇が震えるだけで声にならなかった。

 痛みに脂汗を浮かべた閃架がへらっと力の抜けた笑みを浮かべる。頽れるような動きで小首を傾げた。ゆったりと開いた唇の隙間から、白いエナメル質がちらりと覗く。


「たすけて」


 鼓膜が震えた瞬間、足下が抜けた。

 青空の中を落ちていく。

 遠ざかっていく閃架に向かって伸ばした腕は途中から無くなっていた。滑らかな断面から零れた血が高所の気流に流される。

 開いた目が乾く。

 身体の空気を全て絞り出し、叫んだ。


「閃架ッ!」

 バチンッ。

「ひゃっ」


 照明のスイッチが押された様に、脳神経が通電する

 バネ仕掛けの様に体を跳ね起こした。


「ハッ、ハッ、う、うぇ……」 

 視界がくらりと回る。強く目を瞑って頭を抱えた。

 耳元に据えられたスピーカーから心拍音が鳴っている気がする。五月蠅い。じっとりと掻いた汗を衣服が吸って、ずっしりと重い。肩が不規則に上下する。呼吸が落ち着かない。

 クソッ、状況がわからねぇ。酸素が足りないのか視界が白い。咳き込めば肺が収縮するのがはっきりとわかる。

 俺は、今、何処で、何を、閃架は。閃架は――。


「だ、大丈夫、ですか……」


 おずおずと掛けれられた声にぎこちなく首を動かし、ちらりと視線を向けた。

 ベッド脇のパイプ椅子から腰を浮かせたセランが心配そうにこちらを見ている。

 彼女に向かって掌を向ける。躊躇いながらもセランが椅子に座り直した。

「ハ、ハァッ、フ、ハ、フゥ――――……」

 意識的に呼吸を長く、深く落ち着ける。

 頭を抱えていた掌でぐしゃりと前髪を握り潰し、掻き揚げた。


 自身のみだった知覚の範囲が広がり、周囲の状況を拾う余裕が出て来た。

 白く清潔な部屋を見回す。

 耳を澄ませば壁の向こうからざわざわと声がした。人の気配が忙しなく動き回っている。

 半身が暖かいと気づいて見下ろせば穏やかな陽光が降り注いでいた。


 ――病院か。それも結構デカい場所。


 ”プラス・ボックス”にこの規模の病院は一つしか該当しない。

 異在病棟フォリュケス。箱外唯一の”正規”の病院だ。故に警察病院でもある。

 八の字の眉の下、暖かな赤色の瞳がまぁるく開かれている。薄く張った水面が揺らめき、キラキラと光を反射した。

 如何にも心配してます、という顔に思わず苦笑が漏れる。俺等こんなに心配してもらえるような関係だったっけ。っていうか、そもそもなんで居るんだ。

「セラン」

「ハイッ」

 確かめるようにセランの名前を呼ぶ。膝を揃え、小ぢんまりとパイプ椅子に座っていた彼女の背筋がバネのように伸びた。

「俺どれくらい寝てた?」

「半日ってところですね。素晴らしい回復力です」

「おぉ。えー、ちょっとまだ状況が把握し切れてないんだけど。どうやらご迷惑をおかけしたようで」

「いえ。構いません」

 ひらひらと手を振る俺にセランがほっと息を吐く。本気で俺のことを思ってくれているらしい。

 態々蓋を開けて、差し出してくれたペットボトルを受け取る。中の水を一息で煽った。

 冷たい水が食道を流れ、胃に落ちていくのがわかる。冷えた頭が一気に冴えた。

 ペットボトルを口から放し、息を吐く。サイドテーブルにペットボトルを置いた。


 さて、と。


 パンッ、と両手を打ち合わせる。

 音に目を丸くしたセランに向けて、両掌を掲げた。


「なんで俺腕あんの?」


 何事も無かったように生えている、オーガに斬り落とされた筈の両腕を。

「まず俺の腕かこれ?」

「怖い事言いますね……」

「いや、当然そう思うだろ」

 思いがけず人を殺してしまった殺人犯が呆然と血塗れの両手を見つめるように。若しくは膨大な力を行使した主人公が、自分のことを信じられないように。しげしげと掌を眺める。

 セランが肩を竦めた。

「お元気そうで何よりです。まずは手近なところから始めましょう」

「手近なところ?」

「はい」

 セランがナースコールのボタンを押した。



▽▽▽▽



「Hello!How are you!元気そうだねー!」

「おお……」

 ナースコールに呼ばれた医者の勢いに後退った。

 

 豊かなウェーブが掛かった煌めく金髪が白い肌に栄える。羽織った白衣の下はミニスカートのワンピース。開いた胸元にはオレンジの刻印アスタリスクが煌めいていた。サイハイブーツとの間の太腿が目に痛い。

 一言で言うと、アメリカン・ギャル。

 いや、医者なんだからハイティーンではないんだろうけど。エネルギッシュなせいか実年齢以上に若く見える。

 やたらとハイなテンションと相まって、とても医療従事者には見えない。……“プラス・ボックス”って師免許必要だよな?

 首から掛け、白衣の胸ポケットにクリップで止めたネームホルダーを見る。輝く様な笑顔の写真と”Eileen・Shirley”という名前。

 

 お医者様の手はテキパキと淀みない。手際よく体温を測り、カルテに何かしら書き付け、点滴の針を外した。

「Hiこっち見てー」

 容赦なく入院着の袖を捲って両腕の傷を確認したかと思えば、ペンライトで瞳孔を照らしながら覗き込む。そうして、うん。と頷いた。

「OK!問題Nothing!じゃ!なんかあったら気軽にcallしてね!」

 そう言って足早に去っていく。棚引くブロンドを見送りながら、詰めていた息を吐いた。

「嵐みてぇなおねぇさんだったな……」

「あの先生がりゅ、風竜さんの執刀医ですよ」

《オカゲデ両腕ガ付イテイル。感謝シタ方ガ良イ》

「そりゃあありがたいけども。っていうかマジで何、この腕」

 角ばった機械音声に視線を向ける。診察中にセランが取り出したタブレットを俺に向けた。

 稲妻マークのアイコンに向かって新設されたらしい腕を振る。前回はドローンだったが、今回はこのタブレット端末がライのボディらしい。

「え、マジで他人の腕だったりする?」

《シナイ》

「あ、そう。……いや、俺の腕、空の上に置いてきちゃったんすけど」

黄金郷ミダス・ガーデンカラ落トサレタカラ》

「おっと。把握済み?」

 角度の付けたベッドに寝ていた体を起こす。胡坐を掻いてセランが抱えるタブレットに向き直った。

「閃鬼からリークでもあった?」

《イヤ、元カラ監視シテイタ。デナケレバ落チテクル君ヲ回収出来ナイ》

「あー、老舗の悪党なんだっけ」

 初めて”プラス・ボックス”で開催され、世の悪党が集ったんだ。警察組織の一員である2人が知っているのも当然か。

「やっぱ助けてくれたのあんた等だよな。助かった。ありがとな」

《礼ハ不要ダ。コノ借リヲドウ返シテ貰ウカハモウ決メテイル》

「え。……俺暫くは忙しいんだけど」

「閃鬼さんですか」

「そ。俺の為に身売りさせちまったからな」

 心配そうなセランの呟きに肩を竦めながら答える。セランが眉間に皺を寄せた。

「言い方が悪いですよ」

「事実だろ」

 セランが言い足りなさそうに口を開き、俺の顔を見て何も言わずに閉じた。おっと。

 ぱちん、と掌で口元を覆う。そんなに怖い顔してたかな。

「ごめんね」

「いえ、こちらこそ。……一番心配しているのは風竜さんなのに。軽率でした」

「や、俺がへらへらしてるせいだから」

 顔の下半分を撫でる。

 気まずい空気を払拭する様に機械音が鳴った。

《意外ダ》

「ぁにが」

 はっきりとした機械音声に口元に手を当てたまま、不明瞭に返す。ちらりとタブレットを見れば電波の向こうの感情を表す様にピカピカと光っている。

《君ハポーカーフェイスガ得意ダト思ッテイタ》

「……」

 俺もだよ。


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