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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
96/99

バックヤードヒソヒソ話

◆◆◆◆

 ――さて。そんなこんで、哀れ闇オークションの商品リストに載ってしまったのがあたしである。まぁ、完全に日頃の行いだよなぁ。

 

 唯一他人に移植できる存在異義レゾンデートル――”鬼眼”のみを摘出、販売されるのかと思っていたが、身体あたしごとのセット売りらしい。臓器売買ではなく人身売買とのことだ。

 流石現在爆速で乱立している新技術オーパーツに押されて落ち目になってきているとは言え、闇社会を長年生き残ってきた暗黒オークション。眼球以外の人間部分を捨てるなんて勿体ないもんね。

 3日目のオークションまでにブラック・ボックスである“鬼眼”を暴いている時間はない。ディオニュソスは鬼眼について敢えて詳細を調べず神秘性で推すと判断した。 

 眼球に付随する閃鬼あたしの査定がゴチャゴチャと。気が付けば再開された1日目のオークションも終わっていた。

 あたしの現在地は人間用商品保管倉庫。145㎝のあたしがしゃがみ込んで背中を丸め、ギリギリ頭が擦らない檻の中だ。息を吐き、検査で疲れた体を固い床に転がした。


 暗い中、倉庫内に響く幾重もの啜り泣き。「おうちにかえして」と甲高い声が脳を貫く。

 聞こえる泣き声が幼かった頃の自分の声に変わる。物扱いされるのは久しぶりだ。引っ張り出されるように、頭蓋骨の奥で過去の気配が瞬いた。

 実家に居た(殺戮人形だった)頃を、実験体をやっていた(父親に遊ばれていた)頃を、狂華と出逢う前(独りだった頃)を思い出す。


 ――いや、病むなこれ。

 いつの間にかうつらうつらしていた体を跳ね起こす。左右に首を振って、眠気と共に悪夢を散らした。

 クソッ。ただでさえ布団の中で余計な事考えて、眠れなくなる方だってのに。最近は竜騎(抱き枕)のおかげでマシになってたんだけど。

 バチバチと眩む視界に目を細める。痛み始めた左眼を手で押さえた。幻肢痛だ。傷はとっくに塞がっている。


 予想していたより、なんだ。――ダメそう。


 物扱いに戻って、完全に精神状態が崩れている。このままだと”如月閃架”が保てない。

 ――あいつに頼るか……。気は進まないけれど。

 僅かな非常灯の明かりに照らされ、薄っすらと浮かび上がった影を見下ろす。左眼の義眼を覆っていた掌を退かした。ゆらゆらと揺れていた鬼眼を左眼に定める。刻印を励起した。

 唇を細かく震わせるように、あたしの中身(狂気)の名前を呼ぶ。

「狂華――」

「オイ」

 紅に染まった左眼と眼を合わせる寸前、呼ばれた声に驚いて顔を上げた。


 薄っすらとしたタールの臭い。

 何時の間にか近くに立っていた男の顔は檻に隠れて見えない。けれど着崩された質の良いスーツと履き古されたスニーカーは見覚えがあった。具体的にはあたしが出品物として引っ立てられた時。

「えー、と。君がウチの部下の両腕を斬り落としたお兄さん?」

「……なんでそう、お気楽なんだよ。お前等は」

「んふ」

 嫌そうな声に口角が緩む。どうやら風竜もただでやられたわけではないらしい。

 彼とあたしを隔てる檻の格子を掴んでガタガタと揺らす。舌打ちの後、スーツを履いた足が折り曲げられた。

 見えて来たオーガはあからさまに不機嫌だ。あたしは胡坐を掻いて座り直した。

「ウチの風竜をボコれるなんて、強いんだねぇ。お兄さん。ねぇ。暇ならちょっとお話しようぜ」



◆◆◆◆



「なんなんだよ。テメェ等は」

「ングッ。ハハッ」

 市場側の人間であることに気付いた人からオーガに向かって罵声と懇願が飛ぶ。憎悪に満ちた声はシカトし、哀れっぽい涙声は一睨みし。開口一番。ガラ悪くしゃがみ込んだオーガがあたしの方を覗き込み、棘のある声を出す。あたしは吹き出した口元を抑えた手で、胡坐の上に頬杖を突いた。ぐにゃ、と力を抜いた体で体重を預ける。

「なんなんだって言われてもねぇ。情報屋だよ。鬼眼持ちの。査定の時に言ったでしょ?」

 ニコッ、と繕った笑みにオーガの眉間の皺が深くなった。

「肩書が聞きたいわけじゃねぇんだよ」

「だろうね。でもそれ以上を求めるなら、あたしがどんな能書き垂れたところで納得しなくない?多分君自身があたしを見て判断しなきゃ、何言ったところで”さっき10人殺してきました?”って感じの顔のままだよ」

「テメェを今殺してやろうか」

 人殺しの面で深く溜息を吐いたオーガが意識的に顔を緩める。斬り合い寸前程度の顔になったオーガが片眉を上げた。

「……具体的には?」

「まぁ相互理解の基本はコミュニケーションだよね」

「……テメェが話相手欲しいだけじゃねぇのか」

「それもある」

 あたしの力強い頷きにオーガが三白眼を細めた。口元を手で覆い、視線を反らす。眉間には深い峡谷が刻まれていた。

 ――流石に断られっかな。

 当たり前ではあるんだけれど。逡巡してくれるだけ良い奴というか、律儀ではあるのだし。

 オーガの決定を待っている間、手持無沙汰の掌でぱたぱたと地面を叩く。じろと鉛色の瞳孔が向けられて、ぱ、っと両手を上げた。へらっと浮かべた誤魔化し笑いにオーガが小さく舌を打つ。目は合わない。

「……好きな食べ物は?」

「んぇ。甘い物。タルトとか……。あと最近は唐揚げが美味しかった……えっ」

 ボソッと聞こえた呟きに、反射で答えてから誰からの質問か理解した。ぎょっとオーガの顔を見れば、険しい顔の目元に薄っすらと朱色を乗せていた。

「――何?お見合い?」

「うるせ~」

 オーガが顔を手で覆って俯いた。見えている耳も、髪が括られて露になった項も赤くなっている。

 風竜の両腕を斬り落としたクセに、取っつき易い男だな。反応が素直で斜に構えている雰囲気が無い。この街の住民にしては珍しさすらある。

 オーガに向かってぐっ、と身を乗り出した。

「オーガは?何が好き?」

「ア!?オレはいらねぇだろ」

「おいおい。こちとら情報屋だぜ。ただであたしの情報だけ貰おうとは。考えが甘いんじゃないの」

「お前……自分の立場わかってんのか?」

 にこにこーと笑みを浮かべるあたしにオーガが呆れた顔をした。何言ってんだ。立場がわかっていないのは君の方だろ。

「君、商品に手を出せないでしょ。それともあたしのことを買う?」

 図星を突かれたオーガが渋い顔でゆるりと三白眼を泳がせた。直ぐに諦めた顔で深々と溜息を吐く。

「あー……。ハンバーガー」

「ファーストフード店の?よく行くの?」

「それなりに……。いや、なんでオレの方が多く答えてんだよ。100歩譲って交互だろ」

「あらゴメンね。んじゃあ、次の質問は?」

「ぐ……。――趣味は?」

「あっはっ」

 いやごめん。でも、流石にお見合い過ぎるって。

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