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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
94/99

斬り斬りと

▽▽▽▽

 大刀が横薙ぎに空を斬る。勢いよく飛び退いたオーガを間髪入れずに追いかけた。

 慣性を利用して大刀を上段に振り上げる。オーガの頭頂から重力に従うまま斬り下ろした。

「――ヅッ」

 オーガが身を捻って大刀を躱す。空振りした切っ先が床を割った。

 踏み込んだオーガが大刀の内側に潜り込む。大刀では小回りが効かないと踏んだのだろう。正しいな。膂力だけならの話だが。

 とんと、大刀の柄を指先で叩いた。刀身へとパチリと力が奔流する。

「“我が欲へ(アルケミア)”」

「イ゛ッ」

 内側から爆発する様に刀身から棘が生える。慌てて離れるオーガの右肩を切り裂いた。

 肩の傷口を押さえるオーガを深追いせず、モーニングスターを大刀へ創り直す。

「クソッ……。ムカつく……」

「俺には存在異義コレがあるからなぁ。あんたは?使わないの?」

 大刀を使う理由は単に人体では刃物が防げないからってだけじゃない。手数と自由度が跳ね上がる。俺は武器と相性が良いんだ。自分が利用するにしても。相手にするとしても。

 

 さて。こうして俺に余裕が出てくると、対照的にオーガの余裕は無くなってくる。

 オーガが振るった拳は、以前の爽快ささえ感じる全体重を乗せたパンチとは違う。俺のアクションと対処にリソースを裂いたおざなりな牽制。上体を大げさに傾け避ける。伸ばした腕が床に触れた。

 地形操作を警戒したオーガが後ろに跳んで――跳ぼうとしてガチリと動きを止める。何故なら俺が小さく隆起させた床に踵が引っかかったから。

 瞠目した三白眼が背後に倒れ込む。追いかけるように一歩前へ。

「ガァッ!」

 状況を把握しきれないままのオーガから苛立ちの咆哮が上がる。獣みたいに吠えた口元をなぞるように大刀を薙いだ。

 濃さを増す血の臭い。飛び散る紅。手応え、いや、軽いな。

「外したかぁ」

「当たってんだよ。クソが」

 悪態と共にオーガが額を拭う。蟀谷の傷から伝った紅が拭い取られた。

「いや、取った!と思ったからさ。この程度なら当たった内に入らなくって」

「マッ、ジで腹の立つ野郎だな……」

 怒りを無理矢理押し潰した獣の唸りが混ざっている。怒りを増す鉛色が攻撃的にチラついた。

 ――使わねぇなぁ。存在異義レゾンデートル

 右手だけに嵌められた指貫グローブの下に刻印が刻まれていると踏んでいたが……。

 異在者イグジストじゃないのか。戦闘に利用できないのか。

 相手の手札がわからないのは不安要素だがこのまま押し切れるか。


「うおっ」

 オーガの拳を捌き、力の流れる方向を誘導する。同時に彼の足を払った。

 倒れ込んできたオーガに向けて大刀を振るう。刀身がオーガの服を、皮膚を、肉を切り裂いた。

「ガッ!」


 衝撃。


 脳が揺れる。血飛沫が散る視界がブレた。足元には何もない。一瞬遅れて自分の身体が浮いていることを理解した。顎から駆け上がった稲妻が頭を貫く。

 ――アッパーカット!?

 

 大刀は確かにオーガを切り裂いた。

 じゃあ、つまり、素手で戦り合ってた時と同じか。殴られてからの、それ以上のカウンター。それが嫌で刃物使ってんのに!?


 落ちるギリギリで姿勢を整え着地する。揺れる脳でグラリと倒れる体を踏ん張った。

「――ハハッ。痛ってぇなぁ!」

「あ゛!?俺の方が痛ぇだろ!?」

 斬られた肩口からだくだくと血を流しながらオーガが怒鳴り返す。その身体がふらりと揺れた。足元が覚束ない。長身が横に積まれたガラスケースに凭れかかった。

 血を流し過ぎたのか、顔が白い。無茶し過ぎなんだよ。

 オーガとの戦闘は嫌いじゃなかったが、いい加減幕を引こう。分泌されたアドレナリンに任せ、オーガに向かって踏み込んだ。

 駆け寄る俺に目を細めたオーガが悔し気に舌を打つ。ゆっくりと振り上げた拳を下方に叩きつけた。

 硝子の割れる音。グローブに包まれた拳が商品ケースを叩き壊した。ゆっくりと腕が引き抜かれる。

 彼が握っていたのは一本の日本刀。白塗りの鞘に朱色の羽衣が揺蕩っている。俺達が航空機に侵入したときに商品倉庫で見つけた刀だ。

 ――今更武装?

 オーガは素手での格闘家ファイターだと思っていた。3日前路上で乱入された時も、さっきカチあった時も拳のみだったし。

 もし俺の大刀対策なら心外だ。付け焼刃なら通用しない。

 再度の踏み込みで加速する。勢いそのままに体を捻った。

 体ごと一回転。俺自身が小さな竜巻として、終点に遠心力と、重力と、腕力を込める。大刀を振り斬った。

 オーガ抜刀の構えで腰を落とす。細く吐いた呼吸を詰めた。両腕の筋肉が張る。彼の首筋に向かって白銀の刃が唸り――


 ――ッ。


 大刀が、空ぶる。


 視界が勝手に下がる。折れた両膝が地面にぶつかった。追って倒れ込む顔面が叩き付けられるよりも速く、付いた腕で身体を支える。

 動いたのは左腕だけだった。右側は腕が生える代わりにドポドポと紅い液体が垂れている。

 血だまりが広がっていく中、綺麗な切り口で両断された大刀が落ちていた。その横に、俺の右腕。カチンと涼やかな納刀音が降ってくる。

 漸く脳が事態を、痛みを認識する。ドッ、と汗が噴き出した。

 嘘だろ。抜刀も見えなかった。

 途切れそうな意識を歯を食い縛って繋ぎ止める。残った左腕に力を通し、“我が欲へ(アルケミア)”を発動するよりも速く、斬り落とされた。

 両腕の肘より先がない。重力に逆らえず、ぐしゃりと体が倒れ込む。口に血液が流れ込み、鉄の味がした。

「バッ、カ強いじゃん……。あんた居合が本業か?最初っからやりゃあ良かったのに」

「うるっせぇなぁ。あー、クッソ。これ使いたくなかったんだよな」

 苛立ったオーガの声に苦笑する。勝者なのになんであんたの方が不機嫌なんだよ。

 はぁ、と詰めていた息を吐く。出来ることがなくなってしまったというのもあるが、意識して呼吸しないと止まってしまいそうなので。

 その辺の壁を蹴って八つ当たりしていたオーガがふと、ムスリとした顔で振り返った。

「やれやれ、随分と派手な音がすると思ったが。商品を販売出来ない状態にするなんてな。そんな許可は出してないぞ」

「――ッ」

 壮年の男性の声には聞き覚えがあった。倒れたままぐえぇと小さく呻く。

 無事だった扉から現れたのはオークションの司会者。黄金郷ミダス・ガーデンの大商人。ディオニュソスだった。

「その刀の代金を君のツケに足しても良いんだぞ」 

 ぐっ、と唇を噛み締めるオーガを見上げる。

 あ、ふーん。そういう感じなんだ。


 浅く溜息を吐いたオーガが顔を上げる。ディオニュソスに視線を合わせた。

「勝手に使ったのは悪かったよ。でも破損はないし、手入れすれば問題ないだろ。つかオークションの司会はどうした。すっぽかしてきたのか」

「まさか!私がそんなことするわけがないだろう。君達がステージの下で暴れていたからね。一度オークションを中断して様子を見に来たのだよ。今回は初めて特定異在特区プラス・ボックスでの開催だろう?石橋は叩いて渡るべきだと思ってね。そしてその判断は正しかった!」

 ぴしゃん。波打った水面が顔に寄せる。高価な革靴を躊躇うことなく血で汚したディオニュソスが俺の襟首を掴んだ。

 両腕がなくなって軽い体が持ち上げられる。動かされた拍子に切り口から血が落ちた。首根っこを掴まれる猫の様に、力の抜けた体がダレる。

「まさかハイカラーの異在者イグジストとは!彼の首だけでもオークションを中断した損害以上の利益が出る!」

 ディオニュソスが機嫌よく俺の首をオーガに向けて差し出した。

「斬り落としてくれ」

 端的且つあっさりと。邪魔な枝の剪定を頼むような気楽さで。

「あ?――殺すのか?なるべく傷付かない方が価値あるんじゃねぇの?」

「そうだが。彼はどうせ死ぬだろう?ではいっそのことパーツごとにバラ売りしよう。腕も既に斬り落とされていることだしな」

 ディオニュソスが催促する様に俺の身体を揺らす。オーガは険しい顔で俺を見つめて3秒。目を瞑って1秒。倫理感との葛藤、というよりも面倒事を飲み込む表情で息を吐いた。

 肩幅に足を開き、腰の刀に手を添わせる。開いた三白眼は刀に先んじて、俺の首を斬り落とす鋭さで。

 オーガが柄を握り、息を詰めた。


「はいストーップ!」


 響いた声が張り詰めた空気を突き破った。集中していたオーガがびくりと肩を揺らす。ただそれ以上のオーバーリアクションをした奴が居る。俺だ。

「やぁ風竜」

「せ、閃鬼……」

 ひら、と俺に向かって手を振った閃鬼の表情はフードとストールに覆われている。唯一見えるラピスラズリが脳に焼き付いたデジャヴと一緒にフラッシュした。

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