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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
92/98

2-Round

▽▽▽▽

 オーガの踏み込みで床に罅が入る。拳を強く握り込んだ。張られた紐が切れる寸前のカタパルトみたいに右腕を振り被る。

 大振りの打ち下ろし。

 型にはまった格闘”技”とは違う、経験によって削り出された殴り方。ド直球のドストレートだ。

 真っ直ぐさに口角を上げる。拳が俺に届くよりも速く、下から手刀で掬い上げ――

 ――いや、力つっよ。

 当たりこそしなかったものの、捌ききれなかった勢いに体勢が崩れる。傾く視界の端にオーガが今度は左腕を振り被るのが見えた。

 口の中で小さく舌打ちをする。崩れた重心そのままに倒れ込んだ。俺が床に触れる方がオーガが俺の顔を凹ませるより速かった。


「“我が欲へ(アルケミア)”」

 隆起した床に体重を預ける。床を支えとし、足を振り上げた。オーガの腹を蹴り押し、引き剥がす。

「グッ」

 外れた左拳が俺の鼻先を掠めた。

 オーガを蹴った足を更に振り上げる。後転の要領で支えの後ろに転がり落ちてオーガから距離を取った。

 蹈鞴を踏んだオーガが俯かせていた顔を上げる。うわぁ。人とか殺してそうな顔。眉間の皺にカードとか挟めそう。

「……チッ」

「そう不機嫌になるなよ。良かったじゃんか。そんなにくっきり跡が付けば働ていたことが丸わかりだぜ」

 スタッフ揃いの質が良いスーツ姿。その新品のワイシャツにくっきりとスタンプされたタクティカルブーツの足跡をオーガが撫でる。ビキリと米神を引き攣らせたオーガが深く息を吸って、吐いた。努めて眦を和らげるが、発した声は震えていた。

「上司も一目で褒めてくれる、ってか」

「いやぁ、褒めてはくれないでしょ。俺を倒せないんだから」

「なら褒めてくれるじゃねぇか。テメェはオレにボコされんだからな」

 ――思いの外ウィットに富んだ返しをしてくれるな……。

 脱いだジャケットを丸めて放るオーガを意外に思う。てっきり冗談を言っても拳しか返してこないタイプかと。

 今の攻防をしている間に冷静になられたかな……。キレててくれた方が都合が良かったんだけど。

 今までの小競り合いで知っていたことではあるが、自身に直接矛先が向いたことでオーガとの膂力の差実感した。体感オーガの拳1発で俺の3発分くらいの威力がある。いやまぁ実際の戦闘ではそんな単純な話ではないんだが。こっちがリードしていたとしても、拳一発で戦況がひっくり返されかねない。

 ただし機動力については俺の方が上だ。オーガが俺を捕まえることは難しい。俺の方が足が速い上、器用で地形操作もできるからな。

 

 オーガが乱雑にネクタイを引き抜き、シャツのボタンを第2まで外す。ジャケットを脱いで軽くなった肩をぐるりと回した。

 俺は拳が掠めてズレた面頬を付け直す。コキコキと首を鳴らし、指を組んだ腕をグイ、と伸ばした。

 トッ、トッ、と小さくステップを踏む。オーガの構えた拳を注視しつつ、今度はこっちからオーガに向かって踏み込んだ。

 突っ込む俺を迎え撃たんとオーガが拳を放つ。最短距離で飛来するストレートが届くより速く、拳に合わせて背を反らした。反動でオーガの顎に向けて爪先を跳ね上げる。同時に逸らした勢いのまま地面に手を付いた。

 オーガが蹴り足を避ける為体を動かしつつ、同時に俺の軸足を警戒する。さっきの流れを思い出しているのだろう、オーガの思考を手に取るように感じながら床を創り変えた。我が欲へ(アルケミア)。オーガの膝裏が叩かれる。

「うぉっ」

 オーガの足元を創り変えた膝カックン。彼の上体がガクンと下がる。その顎を爪先で打ち抜いた。

 1ヒット。とはいえ浅いな。オーガにギリギリで身を捻られたせいで芯を捉えることが出来なかった。

 反撃が来る前に距離を取る。よりも速く、足が強い力で掴まれた。

 ――ヤベッ。

 抵抗するよりも速く、オーガが無理矢理腕を振り抜く。合わせて俺の身体も追従した。

「ハッ!?待て待て待てウッソだろ!」

 180㎝超えてるし鍛えてる男だぞ!?

 身体が風を切ったのも重力が掛かったのも一瞬。背中から全身を貫く衝撃に体内から酸素が叩き出される。息が吸えない。

 音にならない声を漏らしながら叩き付けられた壁に手を付いた。察したオーガが距離を取る。刻印から引き出した”力”を壁へと流し込んだ。

 隆起した壁に乗ってオーガを追いかける。殴り落とそうとオーガが再び拳を構えた。

 再度力を床に流し直す。床が創り変えられ(流動し)、オーガの拳が俺の頬を掠めながらすれ違う。オーガとのすれ違いざま顔面をぶん殴った。

 ――俺の威力だけでは足りないのならば、壁の質量を+する。

 強かに殴られたオーガの身体が後ろに倒れ――ダンッ――艦の振動と共に踏み留まった。

 殴られるままに向いた頬が俺の拳ごとゆっくりと戻される。三白眼が刃物のように鈍く光った。

 ――あっ。

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