舞台外の大騒ぎ
▽▽▽▽
《やっほ風竜。なんかさぁ。どっかの誰かが喧嘩でもしてるっぽくって。オークション自体は続いてるけど、ザワ付いてるんだよね。なんか知ってる?》
「それ俺だ!」
《えっ》
落下のどさくさに紛れて男から身を隠しつつ、装着したインカムから閃鬼に通信を繋ぐ。仕事中のせいか、1コールと経たずに閃鬼の声がスピーカーを震わせた。電波越しの軽い声が鼓膜を揺らす。閃鬼は人が居ない所に移動したのか、騒然としている声が遠くに聞こえた。
「経緯は省くが3日前に乱入してきたアイツと揉めてんだよ。あの“竜の鱗”殴り割った奴」
《えっ?オーガと?》
「そっ、いつのことは知らないなぁ」
艦内マップを思い出しながら走る中、背後から“暴”の気配が迫ってくるのをビシバシと感じる。“我が欲へ”で障害物を作っているが、破壊音が絶え間なく聞こえてくる。
会場が主な面積を占めている先程の階層はともかく、この階層は壁やら床にセンサーや電線やらが走っている。“黄金の饗”ごと落下しかねんので小規模な障害に留めている上、遠距離から壁伝いに死角を創り変えているので更に拙い。とはいえそんなにバカスカ壊せるように創っては無いんだが。
コワ……。ホラゲのプレイヤーキャラになって化物相手にチェイスしている気分だ。
《や、君が言ってる人と同一人物だよ。オークションのスタッフリストを調べてみたんだけど、どうもその名前でボディーカードとして働いてるっぽい。多分オークション期間だけの雇われじゃないかな。ディオニュソスの子飼いって感じじゃないんで」
「オーガねぇ……。心当たりないなぁ……。コードネーム?」
《多分。ラストネームが無くてオーガって単語だけだから》
「“閃鬼”の都市伝説に比べりゃたいしたことない、ってことかな……」
《”Fictional”の竜騎士と比べてもね》
笑いの含んだ閃鬼の声に、見えないとわかっていながらも肩を竦める。
男、改めオーガの姿は見えないけれど、破壊音と撒き散らされる暴力的な気配で位置はわかる。壁を触れ、遠隔でオーガの目の前に壁を立てた。
一拍の後、硬い物に肉がぶつかり、ガラガラと砕ける音。インカム越しに聞こえたのか、閃架が「おぉっ」と小さく呟いた。オークションのせいで人通りが無くて良かった。
《で、どうする?あたしそっち行った方が良い?ただちょっと時間掛かっちゃうかも》
「うわ――……。……お願いします。すいません」
《お、珍しい》
電波越しの声がぴょこんと跳ねた。はしゃぎだす閃鬼とは正反対に俺は苦笑を零す。
既に騒ぎを起こしてしまった身としては、これ以上閃鬼に迷惑をかけるのは申し訳ない。できれば俺だけで片を付けたいのだが、意地張って負けた場合、そっちの方が閃鬼に迷惑を掛けることになる。“オーガ”の底が見えない今、被害が少ない内にとっとと頼った方が良い。
《オッケェ!いやぁ、君に頼られるのは悪い気がしないなぁ。風竜もあたしにお願いされた時、こんな気持ちだったの?》
「さぁてな。あんたが嬉しいなら良かったけどさ」
《ところで君のナップザック、持っていった方が良い……?》
「ンッ」
声の腰が引けてて面白いな……。本当はやりたくないことを義理と見栄で提案する時、こういうおずおずとした声を出す。皿洗いとか。
いつも家で答える時と同じように小さく吹き出した。
「いやぁ、あんたじゃそのナップザック持てないだろ。中に大刀入ってんだぞ」
《狂華に化われば持てると思うけど……》
「アイツ話しかけても反応しないだろ」
《や、風竜が居ない間に2人で駄弁ってたんで。今狂華起きてるよ》
「お、俺をハブったのか……?」
《急にヘラるな》
ガチで閃鬼に引かれる気配がしたので深刻な気配をガラリと変えた。閃鬼を揶揄い過ぎると狂華に怒られてしまうことだしな。
「良いよ。ナップザックは置いといて。狂華が起きてたとしても荷物持ちなんてしないだろ。無理矢理重いもん運んで閃鬼に腕痛められても困るしな」
狂華もはしゃいでんなぁ。オークションの熱狂とか好きそうだもんな。
楽しそうでなによりなのだが、テンション上がっている時に閃鬼と化わったら今まで以上の大怪我をしかねない。うっかり腕とかすっぽ抜けたら洒落にならないしな。
近くでなった破壊音に体の向きを変える。閃鬼との会話に気を取られ過ぎたのか、いつの間にか距離が詰まっている。
まぁ良い。こっちの話もまとまった。逃走一辺倒だったが、そろそろちゃんと相手してやろうじゃないか。
使われていない倉庫に逃げ込む。閉めた扉を”我が欲へ”をドア枠に接合した。
「戦闘に入るから会話できなくなる」
《おけまる~。じゃあ頑張ってね。風竜。応援してるよ》
「おー。もしあんたの出番がなくなったら悪いな」
《良いよ。そっちの方が楽出来るから》
閃架が気を使ってくれたのか、インカムが静まった。とはいえこちらの音は聞こえているだろうから格好悪いところは見せられない。
オーガの気配が扉の前に立つのを感じながら、オークション会場から抜ける時に見た閃鬼の姿が頭を過る。
“黄金の饗”に昇る際過剰稼働させた鬼眼に違和感が残るのか、シパシパと乾いた瞬きを繰り返していた。くっついて来た時に撫でた額は発熱し、薄っすらと汗を掻いていた。
閃鬼を呼んだことが悪手だとは思わないが、無駄足を踏ませてやりたい。
開かないドアが向こう側から叩かれる。1発。2発。3発。殴られる度にボコボコと飛び出てくる。一際鈍い音と共にドアに罅が入った。
轟音と共にドアが瓦礫へと変わる。肩で息をしながらも、”オーガ”はまだまだ元気いっぱいだ。思わず「うわっ」と口から洩れた。結構暴れてた筈なんだけどな。
鉛色の三白眼が構えた俺を写して尖る。
落ちた破片を蹴り退かした足が床を強く踏みしめ、俺に向かって跳び出した。
拳を振り被り、突っ込んでくる姿は弾丸のようだ。一直線の弾丸など怖くもなんともないけれど。
構えていたファイティングポーズを解く。俺が近接戦闘をするつもりだと勘違いしているオーガに見せつけるように、ペタリと壁に掌を付けた。ギョッと三白眼が見開かれる。俺はニッコリと笑いかけた。
「まっ」
「“我が欲へ”」
ピッ、と人差し指で上を指す。
せり上がる床に隠れる前、見えたオーガの顔は般若の様で。
「いい加減にしろやテメ―――――ッ!!!!」
壁をも破りそうな怒号が鼓膜をぶん殴る。全フラストレーションを放出する勢いに俺は喉奥を震わせながら足を振り被った。
表層のみを創り変えた壁は穿たれた衝撃に耐えられない。入った亀裂は止まらず広がり、直ぐに壁をぶち破った。
それでも放たれた鉄砲玉は止まらない。壁を貫き、標的目がけて一直線に突っ込んでくる。それが罠だとも知らずにな。
「ハ?」
全体重を掛けて壁を殴り壊したオーガが近くの俺に声を上げた。もう逃げて居ないと思っていたんだろうなぁ。今までみたいに。
勢いを制御できず前に倒れ込むオーガの無防備な顔面を思いっきり蹴り上げた。くぐもった声を上げながらオーガの身体が崩れた壁を跳び越える。
身体を強かに打ち付け、ゴロゴロと地面を転がったオーガが身体を起こす。蹴られた顔面を掌で擦ったオーガが顔を上げる。俺はそれを壁に開いた穴から見ていた。
「いやぁ、悪いなぁ。大変お待たせして」
「テメェ……」
オーガの額に青筋が浮かぶ。俺はちっとも悪いと思ってない声色で微笑んだ。
「んじゃ、戦おうか」
「上等だ!ブッッッ殺してやるッ!」
オーガが勢いよく体を跳ね起こしたまま、突っ込んでくる。迎え撃つ為、俺も拳を構えた。
さぁて、セカンドラウンドだ。




