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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
90/98

熱狂と、冷淡と、再点火

▽▽▽▽

「本日はお集りいただき、ありがとうございます。皆さまが触れた商品に最高の価値を。願いを託した皆様に最上の利益を。今回も、きっとこの願いが叶えられると信じております。司会は今までと同じく、私ディオニュソスが務めさせていただきます。それでは!第50回黄金郷(ミダス・ガーデン)の開催です!」

 異常な熱気が蔓延する中、俺は欠伸を噛み殺した。



▽▽▽▽

 緊張感を通り越し、殺気にも似た感覚が肌を撫でる。広い会場の中浮ついた感覚が蜷局を巻く。その中心部は目の前にあるステージ。誰もが溢れんばかりの欲望と熱気を冷静さで取り繕い、ギラギラとした目で司会者を睨んでいる。まったく、ご苦労なこった。

 ステージに近づくに従い下っていく半円錐の座席。中腹程に腰かける俺は、自分の数字が書かれたパドルを暇つぶしに弄びながら周囲の熱狂を冷めた目で見ていた。横にはこれまた場違いに、暢気にぱたぱたと足を揺らす閃鬼がいる。今にも鼻歌でも歌い出しそうだ。楽しそうなことで。結構だな。

 因みに彼女のパドルは早々に没収されている。要らないものにもノリノリでオークションに参加しだすので。

 

「ね、風竜、ほら、あの剣、どう!?名剣だってよ!」

「武器が欲しけりゃ自分で創るしなぁ……。っていうかそこまでいいやつじゃないだろ。アレ」

「でもほら、みんなめっちゃ熱心に参加してるよ!ほら!あの人とか!あそこの人とか!」

「その2人多分サクラだぞ」

 さっきから終始この調子である。何故俺に買わせたがるのか。

 踝を膝に乗せるように足を組んで頬杖を突く俺の肩に閃鬼がベっ、と寄り掛かった。掛けられる全体重に身体が斜めに傾く。

「ね~、風竜、なんか欲しいもんないの~」

「特には……」

 アルコールとか飲んでる?

 そう聞きたくなる程べろんべろんになったテンションで閃鬼が俺の肩に懐く。その旋毛をちらりと見下ろした。

 俺の欲を注ぐ先はもう決まっている。こう見えて一途なもんで。目移りはしないんだ。


 とはいえ、なぁ……。

 至近距離で覗き込まなければわからない右眼の刻印が興奮と期待に輝いている。

 無粋なこと言ってこれに水差すのも、なぁ。

 ぐりぐりと急かすように俺の腕に擦り付けられる頭を撫でる。

 欲しい物ねぇ……。

 俺が撫でたことでズレ掛けたフードを直し、漏れ出た髪をフードの中に戻す。猫の様に閃架が目を細めた。


 ――あ、閃架の髪切りたいな。

 俺が来て暫く経ったが閃架は一度も美容院に行っていない。背中に流した髪を邪魔そうにしてきたし、ドライヤーの時間は伸びている。そろそろカットに行く筈だ。……じゃあ俺が切りたい。

 彼女の髪を散髪メンテしたい。許されるならシャンプーも。ドライヤーも。

 でも、これ言ったら流石に閃架にキモがられないか。別に他人に何と思われようが構わないが、閃架に距離を取られるのは俺の人生に関わる。折角溶けた猫のように懐いたのに。

 物欲し気な顔をしないようにシラッとした表情を作りながら黒と白、2種の指触りの髪から掌を抜いた。

「三角コーナー用のネットがもう無くなるから忘れない内に買っときたいな」

「そういうのじゃなくって!」

 わかってんでしょ。と責められて首を竦める。つっても消耗品じゃないとなると家電くらいしか思いつかない。仕事道具となると自分で創った方が信頼できるし。

「物よりも物創り出来る場所の方が欲しいかな。存在異義レゾンデートルを使って、じゃなくて自分の手で創れるような場所」

「キ、貴様、存在異義レゾンデートルが趣味嗜好とか、得意なことと密接に関係してるタイプか……っ!」

「なんだその反応……。別に珍しくないし、存在意義なんだから寧ろ当然だろ。“フレイムハート”だって狙撃技術は自前だし」

「えー、ライどっちだろ」

「ライもハイスペックマシンの代わりに存在異義レゾンデートルを使っているだけでハッキングとかは自力じゃないかな」

 閃鬼も鬼眼による観測能力を自分の頭で演算出来ているので存在異義レゾンデートルとの相性は良いと思うが。

 閃架の興味が別の方向にいったな。このまま俺の欲しいものの話がどっかにいってくれりゃあ「あ、じゃあ鉄工所とかどう!?多分出品されるよ!」あ――――。

 ちょっ、と想定よりもスケールがデッケェなぁ。

 焦りながら聞き出してみると、毎回ヤクザなりマフィなりから違法薬物の研究所やら廃施設やらが出るらしい。閃鬼はそこを買おうと言っているらしい。本気の色をした瞳から目を逸らす。

「も、もうちょっとお手軽な方が好みかなぁ」

「え~。何、値段の話?」

「それもだけど、俺一人しか使わないのにそんな広い土地貰ってもな……。つかそれ”箱外”の施設だろ。買ったところで活用できないじゃん」

「むぅ……」

 金だけが理由だとマジで買いかねないな……。


「んで、良いのか。こんな事して」

 他の客に聞かれるとマズイかな、と言葉を濁す。爪先で床を叩いた。

 この下には動力源が鈍い光を放ちながら動いている。これを壊すんじゃないのかよ。

 含みを持たせた言い方に察した閃架が俺の肩から離れた。背凭れに体重を預けながら「いやぁ、だってさぁ」と指を振る。

「1回ぐらい出て見たかったんだよ。闇オークション」

「あぁ~。閃鬼こういう非現実的で、アングラなの好きそうだよな」

「本当なら一番盛り上がる3日目に参加したいところだけど、今回のオークションは2日目で中止の予定だからね。今日だけなんだもん」

 ストールに隠れている唇をつまらなそうに尖らせているんだろうな。

 2日目に取り扱っている商品は人間。即ち人身売買だ。閃鬼的には”それ”がアウトだったらしい。

 過去の自分を投影しているのか。それとも単純に閃鬼の倫理観的にアウトだったのか。

 なんにせよ。それが彼女の望みなら、俺としては否はない。俺は俺の為に(閃架)の欲を叶えるだけだ。

 オークションの内容を流し見ながらくわりと大きく欠伸する。椅子に深く身を沈めた。

「あ、風竜家だって!今更だけどなあなあであたしと暮らすことになったの嫌じゃない?独り暮らしの方が良い!?」

「は!?おいふざけんなやめろやめろ止めろ!」

 慌てて椅子に沈めていた身を跳ね起こした。



▽▽▽▽



「疲れた……」

 会場の外、自動販売機の隣のソファに沈む。公共交通機関では出来ないような大股開きで両足を投げ出した。買ったばかりの冷えた缶を額に当てる。結露によって生まれた水滴が額を濡らす。会場の熱狂で滲んだ汗と一緒に纏めて拭い取った。

 会場から離れたところに居るからか周囲に人気は無い。カフェスペースもバーもあるし、オークションも始まったばかりだからな。もうちょっと時間が経てばオークションの熱も落ち着いて、人通りも増えるだろうが。

 買ったばかりの缶のプルタブを上げる。カシュリという気持ちの良い音。中の炭酸がパチパチと弾ける。ゴッ、とサイダーを勢いよく煽った。生き返るような清涼感に低い呻き声を漏らす。


 オークションの本番は明後日の予定だが俺達の祭り本番は明日。今の内にと休憩中である。閃鬼は1人席に残してきたが、オークションに集中していたし大丈夫だろう。通信機の妨害はされていないし、最悪狂華も居る。

 グッ、と昇って来た炭酸を喉元で堪える。けほりと咳をしてから息を吐いた。

 ――いや、マジ。今更独り暮らしのこと言われるなんて思わなかった。俺は閃架が独りで暮らせないよう画策しているくらいなのに。閃架が俺との二人暮らしを嫌がっているとは思わないが、後でちゃんと話し合おう。いや、先に狂華に探り入れておいた方が良いか。

 心底嫌そうに紅目を歪めている姿が想像できる。なんやかんやアイツは俺の執着(狂気)を嫌ってないし、相手してくれるだろう。……骨の2本ぐらいは覚悟した方がいいかもだけれど。

 缶の飲み口をガジリと噛みながらこの件が終わった後の予定を巡らせる。ふと、人の気配を感じて顔を上げた。

 スーツ姿の痩身の男が自動販売機に小銭を投入している。缶が落ちる重い音。取り出し口から引っ張り出した185mlの中身を立ったまま一気の飲み干した。男が息を吐きながら顔を下ろす。何となく彼を見上げていた男と目が合った。


 頭の動きに合わせて尻尾の様に括られた髪が揺れる。三白眼が見開いた。

「あ」

「あっ!?」

 呆然と開いた口から咥えていた缶が落ちる。瞠目して大声を上げた相手――3日前、あの路上での乱入者の手からスチール缶がひしゃげる音がした。

 驚愕したまま第六感に従い、椅子から転げ落ちるように身を捩る。先ほどまで俺の頭があった位置、鼻先を拳が抉った。白く塗装された壁が凹む。広がった亀裂と落ちる破片に頬が引き攣った

 あっぶねっ!頭潰す気かよ。

 俺の缶が落ち、残っていた中身が靴を濡らす。一息で大きく飛び退けば飛沫がズボンの裾に飛んだ。距離を取り、拳を握る男に向かって開いた両手を掲げる。

「ちょっ、と待て待て、落ち着けよ!オークションの参加者同士だろ!?今此処で揉める理由なんざないだろうが!」

「あ?ちげぇよ。俺は客じゃねぇ。オークションの警備員だ」

「あ、そうなの?なら余計だろ。こっちは客だぞ」

 クレーマーみたいな言い方だが今回の言い分は正当だろう。宥めようとする俺にビシバシと叩きつけられる男の敵意は揺らがない。

 男が壁をぶち抜いたせいかアラートが鳴り響く。ヤバいな。速く何とかしないと人が来る。

 鉛色の虹彩を持つ三白眼が歪められる。俺に刺さる視線は逸らされない。

「オレの仕事はオークションを正常に終わらせることだ。テメェはその邪魔をするんだろ」

「随分と人聞きの悪いことを言うなぁ。何をもってそう判断したんだか。理由を聞こうか?」

「面」

「――つまりは勘ってことじゃねぇか!」

 問題はその勘が当たってるってことだ。クソッタレ。

 ちゃんとした根拠があれば論破して誤魔化すことだってできる。自分のことを頭良いと思っている奴相手なら口八丁でどうにだってなるのに。

「オッケー、あんたの言い分はわかったよ。正否の程はともかくとしてな。差し当たって取り敢えず」

 両腕に溜め込んだ”力”を床に勢いよく流し込んだ。俺と男をまとめて飲み込むように、大きく穴が開く。

「場所を変えよう」

「は?うおっ」

 2人揃って下層に向かって落ちていった。

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