バックヤード物色
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空飛ぶ黄金饗への輸送機の中は金銀財宝が煌めく宝物庫――ということは特になく、普通の薄暗い貨物庫だった。
「はいとうちゃぁく。……上手い事行くもんだな」
「ね。流石」
「そっちがな。降りるか?」
人気がないことを確認し、背負っていた閃架を地面に下ろす。久々に自分の足で自重を支えたからか、閃架が小さくよろめいた。慌ててその肩に手を添える。
「おっと。あぶね。大丈夫か」
「うん。ありがと」
バランスを取り直した閃架が勢いよくウインドブレーカーのジッパーを下げる。その場に防寒具を脱ぎ捨てたかと思えばつったかー、と何処ぞへ走って行った。非常用の光に薄っすらと照らされていた背中が闇の中に消えていく。
――えぇ~……。
躊躇いのない行動に思わず固まるものの、まぁほっといていいか、と思い直す。鬼眼に暗視能力は無いらしいけれど、高性能の情報収集能力のおかげで光源の有無は大した問題にはならないようだし。
冷えて固まった体をストレッチで解しながら、ぐるりと周囲を見回した。
頑丈そうな筒や厚手の布が掛けられた額縁。中身の見えないガラスケースなどが整頓されて積まれている。ジェット機の貨物室、というよりも美術館や博物館の倉庫って感じだ。とはいえまっとうな施設とは違い、その価値は混沌としているのだろう。なんて。中身は見えないので今俺は適当なことを言っている。
閃架が脱ぎ散らかした防寒具を拾い、くるくるとまとめる。のんびりと閃架が消えていった方に足を進めれば、パパパパッと高速で紙が捲られる音がした。
覗き込めば閃架が傍らに積み上げた紙束に高速で目を通していた。綴じられた背の部分を指で摘み、逆の手の親指で小口を弾いている。鬼眼は動体視力にバフが無かった筈。ちゃんと読めてんのかな。
「武器系は6時方向の隅だよ」
「おわっ」
集中しているようだから気付かれていないと思った。
こちらに背を向けたまま告げられた閃架の声は先ほどまでのアドレナリンが巡ったものとは違い、落ち着いていた。
言われた方向に視線を向ければ先ほどの美術的な品々とは違い、無骨な雰囲気がある。梱包も厳重なものでは無く、幾つか中身が見えるものもあった。恭しく重厚そうなケースに収められた刀剣から箱の中に一緒くたに突っ込まれた重火器類まで手持無沙汰に検分する。
目を引かれたのは一本の日本刀だ。人と人の間を渡ったことがわかる薄汚れた白鞘。柄に付けられた布は羽衣の様に軽く、薄っすらと透けている。華やかではないけれど、柄から先に掛けて茜色のグラデーションは美しい。
他の何本かとまとめて収められているので厳重な方ではない。錠を摘まんだ親指と人差し指に意識を集中する。パチリ、と指先で力が爆ぜた。創り変えられた鍵を引き抜き、ケースを開く。持ち出した刀を鞘から抜いた。
墨を流して固めた様な刀身に目を細める。
「黒刀か……。良いな」
「うわっ、勝手に鍵開けれんの相変わらずヤバいな……」
「あんたがそれ言う?」
呆れた様な閃架の声にゼロ敷地無効化が何言ってんだと振り返る。閃架の表情を見るよりも速く、ずいっと目の前に突き出された鍵付きのケースに視界が埋まった。はいはい、と肩を竦めながら軽く触れる。軽快な開錠音。直ぐに閃架が中身の書籍に食いついた。
便利に使うなぁ、と指先を擦り合わせながら閃架の丸まった背中に声を掛けた。
「なぁ、こんなことしてる暇あんのか?そろそろ着くだっ、ろっ」
言い終わるよりも先にジェット機の機体が大きく揺れる。会場である逆ピラミッドの中に格納されたらしい。つまりはそろそろ荷下ろしの人が来るということで。
「まだいける!まだいける!」
「いや……いけないだろ……」
何時人が来るかわからない所に留まるのはリスクが高すぎる。閃架が鼻先を突っ込んでいた本を取り上げた。
「あ~!」
「どうどう」
伸ばされる閃架の腕を避け、ケースに戻して鍵を掛ける。これで閃架は取り出せない。
「というわけでズラかるぞ」
「う゛ぅ~」
「ぐずるな~」
下開けるぞ。良いんだな。と確認してから床に触れる。足元に俺が裕に通り抜けられるくらいの穴を開けた。
閃架を胴体に抱え上げたまま縁を片手で握り、穴から足を振り出した。振り子のように振った足がジェット機に触れる。瞬間掌から飛行機へ“我が欲へ”を流し込む。創り変えた鋼鉄が足に纏わりつき固定した。
「閃架、ちゃんと掴まっとけよ」
縁を掴んでいた掌を飛行機の腹に移動させ、触れたところでまた埋め込む。次いで足を埋めた外壁を戻し、また一歩。繰り返しでヤモリかトカゲの様にジェット機の腹を這っていく。
「やっぱ君の存在異義の利便性おかしいよ……」
「腕でしか使えないからタイミング合わせるの結構大変なんだけどな」
ハンモックにうつ伏せに寝そべるように俺の胴体の上に捕まった閃架が呆れ半分に呟いた。
折角誰にもバレずに入り込んだのに、此処で見つかってはつまらないので慎重に。ジェット機の腹に人が張り付いてる、なんて思わないからな。
「つか今更だけど、このオークションって商品の出品さえすれば誰でも入れるんだろ。わざわざ上空10,000mまで自分の足で昇らなくたって通常ルートで入れたんじゃないか?」
何処の誰にどういうコンタクトを取れば良いのか俺には想像できないが、どうも閃架なら可能らしい。伊達にプラス・ボックス1の情報屋として都市伝説扱いはされていないのだ。俺の胴体でだっこちゃん状態の彼女はこの街に最も根を張っている人物の1人である。
「いや、そりゃそうだけど……。上空にある悪党のパーティー会場みたいなとこに外から忍び込めたら凄い浪漫チックじゃん……。出来るかなって思ったらやりたくなって……」
「……」
俺はこいつを振り落としても許されんじゃないだろうか。しないけど。
”面白そう”を行動原理にし過ぎだろ。俺が居なけりゃ早死にするな。
もう何度目に思ったかもわからないことをもう一度思いながら一息つく。足だけ飛行機の腹に固定したまま、腕を放す。ジェット機の腹に立ちながら天地を逆さまにし、伸ばした腕で頭上の滑走路に触れた。
逆三角錐の中を横に突っ切る形で滑走路が走っている。この上層がオークション会場等の人が出入りする場所で、下層が動力部、というかこの建造物の浮力装置だろう。ただそこまでには空洞の空間がある。閃架に提供された図面に因ればな。
「閃架」
「ん。良いよ」
頭上の路を、次いで足元の胴体を創り変えた。俺の身体が重力に従い落ちていった。
高速で後ろに流れていく壁が徐々に鋼鉄が剝き出しになっていく。厚さを増し、無骨なもへと。じりじりと迫ってくる熱源の気配に閃架がほうっ、と熱い息を吐いた。
そらこんなデカブツ浮かせるとなると結構な装置が必要になるし、付随して相当のエネルギーが必要になる。この空間は艦内の人間が熱せられない為の、空気を冷却する場所だ・俺等みたいなネズミにしちゃ、絶好の隠れ場所である。
ぐる、と空中で半回転し、漸く天地を正常にする。抱きかかえられた閃架が首を捻り、俺の足下を視た。
「“竜の鱗”」
厚く創った空気の盾が2人分の体重と重力による加速を殺しきれず砕け散る。キラキラと光を反射させながら実体を失い、空気に溶けていく破片達を突っ切った。壊れた端からもう1枚。2枚。3枚。通過するごとに減速していく。
「そろそろか?」
「そうだね」
閃架の頷きを聞いて、改めて肺に酸素を入れ直す。目の前の空気に新しく力を注ぎ直すイメージで。
「“竜の翼”」
カンッ、と踵の下で音がする。充分に減速した体か硬質な板の上に着地した。
詰めていた息を吐き出し、上を見上げる。おぉ、結構落ちたな。余裕で落下死できる高度だ。滑走路が豆粒の様。上から見下ろされても、気づかれることはないだろう。
よっこいしょ、と閃架が俺の上から降りる。足元から視線を逸らさないまま、俺の肩を叩いた。
「はい、お疲れ。んじゃ、動力部ぶっ壊そうか」
あ、これからどうすんのかと思ってたら、そういう感じで。




