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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
88/98

東方見聞録にも書いてない

▽▽▽▽

 グシュッと聞こえたくしゃみに回想していた思考が引き戻される。音がした方に視線を向ければ閃架が鼻を啜っていた。高所の風で冷えたらしい。

 う~ん。冷凍倉庫で用いられる防寒具でも足りなかったか。”ウインドブレーカー”が名前負けしてる。まぁ色々と条件も違うしな。

 トン、と大きく跳躍する。

「閃架、ちょい身体浮かせて」

「んぇ。……落ちないように助けてね」

 鼻声で応えた閃架が胴体を密着させていた四肢を緩ませる。その体に俺が羽織るお揃いのウインドブレーカーを閃架に掛けた。

「……器用だね」

「だろ?」

 元々閃架自身が着ていたものですら丈が長かったのに、更にデカい俺の服の余ったポリエステルが寒空に靡いている。っていうか服のサイズが合わないせいで隙間風が多いのかもしれない。小柄な閃架にサイズの合う作業着が無かったんだ。オーダーメイドする程の時間もない。っていうかあんまり着る機会が無さそうだからと閃架が嫌がったし。

 閃架がもぞもぞとファスナーを上げる。顎先が埋まる一番上まで上げて、深く息を吐いた。

「ありがとぉ。竜騎寒くない?」

「俺は別に。そんな事より、そろそろじゃないか?今どの辺だ?」

「ん。高さ的には後29.84mくらいかな」

「ちっか……。速く言えよな。危うく抜かすところだったぞ」

「横方向ではまだ距離あるよ」

 冷たい空気に顔面を叩かれながら視線を上げる。抜けるような青空に目を凝らしてみるがそれらしきものは影も形も見当たらない。首を傾げながら”竜の翼(バゼラード)”に降り立った。

 1時間近く跳び上がり続けんの、流石にキツ……。

 肩を上下させれば肺に冷えた空気が入り込む。吹き出た汗が直ぐに冷やされ身震いした。

「寒い?やっぱ服返す」

「や、良い。着てろ。それよりとっとと済まそう。俺にはなんも見えないんだけど閃架はどうだ?」

「あー、ゼロ敷地と同系統の技術が使われてるから肉眼じゃ見えないんだよね」

「はぁん。やっぱ人気なんだなあの技術」

「ウチでも使ってるしね」

「え?」

「え。……言ってなかった?」

「……聞いてない。ウチって家――俺等が現在住んでる建物の事だろ」

「そうだけど……。や、でも流石に普通の建物だとは思ってなかったでしょ。っていうか薄々気づいてたでしょ」

 街中にあるポータルからなら何処でも家に入れるのでどうも物理的、というか現実の建物ではないんじゃないか、と思っていたが。鍵の代わりに刻印が登録されているらしい。

「んじゃ眼力ガイド?」

「それも悪くは無いけど……、ちょい、試してみた、いことが……あって。あ~、多分……いけると、思うんだけど……」

「え、何。コワ」

 耳元から聞こえるぶつぶつとした声は俺に話しているというより自分に向けている。なんだまた無茶ぶりか。今度の身震いは寒さによるものでは無い。

 思わず後退れば踵の下が罅割れる感覚。喋っている間に2人分の体重を支え切れなくなった竜の翼(バゼラード)が割れ始めた。

 自分の思考に目を回している閃架に声を掛ける。返事なんだが唸り声なんだかわからない音が返って来た。敢えて文字起こしすると「んぇあい」だろうか。めんどくさがってる重ったるい声に苦笑する。

 同時に鬼眼にアステリズムが瞬いた。光を合図に小さく跳ね、足下に空気の足場を張り直す。ついでによっこらせ、と閃架を抱え直した。その拍子に頭の位置が高くなった閃架がぺとっ、とほっぺたを俺の首元に引っ付ける。

「お、どしたどした。そんなに引っ付かれたらドキドキしちゃうぜ」

「今更そんなん良いからこれ見て」

 閃架が身を捻り、両腕が俺の眼前に掲げられる。それぞれ狐が形作られた。2匹の狐が「コン」「コン」と頷き合う。右の狐だけがくるりと身を翻し、右手の小指耳が、左手の人差し指耳に重なる。左手の小指と右手の人差し指も同じように重ね合った。

「さぁて、いけるかな」

 自信の無さを明るい口調で誤魔化しながら、狐の口が開けれる。

「あー”化生の者か、魔性の者か正体をあらはせ”だったかな」

 指の間に生まれたひし形の隙間が「見て見て」と言わんばかりに俺の目の前に差し出される。

「――狐窓か。人ならざる者の正体を見破る、っつー……、なんだ、技?だっけ」

「なんで竜騎、そんな日本文化に詳しいの……?」

 君の剣足ろうとしているから、かな。あと無趣味なせいで暇だからである。

 節くれだった俺の腕とは違う、ほっそりとした指で作られた穴に向かって屈みこんだ。

 まじまじと覗き込み、はぁと息を吐く。閃架がにまーっ、と笑う気配がして気恥ずかしい。何しろ感動で胸がいっぱいなので、無駄なものを入れている場所が無いのである。


 狭い隙間には、広大な光景が広がっていた。

 第一印象は空中に浮く逆さピラミッドだ。石切の階段の代わりに黒く光を吸い込む合金の層が回転していた。ゴゥン……、ゴゥン……と低い音が腹に響く。

 逆ピラミッドの四方に浮かぶ衛星機サテライト同士が涼やかな色の円で繋がれている。これが半重力装置として巨大な建造物を浮かび上がらせているのだろう。放電する涼色が青空に爆ぜている。

 あれが悪党の欲が渦巻く黄金郷。“黄金の饗(ミダス・ガーデン)”。完全にSF映画の光景だ。バックが宇宙だったらそのままスペクタクル映画に使えるな。

「いや、これ、嫌いじゃねぇなぁ……」

「んっ、ひひ。良かった」

 それは狐窓が成功した事か、それとも俺のリアクションか。

 ご機嫌に笑う閃架の声を聴きながら、とん、と再度跳び上がった。うわっ、と閃架が俺の肩にしがみ付く。組まれた指が解かれたことによって、映っていたハイテク逆ピラミッドが霧散した。

 閃架が片腕を俺の首元に回しながら、チョンチョンと上を指さした。乞われるままに“竜の翼(バゼラード)”を割り蹴った。

「スゲェなあれ。“黄金の饗(ミダス・ガーデン)”の奴等って異在道具オーパーツには疎いって話じゃなかったのか」

「なんか借金のカタに巻き上げたらしいよ。竜騎、技術力が高いもん好きだよねぇ。アナログにしろハイテクにしろ。存在を創る存在イグジストサガって奴かな?」

「そうか?んで、こっからどうすんだ?美術館の時みたいに潜り込むか?」

 鬼眼と“我が欲へ(アルケミア)”が組み合わされば物理的障害も概念的障害も意味がない。なんてのは流石に大きく出過ぎかな。

「外壁に穴開けるとアラート鳴っちゃうんだよねぇ。後内と外の気圧差で内側がえらい事になるから」

「お、じゃあどうすんだ?何かスペシャルアイテムでも?」

「スペシャルアイテムは無いけどスペシャル便なら。多分そろそろ来ると思うんだけど――そら来た」

「何、俺チケットとか買った覚えないぞ」

 言いながら閃架が指さす方に視線を向ける。視界に映るよりも先に恐竜の呼吸音と石油燃料が爆発した臭いを感じていた。

「成程、スペシャル便ね」

 逆ピラミッドに向かって飛ぶジェット機に向かって目を細めた。プライベート用にしては一回り大きく、貨物用にしては一回り小さい中途半端なそれに進行方向を合わせる。

「あれも借金のカタで手に入れたのかねぇ」

「確かそう」

 おっと、当たっちまった。

「あれにオークションの参加者とか商品とか乗せて運んでるんだって。あっちに潜り込む方が簡単でしょ。客と鉢合わせるとマズイから貨物室にしてね」

「飛行中のジェット機に潜り込むのが簡単だって?無茶言うなぁ」

 ジェット機の上を取る為急いで空中を駆け上がる。真上を取るには間に合わないか。

「閃架貨物室の場所調べてる!?」

「あたぼうよぉ」

「オッケ。飛び移んのは俺やるから閃架タイミング見て」

「おけまる~」

 雑で軽い声を聴きながらジェット機との距離を測る。閃架が居るので無意味だとわかっているが、長年の癖みたいなものだ。

 理性でわかっているからといって、無意識の行動を制御できるわけではない。異在者イグジストなら覚えのある感覚だ。鬼眼が痛むのか、“竜の翼(バゼラード)”が薄くなってきているがこれだって閃架が「あたしは鬼眼が無尽蔵に使えるんだ!」って思い込めばノーリスクで使える訳だし。人間いざ自分がチートキャラになれるよ、と言われたところで無意識の内にブレーキがかかるもんらしい。素晴らしいことだな。じゃなきゃもっと世界は滅茶苦茶になっている。

「加速用に竜巻創っても良いと思う?ジェット機危ないか?」

「規模と形によるかな!一瞬だけ小規模の竜巻で身体押し出そう」

「わかった。図面引いてくれ。合わせる」

「思いっきり跳び出してね」

 くっつく胸から伝わる呼吸が深く、長くなっていく。彼女のリズムに意識を合わせた。閃鬼のラピスラズリが深く、鋭く、眇められていく。口角を上げた。


「3、」


 一際大きく跳躍し、ロケットの照準を向けるように頭をジェット機に向ける。


「2、」


 膝を曲げ、足を揃える。両足を挟むように掌を置き、作った壁を足裏に当てた。


「1」


 俺か閃架か、細く浅く息を呑む。

「0!」

「”双頭竜の咆哮(デュアル・バスタード)”」


 “竜の翼(バゼラード)”を踏み蹴った。同時に背後に創った2つの竜巻で身体を押し出す。

 脚力と風力で加速して、頭っからジェット機に向かって突っ込んだ。自然落下以上速度で顔面が空気に叩かれる。今日一番の風圧。2秒にも満たない間。ジェット機の腹に顔面がぶつかる寸前、掌を差し込む。腕を曲げて衝撃を吸収すると同時に


「“我が欲へ(アルケミア)”」


 俺と閃架2人分通れるギリギリ創り変えた(開けた)穴に滑り込んだ。


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