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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
85/98

穴倉

▽▽▽▽

 胸元に熱い呼吸を感じる。深く膨らませようとした肺が、重みに阻まれる。伸ばした腕で胸に乗った閃架の頭を撫でた。

「どうした。もう良いのか」

 俺に乗っかる閃架の重量によって俺の声が潰れる。

 さらとした指通りに時折混じる、引っかかるような指触り。目を瞑ったままだから見えていないけれど、彼女の白いメッシュは暗闇にぼんやりと浮かび上がっているだろう。

 閃架のこの行動は意外だった。徹夜するにしろ自室で寝るにしろ、次に顔を合わせるのは明日の昼頃だと思っていたのに。閃架が俺の上で突っ伏しているので、厳密に言えば顔を合わせてはいないのだけれど。

 密着している閃架から言葉を選ぶ気配が伝わってくる。2人の間に挟まった掛け布団を引っ張ってみたけれど、彼女は退く気はないらしい。

 やれやれと思いつつ、辛うじて引き出せた分を閃架に掛けた。

 うとうとと睡魔の上を揺蕩いつつ、閃架を待つ。閃架の声で空気が震えたのはもうこのまま寝るか、と思い始めた頃だった。

「――あたしの……」

「うん」

「あたしのこと嫌いになった……?」

「……うん?」

 思っていなかった言葉に体を起こそうとして、身体にしがみついたまま、一切力を緩めない閃架に止める。浮かしかけた背を再度マットレスに押し付けながら「いや……」と口を開いた。

「これで嫌いになるくらいならとっくに他の事で嫌いになってるだろ……」

「今までのが積み重なって、ってこともあるじゃ~ん!」

 俺にとって当たり前の主張は決壊した閃架によって押し流された。

 ――一応俺に罪悪感はあったのか、こいつ。

 いや、流石になんも思われてない、とまで思ってなかったけれど。なんか思ったよりも溜まってたっぽいな。

 ガバリと体を起こした閃架の勢いに目を見張る。え、泣いてる?と目元に触れてみたが俺の指先が濡れることは無かった。一応まだ泣いてはいないらしい。今にも泣きそうな感じはするけれど。

 直ぐに閃架がまた倒れ込んできた。再度呻き声を上げながら、俺の手も閃架を抱きしめるように戻す。はぁ、と溜息を吐いた。

「そう思うんだったら俺が何に一番イラついてんのかもわかってんだろーな」

「……遠慮すんなってやつ」

「そうだよ。わかってんじゃん。あんたが殴りたい相手が居るんなら俺を使えよ。一言殴れって言えばいいだろ」

「………」

 返った沈黙に閃架が乗ったままの体を揺らして答えを急かす。閃架が抗議の唸り声を上げた。

「――インテリヤクザとチンピラの2人組くらいなら気軽に頼めもするけど、あの黒い人はそうもいかないでしょ。だって一目で、あ、強いんだな、ってわかるじゃん……。鬼眼を使うまでもない」

「はーっ、そんなこったろうと思ったけどよぉ」

「くっだらね」と吐き捨てた俺に「重要でしょ」と閃架が呻いた。

「剥き身の刃物を至近距離で突きつけられる感覚に似てた……」

「別に刃物突きつけられた程度で焦らんだろあんた……」

「焦るわ……。一緒にすんなよ。野蛮人め……」

「血の気はあんたの方が多いだろうがよぉ」

 発散する手段がないだけで。

 ぐだぐだと毒にも薬にもならない言葉を紡ぎ合う。

「俺だって野蛮人やってるだけあって、結構”やる”ぜ。あちらさんが異在者イグジストである可能性は高いけど、戦闘向けの存在異義レゾンデートルとは限らないんだろ?」

 ライの電糸の巣(ウェブ・エレクトロン)だってオレンジカラーの、現代においては神にも成れそうな存在異義レゾンデートルではあるけれど、戦闘用ではない。だからこそ“狙撃手ちゃん”相手は俺がすることになったんだ。戦闘要員としてセランをヘッドハンティングした側面もあるのだろう。

 っていうか”鬼眼”こそ最上位クリアカラーだけれど、戦闘能力のない存在異義レゾンデートルだ。

「現状、狙撃手ちゃんと追いかけっこした時の方が危なかったと思うがなぁ」

「あれは仕事だったじゃん……」

「あくまで“切欠は”、だろ。要らない危険に身を晒した自覚がねぇとは言わせないぞ」

「うぐ……」

 ぐりぐりと鎖骨に閃架の額が擦り付けられる。子猫にじゃれつかれたらこんなかんじなのだろうか。ゴリゴリ骨が当たる感触がするけど。

「君を怪我させたいわけじゃない……」

「信じはするが。あんたいざトラブルに遭うとテンション上がって楽しい事(浪漫)優先になるからなぁ。俺以外にはあんまり言わない方が良いぞ」

「うぅ~!」

 ゴン、と鎖骨に閃架の額がぶつけられる。俺の上で閃架の足がバタついた。彼女の爪先が脛を蹴る。

 まぁ……全部本音ではあるんだろうな。少なくとも嘘ではない。閃架が俺のことを好意的に見ているのは狂華からも裏が取れている。その上で鉄火場にワクワクする質であるだけで。あと刹那主義の破滅嗜好でアドレナリンジャンキーの気がある。狂華の影響がどれだけあるのかはわからない。

「……意外に思うかもしれないし、信じないかもしれないけど、俺だってあんたの言うことになんでも従う気はない」

「ぇぁ」

 閃架から愕然とした声が漏れた。一気に落ち着きのなくなった気配に苦笑した。何時の間にかここまで信頼してくれるとは。ありがたいな。

 慌てて体を起こそうとする閃架の後頭部を抑えて胸元に押し付ける。

「そりゃあんたの希望に最大限添えるようにはするがその為には、っていうかその為にこそ拒否することも大事だろ。俺はあんたの剣だが、同時にあんたのサイドキックだ。勝てない戦いならちゃんと言う」

 俺は閃架の為なら、閃架を殺すことだってできる。ただ彼女に物理的な武力を持たせたいのなら兵器で良い。俺は突っ立てるだけの案山子で居る気はない。

「だから取り敢えず言えよ。俺に」

「んむ……」

 ――まだちょっと納得してないな。

 まぁしゃあない。会話は大事だけれど、会話だけで全ての納得が得られるわけではない。特に俺みたいな口先から生まれた奴が相手じゃな。

 閃架が逃げるように額を強く圧しつけた。俺の身体に。いじらしいわな。絆されるくらいには。

「オッケー……。んじゃあこうしよう」

「んぇえ、何言う気だよ……」

 不安です、と閃架が俺の上で身動ぎする。信用がねぇなぁ。俺だって閃架に対し「何言いだす気だ、こいつ」と思うことが多々あるからお互い様なんだぞ。

「なぁマイマスター。俺もたまにはおねだりしたいんだ。聞いてくれるよな」

「な、内容によるかな……」

 俺の上にべっ、と体全体で寝そべっていた閃架の腰が引ける。体全体から伝わるわかり易さに暗闇の中、口角を上げる。

「通りがかりの女の子を無差別に拉致るとか、許せないよなぁ。元締めがヤクザなのかなんなのか知らないけど、全員ぶちのめしたいと思うだろ?」

「おもっ、うけど……え、何」

「俺も思う」

 ビクリと閃架の身体が跳ねた。クリアに伝わってくる困惑に思わず笑ってしまう。小刻みな振動に閃架が俺から降りようとするのを抱きしめて邪魔をする。

「俺が、あいつ等をぶちのめしたい」

 手伝ってくれるだろ?


 体を起こす閃架を今度は止めない。頑なに合わなかった瞳がぽかんと呆けて俺を見た。を見た。

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