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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
84/98

草木も眠る時間なれど

▽▽▽▽

 “閃鬼”こと如月閃架は”プラス・ボックス”随一の情報屋だ。つまりは世界一の情報屋である。15年前に起きた殺人事件の真犯人の行方から明日の辺り馬券まで。その気になれば調べられないことはない。

 俺も最近わかったんだが、”閃鬼”の情報屋としての業務は完全なる事務方だった。

 いやまぁ、俺が所属するまで戦闘能力が無かったので当然と言えば当然なのだが。あまりにも積極的且つ楽し気に荒事に首を突っ込みまくるので、そのイメージに認識が上書きされていた。

 政府から直で仕事が下りてくるとは言え、”Fictional”は傭兵組織。立派なアウトローである。俺も”箱外”の情報屋を何人か知っている。そいつ等は警察の癖にマフィアに摘発の情報を売っていたり、裏社会の情報が集まるバーの店員とかだったり。副業として小遣い稼ぎをしているような連中だ。専業である閃鬼とはそこがまず違う。

 閃鬼はアナリストに近い。どっかの企業やお偉いさんからの依頼でデータを分析・解析することが基本的な仕事である。

 俺の閃鬼に対する印象は享楽的な愉快犯だったが、滅茶苦茶固い仕事でびっくりした。これが利益度外視でトラブルに首突っ込み、馬鹿高いバイクにポンと金を出す閃鬼の収入源だ。仕事の経費、っていうか趣味費だな。日常生活ではあんなに庶民的なのに。

 さて、警察や企業、果ては政治家までを顧客に抱える閃鬼ではあるが、同時に情弱でもある。一度調査を始めりゃ速いのに、日常生活でのアンテナは低いし流行りにも疎い。興味の有無かと思っていたのだが。

 どうもそうではないらしい。


「良くないんじゃん」

「ぎゃっ」

 背後から掛けられた声に閃架が肩を跳ねさせた。閃架が慌てて振り返る。

「りゅっ、竜騎っ!?」

「あっ」

 彼女の肩が積み上げられた書類にぶつかり、薙ぎ倒した。

「あ、あ~」

 バサバサと落ちる書類を見送った。頭を抱える閃架の代わりに落ちた書類を拾う為にしゃがみ込む。


 アンテナ、どうやらわざと低くしてるっぽいなぁ、これ。

 閃架は順法意識は低いくせに、倫理観と道徳心は世間一般から大きく逸脱していない。警察組織であるライから協力を持ちかけられるだけはあるのだ。

 見てしまった悲劇に対し、見て見ぬふりは出来ても見なかったことは出来ない。ものによっては普通に嫌な気持ちになるだけの感受性もある。――助けたくなってしまう。

 だから知らないように、気づかないように敢えて鈍くしている。

 でないと、こうなるからだ。

 なんせ閃鬼程の能力なら、地球の裏側の戦争さえ止めなければいけなくなってしまう。そうなれば”如月閃架”としての人生は滅茶苦茶だ。流石にそこまで遠くの事に首を突っ込む程の使命感は無いようだが。その辺の感覚も一般的なので。

 ただこの街内は彼女にとって”範囲内”らしい。


 バサリ。半ば放るように荒っぽく、拾った書類を机の上に投げる。誘拐事件に関する新聞のスクラップ。反社会組織のレポート。等々。デスクトップパソコンでは何らかのプログラムが動き、ノートパソコンにはグラフや数字が表示されている。

 なんの数値かとノートパソコンの画面を覗き込んだ。内容を理解する前に、閃架に因って勢いよくパソコンが閉じられる。風圧が瞳を叩き、何度か目を瞬かせた。

「何まだ起きてんだよ……早く寝ろよ……」

「それあんたが言う~?」

 呻くような閃架の声を聴きながら、その辺に転がっていた椅子を引き寄せる。腰かければ、口元を尖らせた閃架が露骨に顔を逸らした。

 デスクトップパソコンのモニターに表示されている現在時刻は2時12分。なんだかそわそわちらちらしている閃架に「寝る」って言い置いて自室に引っ込むふりをしたのが21時くらい。それからずっと階段に腰かけ、閃架を伺っていた。ずっとごそごそしていたし、まだ寝る様子もないので、声を掛けに来たんだが。

「もうそこまで気になってんならこそこそしてんなよ。ガッツリ俺を巻き込めって」

「んん……」

 俺から顔を逸らしたまま、べしょりと閃鬼が机に伏した。向けられる背中を見ながら姿勢悪く足を組む。背凭れに体重を掛けたことによって俺が座る椅子が軋んだ。音に反応した閃架が背中を震わせる。緊張に張り詰めた背中を眺めながら考えた。


 ――これこのままだと建設的な会話はできないな。


 精神的問題でも肉体的な問題でも。

 夜中の2時、5時間ぶっ続けで脳みそを働かせた後、まともな話し合いが出来るわけない。脳が疲れ切っていて、元々不安定な情緒が更にグラ付いてそうだ。1回寝かせてリセットさせた方が良い。

 まだ閃架が調べ足りないのなら終わってからでも良い。焦る必要のない話題だ。放り出す気はないけれど、だからこそ中途半端に逃げられないように閃架が集中できるようにしてからにしよう。


「――よし!マジで寝る!」

「えっ」

 急にパンッ勢いよく膝を叩き、声を上げた俺に閃架が体を跳ね起こした。振り向き、きょときょと視線を泳がせる閃架に向かって彼女の上着を放る。そろそろ肌寒くなる時間だし、要らないならそれでもいい。

 頭の上に被せられた上着をずるりと引き下ろし、眉を下げる閃架の頭を乱暴に掻き混ぜた。最後にぽんぽん、と手を乗せる。

「おやすみ、ボス」

 もぞもぞと上着に袖を通す閃架にひらりと手を振って、部屋から出た。



 ▽▽▽▽



 自室の扉を開ける。

 人の出入りが無かったことで沈んだ空気と夜特有の冷たさが合わさり、キン、と耳鳴りがする。自身の身体に馴染ませるように深く息を吸った。

 照明を点けないまま部屋を横断し、ベッドに倒れ込む。ぐるりと仰向けに寝がえりを打った。

 視線を向けないままぱたぱたと伸ばした手に当たった布団を引き寄せる。自分の体に雑に掛け、目を閉じた。

 以前の職業柄、睡眠は浅いけれど、僅かな時間でも休息が取れる様、寝入るのは早い。するすると滑り降りていくような感覚で意識が沈む。うとうとする間も無く、深く吸った息が寝息に変わり。

 ドンッ。

「ウ゛ッ」

 胸に倒れ込んできた物体に、呻き声にと変わった。

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