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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
83/98

作戦会議はラーメン屋で

▽▽▽▽

「んで、何食う?」

「なんか……ジャンクなもん……」

「あー、良いな」

 ぶらぶらと道を歩きながらだらだらと会話する。騒動が終わって気が抜けたのか、閃架は一気にガックリ来たらしい。俺の半歩後ろを無気力な足取りで着いてくる。リクエストする声も力が無い。遅れないように手を取った。

 こりゃあ、店も俺が決めた方が良さそうだな。

 店も人通りも多くなってきた通りを見回した。栄養とか気にしないでガツンと来るもん……。

 んん、と小さく唸る。ステーキとかハンバーガーとかも良いけれど――。

 道に見つけた看板に閃架を振り返った。握った掌を持ち上げ、小さく振る。

「ラーメンとかどう?」



▽▽▽▽



「らっしゃっせぇ」

 引戸を開き、暖簾を潜った途端、むわりと湯気が顔を叩く。「おぉ」と思わず声を漏らした。

 運動部員みたいな早口で舌っ足らずな挨拶を聞き流し、カウンター席を通り過ぎる。空いていたテーブル席に向かい合って腰かけた。

 隣の赤い丸椅子に荷物を下ろしながら閃架が壁に貼られた、端が油分で汚れたメニューを見上げる。備え付けの台拭きでテーブルを拭きながら同じように視線を上げた。

「ラーメン屋さんのチャーハンってさぁ」

「おぉ」

「気になりはするんだけど、食べ切れる気がしなくて頼めないんだよね……」

「何、食べたいの?俺が居るんだから好きに頼めよ」

「どっちかっていうとチャーシュー丼の方が気になる。あと唐揚げ」

「お好きにどうぞ」

 店員さんの方を見ながら手を挙げて声を張る。

「すいませーん!」



▽▽▽▽



 俺が頼んだ担々麺を覗き込んだ閃架がピッと小さく手を上げた。

「一口!……え、辛い?」

「んぁ。……そんなでもない」

 麺を引っ掛け、持ち上げた箸をそのまま口に入れる。咀嚼しながら閃架に丼を渡した。2、3本を啜った閃架がちょっと顔を顰めて、「あ、あー」と意味ない音を漏らす。かと思えば慌ててグラスを引っ掴み、冷水が入ったグラスを煽った。

「フッ。辛かった?」

「かりゃい……」

「ンフフッ」

 舌っ足らずな口調に喉奥を震わせながら閃架の前から引き寄せた担々麺を啜る。閃架が蓮華でチャーシュー丼の白米を掬って頬張った。

「辛いの好きなの?あんまり食べてんの見ない気がするけど」

「閃架は結構食べるよな。そこまで得意ではない割に」

 ガリ、と閃架が氷の欠片を噛み砕いた。

 コンビニでブラックペッパーと冠された商品を買って、辛さに咳き込んでいたのを思い出す。ファーストフード店で期間限定のレッドなんとかも頼んでたっけ。俺も半分貰った。

 落ち着いたのか、不満げな顔をした閃架が自分用の醤油ラーメンを啜り始めた。透き通ったスープの中からチャーシューを摘み上げる。油とスープでてらてらと光り、くたりとしたそれを口に入れた。

「あたしチャーシューって薄切りの方が好きなんだよね。脂身多くてとろとろしてる奴。竜騎どう?」

「そこにこだわりは無いかな」

「ラーメンでチャーシューにこだわりないことなんてある!?一番大切とこでしょ」

「人に因るだろそれは」

「じゃ、竜騎的には何?」

「う~ん。味?」

「そっ、りゃそうだろうけど……。ねぇ、適当言ってない?」

 返事の代わりに閃架の方へ伸ばした箸で唐揚げを摘まむ。1口噛めば肉汁と共にしっかりとした味付けが口内に溢れた。

 閃架がカコカコと蓮華でチャーシュー丼を掻き込む。カピバラみたいに膨らんだ頬が薄っすらと紅潮する。掬ったラーメンのスープで流し込んだ。

「大きな声じゃ言えないんだけどさ」

「うん」

「小汚いけど美味いラーメン屋ってドラマの中だけじゃないんだな」

「ねっ!美味しいよね!」

 わっ、とテンションを上げた閃架に頷く。担々麺のスープを啜る。炒められた挽肉の旨味と胡麻の風味、じわじわくる辛みにほぅ、と息を吐いた。

 想像以上だったのか、唐揚げに付けた歯型をまじまじと閃架が見つめる。

「1人だと絶対入んないだけどな……」

「いや、それが良いと思うよ……」

 偏見で言うが酔っぱらいとか居そうで危ないし。俺が居れば守ってやれるが。

 閃架がこちらに箸先を向け、カチカチと開閉した。こら。お行儀が悪い。

「担々麺、もう一口」

「ん。良いよ。交換な」



▽▽▽▽



 閃架の丼が3分の1になったところで、傾けていたグラスを口から離した。お腹がいっぱいになって来たのか、段々ペースが落ちて来た。

 空になった担々麺の丼を遠ざけ、代わりにチャーシュー丼に手を伸ばす。

「あっ、待って煮卵食べたい。半分こにする?」

「ん、して」

 閃架が箸で割った煮卵とチャーシュー多めとご飯少なめを蓮華に乗せ、大口を開けたのを確認して、丼ごと引き取った。

「ところで、ちょっと気になってたことを訊いても良い?」

「んぐ。仕事の話(ひほほふぉはなひ)?」

「っていうかあの黒っぽいヤローの話かな」

「んん」

 不明瞭な音を漏らす閃架の前でチャーシュー丼を大きく掬う。

 2人の頭に浮かぶのは男にしては長めの黒髪を項で括り、黒いパーカーにグレーのパンツと街中にでも居そうなラフな格好の若者。ただその雰囲気は戦場に慣れてる奴のものだった。

「何訊きたいの?」

 きょと、と閃架が瞳を面白そうに輝かせた。俺が何を訊きたいのか、当たりを付けているっぽい。その表情を見て質問に対する答えも察する。溜息を吐く代わりにパクリと蓮華に食らい付いた。

 もぐもぐ、ごくり。唇に付いたタレをぺろりと舐め取る。

「あいつ、存在異義レゾンデートル使ってた?」

「いいえ?」

 きっぱりとした返事に肩を落とした。

 予想通りの内容に思いっきり溜息を吐く。空気が抜け、胃の空いた部分にガツガツと米と肉を詰め込んだ。やけ食いだ。

「確かに頑丈とは言えないけれど、ライフル弾相手にも数秒もってたんだけどな……」

「人間の拳よりもライフルの方が貫通力高い筈なんだけどねぇ……。でも多分、異在者ではあるよね」

「ああ」

 閃架の言葉に頷きながら、ひらりと左手を振る。

 突入者の左手のみに付けられていた指貫グローブ。閃架の眼鏡と同じ、体に刻まれた刻印を隠す為の装飾品。

「なんで片手だけなのかはわかんないけどなぁ。どうせなら両方すりゃあいいのに。そしたら直ぐにバレることもないわけだし」

「わからん。グローブ嫌いなんじゃないか?」

「そんなことある?」

 閃架の箸が完全に止まったのを確認し、彼女の前にある丼を引き取った。

 席から僅かに腰を上げた閃架が丼を追いかけ、スープの中に箸先を突っ込む。最後に残ったチャーシューが攫われた。

「それ残してたの?」

「うん。食べちゃって良い?」

「良いよ~

 やや伸びた麺をズゾゾと一気に吸い込む俺の前で、閃架がチャーシューを長い時間掛けてもごもごしている。

「で、どうすんだ?」

「ん?」

「あのヤクザ?っぽい奴等」

「どうするもこうするもねぇ……。別にどうも」

「良いのか?」

 大仰に肩を竦めて見せた閃架に目を眇める。チャーシューを飲み込んだ閃架が「良いも何も」と億劫そうに呟いた。俺も麺のなくなった丼の上に箸を置く。

「これ以上手間を掛ける理由がないでしょ。道で急に絡まれたからムカついたぐらいで、実害が出たって程じゃ無い。あぁ、竜騎は一発殴られてたっけ。あとミーティクスの整理券。怒ってる?」

「俺のことは気にしなくて良い。大した怪我じゃないしな」

「結構吹っ飛んでなかった……?」

 半信半疑で呟いた閃架が空っぽの担々麺の丼を見て納得したように肩を落とした。こんな刺激物の塊食うのは元気な奴だけだからな。

 頬杖を突こうとした閃架がテーブルの油っぽさに動きを止める。彷徨わせた腕を膝に戻した。

「あたしがムカついた分も竜騎が返してくれたからね」

「まぁ……」

 道で絡まれたのに対し、一々相手を破滅させている程俺達だって暇じゃないか。

「別に正義の味方じゃないんだから。気になるんならライに通報しとくよ。それで充分でしょ」

「あんたが良いなら俺は良いけどさ」

「そ。良かった」

 ニコッと笑った閃架がグラスの水を飲み干し立ち上がる。さっさと去っていく背に伝票を掴んで追いかけた。


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