檻の中
◆◆◆◆
ガシャン。
「あ」
休日の昼下がり。人気のない路地のこと。脈絡なく落ちて来た檻があたしのことを閉じ込めた。
覗いたスマートフォン越しに視界に入って来た異物とあたしを囲むけたたましい金属音に視線を上げる。真っ直ぐな道に聳え立っている格子に瞠目し、慌てて辺りを見回した。
通り抜けられない程の狭い間隔に鉄棒が並ぶ。黒々とした硬質な色とあたしの腕の2倍はある太さ。鬼眼で測るまでもない。早々に破壊することを諦めた。
「おやまぁ。あっさり成功しちまったじゃないか」
「ん」
上から降って来た声に呆然と開けていた口を閉じる。ガシャリと耳障りな音が2つ。影があたしに被さった。
顔を顰め、掛けている眼鏡の位置を直しながら天井を見上げる。降り立った男性が格子越しに見下ろしていた。天頂を過ぎた太陽が男を背から照らす。逆光になっているせいで格好さえもわからない。不気味さだけが際立った。
「どうもお嬢さん。騒がないとは結構なことです。そのままお願いしたい」
――眼鏡越しだと情報量が多くなって酔うから嫌なんだけどなぁ……。
カラーレンズで刻印を隠したままこっそりと鬼眼を起動する。
慇懃な口調の男性と眼鏡越しに視線が合った。銀フレームに嵌め込まれたレンズの下、はっきり作り笑いとわかる笑みに眼を細め、相手を観察する。
高級そうなスーツ。派手なネクタイ。オールバック。まるでインテリヤクザの若頭だ。
「ハハッ、ホラ、オレの言った通り!上手く言ったっしょ!」
「五月蠅いお前は黙っていろ」
脇道から喧しくがなりながらもう一人檻へと駆け寄ってくる。無遠慮にあたしを覗き込む男の服装は派手な柄シャツに安っぽい金ピカのネックレス。これまた如何にもなチンピラだ。
――なんだ?ヤクザの人攫いか?
異在道具の痕跡は見当たらない。となると片方は異在者か。恐らくはインテリヤクザの方。何はともあれ厄介ごとっぽいな。
スマホの画面をタップしてからポッケに突っ込んだ。
「おやまぁ。聞き分けの良い」
最初にキョロキョロしただけでリアクションの薄いあたしが不気味に思ったのだろう。インテリヤクザが身構えた。鋭くなった警戒にひょいっと肩を竦める。
「ハッ。大丈夫っすよアニキぃ。こんな弱っちそうな女がオレ等をどうこう出来る訳ないじゃないっすか!」
「馬鹿野郎!いつも油断すんなっつってんだろーがッ!」
「ヒッ、す、すみません……」
インテリヤクザのピシャリとした一喝にチンピラが肩を竦める。普段ならヤクザ映画みたいなんて思っているところだが、今はそんな暢気な感想は抱けなかった。硬派なヤクザ映画を観たことない、とかそういうのじゃなくて。
――”鬼眼”がバレたかなぁ。
ライが知っていたように、完全に秘匿していたわけではない。何らかの存在異義で知られた可能性もあるし……。なにより最近は外で鬼眼を使う頻度が増えた。
――武力カードを手に入れたからって調子に乗り過ぎたかなぁ。
コラボに高威力の竜巻だの空を歩けたりだの爽快な技が多いもので。ついつい無防備に使い過ぎたか。
はあぁと思いっきり溜息を吐く。チンピラが懲りずに「ホラやっぱり!ちゃんとビビってますよ!」とはしゃいでいるのをシカトして背後に向けてひらりと手を振った。
チンピラの言うことは半分は正しい。2人がたとえ無能力者でもあたしには倒せるような戦闘力は無く、檻を破るような破壊力もない。
ただインテリヤクザの言うことも正しい。この街に居る人間は異在者の確率が高い。そうじゃなくてもこの通り治安が悪いので、自衛手段を持っている者は多い。行きずりの女を狙ったのだとしたら、その警戒心の無さに感心する。だからこそ鬼眼を狙ってるんじゃないかって懸念しているわけなんだが。
あたしみたいな弱っちそうな女でもとんでもない能力を持っている可能性は箱外に比べて何倍にも跳ね上がる。――異在者のツレが居る可能性も。
背後から勢いよく突っ込んできた気配が檻にぶつかった。金属と金属がぶつかる、というか破壊する耳障りな金切り音。
数本の格子が背後から斬り飛ばされ、前にすっ飛ぶ。チンピラの顔面に向かって飛んで行って、眼前の格子に阻まれた。
「まぁた厄介ごとに巻き込まれてんのか。お姫様」
「思ったよりも速かったね。“ミーティクス”の最新モデルの整理券。貰えた?」
「貰えちゃいないが……まぁ問題ないよ。あんたより大事な予定なんてないからな」
突然の突入者にヤクザ共が動揺する。そいつらに向けて、ポケットのスマホを出して小さく横に振った。画面に表示されるのは真っ赤なのHelpボタン。ワンアクションで竜騎の端末に救援要請を送るアプリケーションだ。因みに位置情報については今更通知するまでもない。互いのGPS情報については常に共有している。
体を起こす突入者に向かって、ヤクザ達を顎で示した。
「なんであたしを狙ったのか聞き出したい。殺すなよ」
「了解。ボス」
手慣れた様子でくるりと回した大刀を肩に担ぎ、武力カードが強気に口角を上げた。




