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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
フレイムハート
78/98

ご鑑賞、ありがとうございました

▽▽▽▽

 人の波に従って美術館の展覧室からロビーに出る。

 がやがやとした人の声。開けた場所。大きな窓。庭に植えられた緑の間を通る太陽光。通路を一本抜けただけなのに、何処か空気の重かったさっきまでとは別空間だ。

 ぐっ、と背筋を伸ばし、凝っていた筋肉を解す。緊張する必要は無いんだけど、何となく詰めていた空気を吐き出した。

 気の抜けた隙を狙うようにドッ、と腕にぶつかる衝撃。見下ろせば腕に閃架が両腕を巻き付かせていた。

「なぁに。疲れちゃった?蜘蛛っぽいヤツから逃げるの大変だったもんね。途中全然絵に集中してなかったし」

 それはあんたの碧い瞳ばっか見ていたからですね……。

「先行って良いって言ったのに」と呟く閃架をひらひらと手を振って誤魔化した。

 閃架は朝焼けの海の絵が気に入って凝視していたが、青と輝きのコントランスなら絵の具で出来た黎明が碧眼に映る方がよっぽど好ましい。

 あとは単純に興味が無い。

 話のタネになるかと調べたので蘊蓄なら語れるものの、良し悪し、好き嫌いとなると途端にわからなくなってしまう。俺の”好き”は閃架に全て注がれているからな。

「セランも来れたらよかったのにね」

「あー、本人来たそうだったけどな……。今は色々忙しいんだろ……」

 仕事と言うよりも私生活の方みたいだが。アウトローの下っ端から急に公務員になったせいで新生活に向けて色々と要りようらしい。まず新居を探すところからっぽいからな。

「まぁ夜のシュラスコには来るって言ってたけどさ~」

「そうなんだよな……。図太いよな……あいつ……」

 ライはまだ後始末で忙しいらしいが、閃架も回復したし、情報屋”閃鬼”としては一先ず片が付いた。この後待ちに待った打ち上げだ。

 と言うわけで今回の主役であるセランを誘ったのだが。まさかマジで来るとはな……。

 因みに今回のMVPは閃架である。

「ってか今更だけど”フレイムハート”って本名じゃないよな?」

 +N(プラスナンバー)という新用語に気を取られて忘れていた。

 被害者はフルネーム出るからな。”セラン”の名前は雑誌にも新聞にも載っていなかったが、撃たれた夫婦の苗字からわかる。なんかもっとありきたりな苗字だった。

「ファーストネームは本名だけど、ラストネームは+N(プラスナンバー)に入った時に新しく付けたコードネームかな。いや、ヒーローネームか。良い名前(浪漫チック)だよね」

 楽しそうに閃架が肩を揺らす。彼女と組まれた腕を大きく揺らしながらふうん、と呟いた。

「ライもそういうのあんの?」

「少なくともあたしは知らないなぁ。もしかしたら仕事では使ってんのかもしれないけど”外”で名乗ったことないんじゃない?シャイなんだよ。打ち上げにも来ないって言ってたし。そもそも人が居るところが嫌らしい」

 俺に向けた掌をぐ、ぱ、と閃架が開閉する。謎の動作に目を眇めながら考えて、存在異義レゾンデートル関係かな、と察しを付けた。


 さて、売店まで見て回ったことだし、(閃架に朝焼けの絵の栞、セランにクッキー缶を買った)存分に楽しめただろう。

「竜騎はいいの?」

「俺はまぁ」

 ニコニコと栞を眺めていた閃架は満足したらしい。こちらをちらりと見上げてくる。「ピンと来るもんなかったしなぁ」と言いながらクッキー缶の入った紙袋を差し出した。閃架が中に栞を滑り込ませる。

 スマホを取り出して表示される時間を確認する。

「まだ待ち合わせ時間あるな。どうする?カフェでお茶でもする?」

 併設されたカフェを指さす。行きに前を通った時、俺を置いて、てってと近づいて行ったかと思えば、メニューをじっと覗き込んでいたのを覚えている。

「でもこの後食べ放題なんでしょ。お腹の空きが勿体ないじゃん」

「んじゃ、本屋とか行く?それともどっか行きたいとこある?」

「う~ん」

 眉間に皺を寄せた閃架が操作するスマホを後ろから覗き込む。ふと首筋がひりつくような気配がして視線を上げた。

「ん、何どうした」

「どうって程じゃないんだけど……」

 強い奴が居るな、と思って。

 閃架の耳元に口を寄せて囁いた。閃架が弾かれたようにバッ、と顔を上げる。俺の視線を追いかけた先、驚きと納得を込めてぱちりと瞬いた。

 視線の先、特別展示である墨絵展のポスターを眺めている男は纏った暴力的な空気の中に、一本通った日本刀の様な鋭さがある。

 義眼である左眼を掌で覆い、右眼でガン視し始める閃架に苦笑する。無言で彼女の顔を正面に戻した。

「早く行こうぜ。店、決めたのか」

「んぇ、ちょっと待って」

 スマホに視線を戻した閃架の背中を押しながら、チラリと後を振り返った。

 セランと言い、ライと言い。この街には厄介な奴がまだまだ居るらしい。あの男ともバトルことになったりするかもな。

 観光サイトを開いては淀みなくスワイプしていた閃架の指が惑う。視線は反らしたままその気配を察知して、彼女のスマホに指を伸ばした。振り返りながら閃架の指の動きとは反対に画面をなぞる。

「アクセサリー?」

「うっ、柄じゃないと思ってるでしょ……」

「まさか」

 確かにおしゃれとか興味ないんだな、と思っていたが。そういや売店でも絵画モチーフのピアスに視線を向けてたな。穴空いて無いから直ぐに逸らしていたが。

 スカート姿のセランに触発されたのかな。良い事だ。良い事だけど。

「閃架を飾るものとか、俺が作りたいんだけどな」

「え、今なんて?」

「いや、なんも」

 呟きを聞き咎められて顔を逸らす。追及させれる前に閃架の手を掴んで足を速めた。駆けるように美術館から外に出る。

 未だ騒動は尽きないが、何なら新しく増えた気さえするが、今は閃架とのお出かけを楽しむことが先決だ。

「まだ夜まで時間はあるんだ。遊ぼうぜ」

「え。うん!」

 に、と笑いながら閃架をひっぱる。足を縺れさせつつも、こちらを見上げた閃架の瞳が金波のように煌めいた。

 

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