絡まれ道中
機械音声をカタカナ表記に変更しました(9/20)
▽▽▽▽
コンクリを踏み抜く勢いでビルの縁から踏み切った。顔を叩く風。一瞬の浮遊感。足が痺れる程の勢いで向かいの屋上に着地した。
膝を曲げ、2人分の重量を受け止める。縮めたバネが伸びる勢いで走り出した。
「来てるぅ?」
「来てる~!」
横抱きに抱え上げられ、俺の腕に首を回している閃架が背後に身を乗り出す。間延びした閃架の言葉尻に被せるように派手な破壊音。背後でコンクリートがガラガラと崩れる音がする。うん。確かにまだ追いかけてきてるな。
「う~む。道歩いてただけで絡まれるなんて……」
「ね……」
美術館に向かう途中、全長は俺よりも大きく、這う姿は俺の腰上程高さの6足歩行の蜘蛛みたいな重機(恐らく戦闘用)にいきなりターゲッティングされるとは。この世はこんなにも理不尽だ。それともこの街ってこういうこと普通なのか?
パッと見飛行用ユニットは無かったので取り敢えず上に逃げてみたものの、ビルの壁にガンガン爪を立てて追いかけて来た。重力に逆らうのって結構大変なのになぁ。勘弁して欲しいぜ。
「もうこれ壊した方が速いか」
「結構高価そうで気後れしちゃうけどなぁ……。あたし降りた方が良い?」
ぱた、と閃架が抱えられた爪先を揺らす。その足を抱え直した。
「機械系は特攻取れるし、大丈夫だと思うけどな……。どっちかっていうと“我が欲へ”が確実に発動できるように視てて欲しいんだけど」
「い、要る?」
「や、念の為……」
確かに空気とは違い、直接触れられるのなら鬼眼による存在強化は意味が無いんだが。
もよもよとした会話をしながら閃架が首に回す腕に力を込める。彼女が隙間なくひっしりしがみついたのを確認し、振り返った。
さぁてと。この後美術館に行く予定なんだ。服を汚さないようにしなくっちゃ。
追いついて来た蜘蛛型兵器が高々と脚を振り上げた。肉なんて簡単に切り裂けそうな鋭い爪が、日光を反射してキラリと光る。
「ククッ。強そ」
いやぁ、近いと迫力あるなぁ。
頭頂から貫かんと振り下ろされた爪に1歩近づく。閃架を抱え上げていた腕を放し頭上に構える。爪先を避け、棒の部分を交差させた両腕で受け止めた。
「――ッ。重ッ」
首に絡んでいた細腕が離れ、胴体にくっついていた重さがなくなる。とん、とと、とよろけながらも着地した足音。
「視てる?」
「視てる」
視線を向けないままの問いに同じく短い返答。ひっそりと口角だけ上げた。
俺と蜘蛛型兵器の間に降りた閃鬼が鬼眼を発動させる。重くなった空気ごと退けるように蜘蛛型兵器の胴体を蹴って距離を離した。
ガシャガシャと金属音を重ね、足を縺れさせた蜘蛛が体勢を整える。その前に掌で触れた。ぺろりと小さく唇を舐める。
“我が欲へ”。
鎖骨の刻印から腕の回路、掌、指先、蜘蛛型兵器へと力が流れ込み――表層だけをなぞって弾き飛んだ。
「――は?」
「え?」
今奥から創り変えようとしたよな?
無い手応えに声が漏れる。無意識に掌を閉じ、開いた。
ポロポロと勝手に崩れた装甲の向こうから赤黒い肉が覗く。背中の真ん中を見えない手に摘ままれて上に引っ張られたような動きで蜘蛛の背中が盛り上がった。限界まで伸びきった筋を更に伸ばすようにミチミチと音がする。
「うわ、グロ……」
「キッショッ!」
あまりにショッキングな光景に視線が釘付けになる。無意識の内に舌が動いた。
閃架が肩どころか全身を跳ねさせた。
中途半端に装甲が引っ付いたまま盛り上がった肉の中から、黒光りする金属の筒が伸びる。俺の目線の位置に出来た筒を脳が麻痺したまま無意識に覗き込んだ。
黒の中で揺らめくハザードランプの赤。チリッと眼球が乾く。
ざっと血の気を引かせながら体を反らす。その反動を利用して爪先を跳ね上げた。
胴体の底、手前側を爪先で蹴り上げる。下から突き上げられ、胴体ごと砲門がひっくり返った。発射されたレーザーが空を焼く。
閃架の腹に腕を回し、跳び退って距離を取った。
「なんか……思ったよりもヤバいな……」
「うん……。あ、うわっ、これ生物か?」
「お、おぉ……」
左目を掌で覆った閃架が蜘蛛型兵器に向けてじ、と眼を凝らす。聞こえた呟きに閃架を抱える腕に力が籠った。
「表面の装甲は合金だけどその下は人造生体だね……」
「エグ……」
眉間に皺を寄せ、口の中でぶつぶつ呟く閃架の言葉に乾いた笑いが漏れる。エゴなんだろうが、見た目がイケてたら受ける印象も変わっただろうに。何処のどいつが造ったんだ。怖い物見たさで他の作品も見てみたくなってきたな。
蜘蛛もどきからガチリと音が鳴った。
レーザーを撃った砲門の上列と下列に胴体を囲うように筒が増える。それぞれが反対方向に回り出した。ギャリギャリと金属が擦り合わされる音共に、湿り気のある音がする。顔から血の気は引く中、中列の奥が光り出した。
「ヤベッ」
ドン引きしてる場合じゃない。
閃架を抱えて後ろに飛ぶ。ビルの縁を跳び越え、屋上から落ちていく。見上げた先、ライブ演出のように放たれまくったレーザーに空が一瞬赤く染まった。
「鬼眼使っても生物の創り変えはできないか~」
「存在強度じゃなくて解釈の問題だからな……。生き物は範囲外だ。存在の書き換えはどう?」
「ちょっ、と今んとことっかかりが無くて難しいかな……」
「あらま」
んじゃ一回距離取って、閃架を置いて、体制を立て直して――。いやこれこのまま“竜の翼”で空を逃げた方が良いか。俺が倒す責任は無いし。なんでタゲられたのかわからないけど、空までは追いかけて来れないだろ。
「閃架、存在強化できる?」
「えっ、……今病み上がりだから長時間は自信無いかも」
「あ――……」
んじゃ、俺が倒すしかないか。
ビルの縁から蜘蛛もどきが覗き込んでくる。いくつもの赤い点に眉間に皺が寄った。
「ちょっ、ちょっとなら使えるよ」
焦った声を上げる閃架に唸り声を上げる。まずは体勢を整えようと足を振り上げた。振り下ろすよりも速く、閃鬼から脈絡なく声が上がる。何かと思って抱えた胸元を見下ろした。俯かせたその頬を何かが掠める。
「あ」
「スゲ」
俺とすれ違ったライフル弾が主砲の穴に吸い込まれていく。筒の中に反響してガコーン、と小気味良く間延びした音を立てた。
ジャストミートに声を漏らす閃架を抱え込み、身体を反転させてビルの屋上に背中を向ける。ぐ、と息を詰め、体を固めた。
爆音。
背後からの強烈な光によって、周りのビルに身を丸める俺等の影が鮮明に映し出される。滅茶苦茶目立つな、と思ったのも束の間、破片の混ざった爆風に落下速度が加速した。
「オワー!」
「あーあーあーあー」
閃架が驚愕の混ざった間の抜けた歓声を上げる。
精密な狙撃に向かって、賞賛からくる呆れと一種の諦観と、少しの愉快を混ぜた声が漏れた。
「何処だ」
「ん。あっち」
ぐるり閃架が視線を巡らせる。竜の鱗で爆熱を塞ぎつつ、足場として蹴る。閃架が視線を向けた方向に跳んだ。
どう見ても射線が合わない。というか、どうも本来弾が跳ね返らない物にも跳弾できるっぽいんだよな……。射程の無限化による能力らしいが、だからと言って、閃鬼が誤認する程の長距離を回り込んだのはもはやドン引きだ。一番意味わからんのはエイムが自力なことだが。
何に使うのか知らないが、空中に張り出していた棒の上に着地する。俺等の体重を掛けられた棒が弛んだ。
「オイオイ随分手荒じゃんか。あっぶねぇなぁ。もっと丁寧にしてくれても良くないか?」
「風竜さん達ならこのくらい大丈夫でしょう」
随分買ってくれてんじゃん。嬉しいね。
俺等が立つ棒近く、俺等よりも高層の屋上、セランが構えていたスナイパーライフルの銃口を上げる。軽やかな動きで下の屋上に飛び降りた。高めに括った長い黒髪が、膝下丈のロングスカートが棚引いた。
セランの目線に近づく為、棒に足を引っ掛け逆さまにぶら下がる。
べしべしと叩かれ、閃架を抱える力を強くする。俺を掴んでいた腕を放した閃架がセランに向けて大きく手を振った。
「セラン、雰囲気、っていうかファッションセンス変わった?」
「お嬢様っぽくなったよね!良いと思う!」
「ふふ。最近買いに行きまして」
控えめなピースサインと柔らかい笑み。服装だけではなく、なんつーか、ピリピリした雰囲気も穏やかになったな。
「うん。嫌いじゃないな」
《口説クナ》
おっと。
頭に響いた機械音声にへらりと笑って誤魔化しながら虚空に向けて手を振った。
ピロン、軽い音共に視界にサイバーチックなウインドウが開く。手の平の絵文字がピコピコとコミカルに左右に揺れていた。
お茶目なリアクションに閃架と2人で顔を見合わせる。意外そうに瞳をぱちくりする閃架に向けてウインドウを指さしながら首を傾げる。ひょいっとオーバーに肩を竦められた。
俺が口説いたと本気で思っているわけではないんだろうが……。それにしても機嫌が良いな……。
「とにかく助かった。ありがとな」
《礼ハ要ラン。僕等ノ管轄ダ。迷惑ヲカケタ》
「あっそう……。え、何あれ。あんた等の新兵器?」
言いながら反転し、ぶら下がっていた棒の上に座り直す。
《違ウ。警察ノ持チ物ダ》
「ふぅん……。エッ!?」
機械音が風を切る音に混ざって一瞬理解に手間取った。ギョッとして閃架を見下ろす。にこっと向けられた笑みは肯定で。セランは「知らなかったんですか?」という顔をする。
何となく秩序側でデカめの組織の一員かな、くらいの当たりは付けていたが。
《言ッテナイノカ》
「どうせだったら劇的な時に、と思ったけど。そう上手くいかなかったか……」
「えぇ……」
悪びれることなく親指を立てる閃架にセランが戸惑った声を出す。ちらりと俺を伺ったセランが場の空気を換えるようと焦った声を出した。
「で、では改めましてご挨拶を。+N所属。セラン・フレイムハートと申します。どうぞお見知りおきをお願いします」
「+N?」
”っぽくない”名前に首を傾げる。
「特殊部署だよ」と閃架が言って《新設部署ダ》とライが言った。
曰く、現存の警察組織では対処できない異在犯罪を対象とした”プラス・ボックス”専用部署、らしい。漫画みたいだ。
「んで、ライはそのリーダー」
「はい、この街で対異在犯罪のトップになります」
「へー、凄そう」
《タダノ現場ノ中間管理職ダ。組織間ノ軋轢ハ多ク、人ハ居ナイシ。本当ニ居ナイ》
重要なことなので2回言いました。そう副音声が聞こえてきそうな重さだった。
そんなにか、とセランに視線で問う。ピースサインが返って来た。
「私とライさん。2人です」
「そ、れは部署とは言えるのか?」
ヒクリと頬が引き攣った。




