混線整理済み
機械音声をカタカナ表記に変更しました(9/20)
▽▽▽▽
「あ~あ」
笑いの混じった声を上げながら床の穴ギリギリにしゃがみ込む。縁から僅かにはみ出た爪先が小石を蹴って、コロコロと穴に転がった。膝に頬杖を突きながら穴の中を覗き込む。
その先は奈落の底。なんてことはなく、5m程下の階層にガラドがぶっ倒れていた。
一緒に落ちる破片に巻き込まれたのか、頭から落ちたのか。完全に伸びている。巨大な掌がピクピクと動いているし生きてはいるっぽい。頑丈だな。無防備に落ちたのに。
「普通あの程度の衝撃じゃ崩れたりしないしなぁ」
さて、どうすっかな。飛び降りてとどめを刺すこともできる。あの手のタイプは執着心が強い。ここで殺しといた方が後々面倒はないが……。
前後に身体を揺らす。ふら、ふら、ふら。最後の一揺れで立ち上がった。崩落によって上がった砂煙を払う。
ぐっ、と大きく伸びをして踵を返す。丁度脳内で電子音が鳴った。
「おー、ナイスタイミング。丁度終わったとこ」
《知ッテイル。見テイタ》
「だろうな」
倉庫の隅にあった監視カメラに向かってウインク。
《………》
「……反応してよ」
沈黙を伴って流れる空気がいつも以上に冷たい。背筋がブルリと震え、鳥肌が立った。ちょっとふざけただけなのに。ヒクリと口角を引き攣らせる。
《閃鬼ガ迎エヲ、ト》
「あー……、了解。場所はさっきのとこだろ?あとせめてツッコんでくれない?」
《嫌ダ》
取り付く島もねぇなぁ。ハハッ、と空笑いを零す。
再度数秒の沈黙。
《殺サナイノカ?》
「必須じゃないだろ。殺りたきゃ自分でどーぞ」
好奇心と刹那主義と破滅嗜好が致命的なマリアージュをしている閃鬼だが、無為な殺しはしない主義だ。他人の命を軽々背負いたくないらしい。エゴイズム満載な理由だな。良い事だ。知らない他人の為よりもよっぽど良い。少なくとも俺のモチベーション的には。
「良い殺し屋とか知らないの?情報通なんだろ?」
《君ガ殺サナイコトガ意外ナダケデ、僕ガ殺シタイ訳ジャナイ。警察ト救急ハコチラデ呼ンデオク》
「警察だけじゃなくて救急も呼ぶんだ」
《呼バズトモ警察ヲ呼ベバ来ル》
「ふぅん。まぁな」
《ナンダ》
いや、別に。人道的なんだな、と思っただけ。セランが特別なんだと思ったが、人の命を惜しむタイプか。このクソ治安な街では珍しい。観光客ならともかく、”住人”なら人を殺せるくらいでないと、先にこちらが殺られかねないのに。
俺の見定める態度に気が付いたのか、咎めるようなライの態度をひらりと手を振って躱した。
《何ハトモアレ、ダ。色々ト礼ヲ言ウ》
「こちらこそ~。閃鬼の我儘聞いてくれてありがとな。アイツも楽しかったと思うぜ」
詳しく聞いていないが作戦の骨子を立てたのは閃鬼だろう。自分の身を危険に晒してでも浪漫チックなシチュエーションを創る。あの刹那主義の愉快犯め。
「またなんかあったら依頼してよ。受けるかどうかは閃鬼が決めるが、あんたからなら話は聞くだろ。あんたの依頼は閃鬼好みっぽいしな」
敵対した機械音声君は一筋縄ではいかなそうだ。そんな人がわざわざ頼ってくるということは、それなり以上の厄介ごとだろう。あの難問ジャンキーには丁度いい。
「ってか今回の打ち上げセランと一緒に来る?お疲れ様会兼懇親会ってことで。一緒にシュラスコ食おうぜ」
《行カナイ。セランハ自分デ誘エ》
成程?
セランを誘うのは良いんだ。そして既にセランを”自分の側”に置いているんだ。
「……仕事外での関係を許可してくれるなんて、随分と信頼してくれてんなぁ。何、あんたと閃鬼そんなに仲良いの。それとも頭の中でも見た?」
《ソレガ出来レバ僕トシテモ楽ナンダガ。生憎僕ハ“繋ガルダケ”ノ存在ダ。プログラムナラトモカク、人間相手ニハソコマデノ自由度ハナイ。タダ閃鬼トハソレナリノ付キ合イダカラ》
「あ、ジェラっちゃう」
うっ、と胸に手を当てて呻いて見せる。機械音声君が電波の向こうで呆れている気がした。
閃鬼は他人に対して甘い。と、いうか絆され易いと言った方が正しいか。俺にあっさり身を預けた様に、セランに対しても既に大分好意を抱いている。
《ソモソモ閃鬼ハプライベート同士ノ時ニ手ヲ出スヨウナ野暮ハシナイ》
「……ジェラった」
だってそんなの、面白くないもんな。
「オーケー認めよう。あんたが正しい。閃鬼に対してはな。俺は?警戒しなくていいの?」
《必要無イ。僕ハ君ヲ信用シテイナイガ、君ハ閃鬼ノコトハ損ネナイ》
のんびりと進めていた足が固まったように止まる。落ち気味だった瞼を見開き、一点を凝視した。
「きょ、」
《ン》
「狂華みたいなことを言う……」
《誰ダ》
絞り出すように呟いて口元を掌で覆う。そのまま顔の下半分を撫でた
多分閃鬼だって――閃架だってまだちゃんと理解してないんだろうな、ってことを今日会ったばかりの第三者に言い当てられてしまった。俺目線からすれば、まともに会ってすらいないのに。
そういや狂華に言い当てられたのも遭って直ぐだった。あの時はアレが狂鬼が故に、他人の狂気に敏感なのかと思っていたが。えっ、もしかして俺ってわかりやすい?
だとしたらマズイ。俺の執着がバレたら閃架に引かれてしまう。隣に居られなくなる。
「えぇ……、っと、因みになんで?勘?」
頭頂部が痺れる。きっと今、俺の顔は真っ青だ。喉に絡みつかせ、つっかえながら言葉を紡ぐ。
《セランノ銃撃ヲ避ケル時、鬼眼ノ視線ニ従ッテ壁ヲ創ッテイタダロウ》
「あぁ、うん」
《普通、無防備ニ人ノ存在異義ニ自分ノ存在異義ヲ依存サセナイ》
「……ス――――ッ」
返す言葉が無くて、返事の代わりに歯の隙間から思いっきり酸素を吸いこんだ。次いで片腕で目元を覆う。存在異義は自分の存在そのもの、という閃架の言葉が頭の中でぐるぐる回る。蚊の鳴くような声で「成程ぉ」と呟いた。
「ご、合理的な指示だったら従わない?」
《否定ハシナイ。ガ、君ハスムーズ過ギル。自身ノ存在殆ドヲ預ケテイナケレバ、アレ程上手ク嚙ミ合ワナイ》
往生際悪く言ってみたものの、一瞬で切って捨てられてしまった。思わず笑いが込み上げてしまう。
まぁ……第三者から仲良いね、って言われるのは嫌いじゃない。光栄だ。それはそれとして、なんとか狂華を捕まえられないかな。閃架に俺の執着がバレて無いか、確認しなきゃ。機械音声君が気付いたなら、同じく異在者を見慣れている閃鬼も気付いているかもしれない。
にしても俺と閃架の関係性について分析されてしまっているの、ちょっとハズいな……。俺にもこんな思春期らしさがあったのかと驚く。あと仕事する上で利用されないか、という懸念が少し。そんときゃそん時で対処するしかないが。
ガリガリと後頭部を掻く。はぁ、と溜息を吐いた。
「な、やっぱり機械音声君っての呼び辛いんだけど」
《イヤ知ラナイ。君達ガ勝手ニ付ケタ呼ビ名ダロウ。僕ニ言ウナ》
「あんたとは長い付き合いになりそうだからさぁ。なんか無い?コードネームとか、呼んで欲しい名前とか」
《無イ。今マデ通リ勝手ニ呼ベ》
「えぇ……。んじゃ“ライ”な」
テレパシーのせいで必要なかったスマホを取り出し、虚空に向かって掲げる。真っ暗だったディスプレイが一拍置いて勝手に点いた。
画面に映った稲妻マークのアイコンが抗議のようにビカビカと光る。
《“稲妻”ノ“ライ”カ》
「当たりぃ」
《安直ダナ》
「イカすだろ?」
おどけた言葉に否定は返ってこない。肯定、ということで良いんだろう。良いということにしちゃうけど。
「閃鬼にも紹介しとくな」
《好キニシロ》
はぁい。勿論。
言質は取ったぜ好きにする。




