交戦混線⑧ Side風竜
▽▽▽▽
「本腰。ハッ、随分とデカい口叩くな。じゃあ是非見せて貰おうじゃねぇか」
「オッケー。ところでさぁ、セランを捨てるの速かったな」
「あ゛?」
巨大な掌を半ば引きずりながら、ズンズンと向かってくるガラドに閃架と雑談するようなテンションで話し掛ける。出端を挫かれ、顔を歪めながらもガラドの足が戸惑ったように緩んだ。口調を変えないまま、掌を強く床に押し付ける。「ふ~ん」と唸るように呟きながら小さく唇を舐めて湿らせた。
「彼女滅茶苦茶強かったじゃん。まだ裏切ったわけでも無かったのに。勿体ない」
確かに機械音声君からの勧誘はセランに響いていた。そりゃもう傍から見てもわかるくらい、グラッグラに揺れていた。今にも崩れそうだった。けれど決定的なものではなかった。
構えてない所に一撃を食らって動揺しただけ。娼館のおねぇさん方に聞いた感じ、ガラドの、っていうかゴールデンオウルのセランに対する扱いは道具扱いでしかなった。
「それでも、割り込めばどうなるかはわからなかった。栄光を手放さなくて済んだかもしれないのに」
セランは自分独りでは立てないタイプだ。赤ちゃんが初めて建てた積み木の方がまだ安定している。寄り掛かる相手が必要だし、一度寄り掛かった相手を変えることなんて早々できない。セランだけでなく、人間そんなもんだ。嫌いじゃない。俺も閃鬼にずっと寄り掛かって貰いたいのでその方が都合が良い。
「強気に見えて随分と逃げ腰なんだな。あんたは自分で自分の存在意義を否定し――、っと」
言い切るよりも速く、掻き消すような破壊音。ガラドが叩きつけた掌を中心に、床にクレータのように亀裂が走る。
「テメェ……。ふざけたこと言ってんじゃねーぞ」
ガラドが俯かせていた顔を上げる。こちらを睨み付ける瞳が殺意にギラリと光った。重機が擦れるような軋む音の後、ガラドの足元がごっそりと持っていかれる。
「俺こそは“我が手に栄光を”!何も逃げられず何も失わねぇ!勝利も!富も!全ての栄光はこの手にある!」
「この手に、ねぇ」
言葉を舐める様に復唱しながら下唇を指で撫でる。
なんでもかんでも欲しがって、大変そうだな。俺は閃鬼一人を手中に留めるのにバタバタと、なんならズルまでしてるってのに。
っていうか方々に掌を伸ばし過ぎて、握り切れずセランが零れることになったんじゃないだろうか。
これガラド、セランを殺そうとしたんだろうな~。自分が捨てたものを誰かに拾われる可能性を残しておくとは思えない。手放す前に修復不可能な程壊すだろう。俺を倒した後、セランを殺しに行く勢いだ。
セランに思入れがあるのは機械音声君だ。俺は別に彼女が死のうが知ったこっちゃない。のだが、――閃鬼はショックを受けるだろうな。
どっちにしろガラドを倒さなきゃいけないのは変わらない。此処までやって今更セランが死ぬのもつまらない、か。
脳に響いた甲高い、短い音に目を細める。今までずっと地面に触れられるように保っていた低姿勢から腰を上げた。
掌同士を叩き合わせ、倉庫の床に薄っすらと積もっていた埃を払う。ぐるりと大きく腕を回した。
「ブチギレているあんたに更に火に油を注ぐかもしれないけどさぁ」
今にも跳びかかってきそうなガラドを宥めるように、パッ、と掲げた掌を向けた。とん、と小さくジャンプする。
「実は時間稼ぎなんだ。今の会話。っていうか今までの全部」
「――あ?」
着地と同時に拳を握る。地面に付いた足を曲げ、跳ぶ。巨躯の懐に飛び込んだ。
「ぅ、アッ」
今まで必ず一定の距離を取り、逃げ回っていた俺が急接近してきたことに対し、ガラドが怯む。脊髄で嫌なものから離れるように、怖いものから逃れるように仰け反った。その動きに合わせて拳を撃ち込み、腹に減り込む寸前ひっこめる。
「なんっ」
「ハッハハッ」
予想していた衝撃が来なかったことに固まる面を笑いながら後ろに下がる。ガラドに見える様舌を出した。
揶揄われたことに気づいたガラドのビビった瞳が憤怒に吊り上がる。固まっていた体が爆発する感情に押し上げられ、内側から膨張したように錯覚した。
「ガアッ!」
獣の吠声と共に今まで以上に鋭い動きで掌が振り下ろされる。その掌が体に触れるよりも速く、片足を振り上げた。爪先が手首を捉える。ガラドの腕全体を打ち上げた。
巨大な掌の重量に引っ張られるように後ろに重心を崩したガラドに向かって首を傾げる。
「どうだ?捕まえられそうか?」
ガラドがギチリと肉が引き攣る音がした。
「直ぐ捕まえてやるよ!」
「そうかよ」
もう片方の手が下から抉る様に向かってくる。俺は軸足を僅かに折り曲げ、重心を定めた。
「よっ、」
上げたままの足を振り下ろす。今度は踵が手首を捉えた。伸ばした指先が足を摩るよりも速く打ち落とす。
「捕まえられると良いなぁ?」
大蛇から軽薄と評価される形で口角を上げる。ガラドの顔に青筋が立つ。今まで突っ込んできてばかりだった巨躯が飛び退った。
「お?」
素で首を傾げる先でガラドが肩幅に足を開いた。膝が軽く曲げられ、重心が下がる。何かを仕掛ける、前準備。
腕がガバリと左右に大きく広げられた。恐竜が獲物を喰らうために顎を開く仕草。長い指が、ずらりと並んだ牙のようだ。
「“巨人の抱擁”!!」
開かれた腕が俺の全身を嚙み砕こうと猛然と突っ込んでくる。
左右から俺の胴体を挟み潰そうとする両腕に体を大きく反らす。スカッた掌に勢いよく俺の顔面が仰がれた。空振りし、交差した掌の向きが反転する。
「“天国の開門”!!」
閉じられた両腕が開かれた。指先に引っかかれば大きく体が抉られるのだろう。
自身の体を捻りつつ、更に上体を倒す。片腕の下を潜ると同時に跳ね上げた足でもう一方の腕を蹴り上げた。
高々と上げられた腕が伸びきったところで止まる。緩んでいた指が空気に爪を立てる様に構えられた。爪先まで力が籠められるのがわかる。
「“天罰”!!!」
空が落ちて来たかのような質量で、掌が振り下ろされた。
――いいな。嫌いじゃない。
攻撃の威力は高く、範囲も広い。それでも当たらなければ、どんな攻撃だろうと無意味なもんだ。
眼を細め、タイミングを測る。振り下ろし切るまで引きつけた掌を紙一重で躱した。ガラドの掌が地面に触れる。下がった肩に飛び乗った。
掌が地面に減り込むのに合わせ、ガラドの体から跳び上がった。踏み台にされた身体が巨腕から地面に押し付けられる。
つんのめった体を支えようと、ガラドの腕に力が入る。元から俺を握りつぶそうとしていた腕に。
掌が床を大きく握りこんだ。指が床に抉り込む。
ミシリ。
ガラドの掌を中心に広がった一際大きな罅が、今までの破壊と繋がる。ガラドが僅かに沈んだように見えた。
――後もう一息。
くるりと空中で回転し、天井に着地する。そのまま天を蹴ってガラドに向かって跳び出した。
俺を迎え撃とうとガラドが上半身を捻り――、途中で背後に引っ張られるように止まった。
「――ア!?」
「あーあー、なんでもかんでも握るから」
反射で力を籠めた掌が中途半端に床下を握ってしまった。腰を据えて力を込めなければ引き抜けないくらいには。
二兎追う者は一兎も得ず、っていうだろう。欲しいものは定めなきゃ。俺みたいに。
ガラドが思わず埋まった掌を振り返る。その無防備な、動かせない肩に向かって高々と踵を振り上げ、
「下へ参りまぁ、すッ!」
振り下ろした。
ガラドの腕を伝った衝撃が、ズガンと地震のように床を揺らす。
砕けた破片がいくつも跳ね、増えた亀裂が更に地を割る。
時間を稼いで何をしていたかと言うと、ナザール・ボンジュウの運搬だ。
ガラドから逃げる時に”我が欲へ”で壁を立てまくりつつ、戦っている間に辺りに散らばった碧い瞳を埋め込んだ床を、ベルトコンベアの様に動かして、閃鬼の元まで設置した。セランについて話を振ったのも、位置調整の為のまとまった時間が欲しかったからだ。
ところで俺の“我が欲へ”は“無”から“有”を作り出す能力じゃない。有るものの形を変えるだけ。閃鬼が機械音声君のナビに従って、こっちまで逃げてきてくれたものの、階も棟も違う閃鬼の元へ届けるとなると、建物を広範囲に創り変える必要があった。となると、建物の強度は脆くなる。トドメの一撃で崩落するくらいには。というか、脆くした。特にさっきガラドが握ったところは。その位置に誘導したからな。
そもそも我が欲へを使わなくてもガラドの攻撃くらい捌ける。伊達に暴走する異在者相手に無能力で傭兵業をやっていたわけではない。我が手に栄光をは触れればアウトの存在異義ではあるが、シンプルに体術で勝れば対処できる。
何はともあれ。
「上出来!」
バチリと嵌った思惑にガッツポーズした。




