交戦混線⑦ Side閃鬼
機械音声をカタカナ表記に変更しました(9/20)
◆◆◆◆
「うぉっ」
機械音声君達と連絡を取っていたとはいえ、目の前で勢いよく弾けた飛んだ頭部にギョッと肩が跳ねる。
あ、いや、嘘だ。盛った。弾け飛んではいない。視覚的なインパクトに事実を観測するよりも速く思い込んでいた。昏倒した男はしっかりと呼吸をしている。
いや、でもだって。普通に死んだんかな、って思うだろ。ヘッドショットだぞ。逆になんで生きてんだ。これもうエイム力とは別スキルだろ。
頭を撃たれ、白目を剥いて倒れた男にざわりと空気が揺れる。動揺しているのはあたしも同じだが、事情が分かっている分、動き出したのはあたしの方が速かった。指先の照準を別の人に合わせる。
「バン」
再度1人。頭から吹っ飛んだ。
ぐらりと脱力した体が地面に倒れ伏すよりも先に、残りの――19人が素早く周囲に視線を巡らす。態勢を整えようとしても「バン」それよりも、セランの銃撃の方が速い。残り18人。17、16……。
う~ん、流石あたしと風竜のタッグを追い詰めた腕前。わかっちゃいたけど素晴らしいね。
「――ん」
頬にチリ付く熱気を感じ、視線を向ける。鬼の形相で構えられたエネルギー銃がこちらに向けられていた。黒々としていた銃口に電磁が集まり、乾いた空気がバチバチと爆ぜる。引き金に指が掛かった。
「テメェだけでもッ――死ねェッ!」
怒号と共に引き金が引かれるよりも速く、そいつが頭から真横にぶっ飛んだ。次いで別方向からあたしに向かって撃ち込まれたエネルギー弾の中心に、吸い込まれるように弾丸が撃ち込まれる。一瞬強く輝いたエネルギー弾があたしに届くよりも速く爆散した。小規模ではあるが、至近の爆風に目を細める。
――これあたしが手を出さない方が良いな。
拳銃を模していた掌をぱっと空中で開いて掲げる。途端銃撃のテンポがライフルから二丁拳銃に変わった。倍速で敵が倒れ始める。
――あ、はい。すみませんでした。
銃撃の勢いにあたしのおふざけが責められた気がして、思わず誰にともなく謝ってしまった。
苦笑しながら後頭部を壁に付ける。深く吐いた息と共に全身の力を抜き、そのままずるずるとずり下がった。もう残り12人に減っている。
あーあー、スッゲェな。盾出しても反対側から撃たれてる。360°全方向から、となると何処護ればいいかわかんないよね。わかるわかる。
「スカウト成功かぁ。良かったじゃん」
《アア》
独り言の呟きに不愛想な機械音声が応じた。機械音声にも関わらず、穏やかさが滲む気がするのはあたしの思い込みだろうか。思わず丸くした瞳で遠くに視線を投げた。
《ナンダ》
「いや……、随分と機嫌が良いなと思って……」
《……》
沈黙に圧を感じる。一瞬怒っているのかと肩を揺らしたが、あれ、これ、照れてるだけか?
「えっ、珍し~!」
《五月蠅イ》
と、言うよりも初めて見た。今までビジネスライクな淡々としたやり取りしかしてないから、私的な会話自体が初めてだ。
う~ん照れてると考えると一気に可愛く思えてくるな……。
「はー、良いね。セランちゃんが仲間になったんだ」
途切れそうになる意識を保つ為、後ろに体重を掛けていた体を起こし、頬杖を突く。右眼元の血を拭えばべっとりと頬まで広がった。あーあーあー。まぁ良いか。もう今更だし。散々血涙で汚してしまっている。激萎だけど。
一瞬ふて寝してやろうかと思ったものの、やってしまえばあたしが死ぬ。溜息一つ吐いて、起きてる為にしゃべり続ける。
「誰がやろうとカッコイイとことか凄いシーンって視ればテンション上がるけど、特に自分のな、仲間がカッコイイとテンション上がるよね」
仲間という言葉がこっ恥ずかしくて思わず言い淀んでしまった。ん゛ん、と咳ばらいをして掌で口を覆う。意識する方がダサいことはわかっているんだけれどね。
《ソウイッタモノカ。通常ハ》
機械音声が感慨深げに思案しているような気がして「んぇ」と間抜けな声が口から漏れた。きょろりと泳がせかけた視線を思い止まり、固定する。
「えー、君、はさ!」
機械音声君に対し、なんて呼びかければいいのかわからない。今まで会話をしようと思わなかったから。まさか呼び名で困るだなんて。
なんで変わったのか。以前との違いを考えてみても竜騎の顔しか思い浮かばない。コミュニケーションの経験値が上がったのか、それとも強い仲間の存在にトラブっても大丈夫だろ、と安心しているのか。
大きい変化と言えば狂華もなんだけど、アイツとあたしの関係は閉じていて対人能力が伸びるとは思わないだよな……。所詮自問自答でしかないので。
《先程迄風竜ト好キニ呼ンデイタダロウ》
「いやまぁそうなんだけど……。本人に呼びかけるにはちょっと無機質すぎるかなって。長いし……」
《最後ガ主ナ理由ダナ》
図星を突かれて舌を出した。
《ソレデ》
「いや、ただの暇潰しの雑談でしかないんだけど。機械音声君は自分の仲間を自慢したいとかないのかなぁっ、てっ!?」
ぼんやりと眺めていたセランによる一方的な蹂躙が切り替わる。急に変わった視界に肩が跳ねた。
高層ビル間。日が遮られる隙間。その薄暗さを照らすように、今が見せ場と言わんばかりの輝きを振り撒きながら。
軽快に引き金を引く指に合わせ、ポニーテールが炎のように揺らめいている。
パチンッ。瞬きの内にセランに撃ち倒される男達に視界が戻った。
「び、っくりしたぁ。何?危ねぇな……」
今視界を動かしちゃ駄目なんじゃないの?
素早く視線を元に位置に固定した。ずるりと滑り落ちた顎を掌の上に乗せ直し――一拍置いて頬が緩む。浮かべた表情は苦笑に近かったかもしれない。
確かに、脳裏に送られたセランの姿はカッコイイし、頼もしい。見せびらかすに値する。けれど。それでも。それにしても。
「――結構ハシャイデルデショ」
《否定ハシナイ。確カニ、自慢トイウノハ気分ガ良イ》
加工処理された機械音声越しなのが勿体ない。直接聞けば穏やかな声が聞こえたんじゃないだろうか。
「はー、楽しそうにしやがってよぉ。さっきの、君の視点だな?」
わざわざ自分の視界を送ってくるだなんて。機械音声君はもっと警戒心が高くて、無駄話とか嫌いなんだと思ってた。
っていうか、外に出ていることが驚きだ。ずっと自分のモニタールームに閉じ籠っているものかと。
機械音声君の背丈とか性別とかわからないかなぁ、と思ったものの、そこはきっちりと自分の体を視界に入れないようにしていた。ややセランを見上げる様なアングル。かといって地面に座り込む程低くはない。何かに腰かけて居るっぽいけど、何に腰かけて居るかまではわからないから身長が推測できない。
いやまぁ集中すれば特定できるんだろうけど。
「ちょっと無粋かな」
追いかけ回されたせいでアドレナリンがドバドバ出ている成果も知れないが、折角良い気分なんだ。水を差すようではつまらない。
「っていうか、ひょっとしてあたしの視界ずっと見てた?」
《ソンナ余裕ハ無カッタ》
「あ、ハイ。まー、女の子口説いてたわけだしねぇ」
《言イ方。口説クト言ウナ》
「ヘイヘイ」
好意がある上で向こうからも好意を求めるのならば、そして求めていることを口に出すのならば、それは“口説く”で良いと思うんだけれど。
ナンパ男よりもよっぽど熱心に口説かなきゃ。たった今裏切られたばっかりなのに、他の人と組もうとは思わないだろう。
っていうかよく口説けたな……。なんか関係があるのかとは思っていたけど。滅茶苦茶深かったりするのだろうか……。機械音声君がセランの恩人だったり?
「ね、後で紹介してよ」
《僕ノ一存デハ決メラレナイ。彼女ニ確認スル。恐ラク許可ハ出ルダロウガ》
「あれ、良いんだ。駄目って言われるかと思ったのに」
《今回ノ様ニ仕事ノヤリ取リヲスル事モアルダロウ。紹介シテオイタ方ガ後程スムーズダ》
「閃鬼としてってことか……。それだけ?」
《ソレ以上ハプライベート。即チ友人ダ。ソコ迄ハ僕ガ手ヲ出ス事デハナイ。望ムノナラバ自分デ頑張レ》
「う。はぁい」
内心友達になることを止め無いんだな、と思いながら良い子のお返事で返す。無意識なのか意識済みなのかはわからないが、随分と信用されたもんだ……。悪い気はしない。
ふふ。と思わず笑みを漏らした。
《閃鬼ッ!!!》
「うぇっ、はいっ」
緩んだ意識と聴覚が殴りつけられる。反射的に背筋を伸ばした。体が揺れた拍子に目の奥が突き刺されたように痛む。思わず強く瞑った。
あヤベ。
エネルギー弾が肩に着弾。吹っ飛びかけた体が壁にぶつかり、支えられる。感電するような痛みに歯を食い縛りながら、元の位置に顔を向けた。
第二撃を撃とうとした男が逆に蟀谷を撃ち抜かれるところだった。う~ん、ブルズアイ。素晴らしいな。
あー、クソッ。折角セランが護ってくれていたのに。
《今意識飛ンデタダロ。後少シダ。頑張レ》
「や、うん、ごめん」
《僕ニ謝ル必要ハ無イガ》
突き放されているのか慰めなのか。苦笑しながら蟀谷を手首の内側で何度か叩く。口の中で舌に歯を立て、トび掛けていた意識を引き戻す。出まくっていたアドレナリンが切れて来た。
「ねむ……」
《死ヌゾ》
「雪山みたい……デカいビルの中なのに……」
《実ハ余裕ダロ》
そんなでもないです。
ぐ、と眼を凝らし直す。右眼の刻印が一層強く熱を持った。ブシュッ、と眼球に繋がる血管だか神経だかが切れ、血が吹き出した。
「回線安定した?」
《シタ》
「よし」
あと3人ってとこか。直ぐだな。
「にしても凄いよね。よくまあ当てられるもんだ。他人の視界なんて全然勝手が違うだろうに」
《同意スル。尤モコノ無数ノ画面ヲ君ノ視界ト言ッテイイノカハ知ラナイガ》
「ひひっ」
声に含まれる呆れに似た感嘆はセラン相手だけじゃなく、あたしも含まれているのだろう。
頬杖に掛けていた体重を増やし、覗き込む。辺りに散らばる碧い粒が――無数の碧眼が見返してきた。
「これは身内の贔屓かもしれないんだけどさ」
《アア》
律儀な相槌はあたしを寝落ちさせない為か。優しいね。もう必要は無いんだけど。ほら、今最後の1人が撃ち倒された。
解放感に天を仰ぎ、ふーっ、と肺の中の空気を全て吐き出した。緊張していた体が一気に弛緩する。
ノリと勢いと思い付きと、何よりその場のテンションに任せ、乱雑で精査も検証もしておらず、あたしの命を懸けている割に、決定打を機械音声君が狙撃手ちゃんの説得できるか否かに掛けた作戦を思い返す。
いや、ほんと、よく成功したな……。
「今日の主役は狙撃手ちゃんだけどさ」
彼に対し、尊敬、賞賛、自慢、抱く感情は数多ある。その多くはプラスの感情ではあるけれど、マイナスの感情が無いわけではない。むすりと下唇を吐き出した。ぶっちゃけ言えばやや引いている。
「MVPは風竜だと思うんだよねぇ」
《異論ハ無イ》
おかしいぞ、あいつ。と続けられたやや早口の機械音声があまりに真に迫っていて噴き出した。
ケタケタと笑うのに合わせて腹も肩も眼も痛む。手で腹を押さえたまま体がくの字に折れていく。そのままぱたんと地面に倒れた。
「はーっ」と深く息を吐き出して呼吸を落ち着ける。視線を上げれば、小さな碧い粒がキラキラと光りながらあたしを見下ろしていた。星空みたいで中々幻想的だ。
幻想的なのは見た目だけではなく中身もだ。なんせ無数の魔眼である。
距離の離れたあたしを助けるにはどうすればよいか。遠い的まで届かせるにはセランの存在異義で足りるだろうが、そもそも的が何処にあるのかわからなければ、撃ち抜けない。
あくまでビジネス間のやり取りではあるが、あたしと機械音声君の関係はそろそろ2年半。DSD協会の大規模情報媒体ジャックなど何度かデカめのトラブルを協力して解決したこともある。機械音声君は鬼眼について知っているし、あたしも推定彼の“電糸の巣”について何となく把握している。
機械音声君の能力はテレパシーであり、千里眼ではない。周囲に監視カメラでもあればクラッキングして閲覧できるだろうが。空中廊下のド真ん中にそんなものはない。
あたしの視界を共有できるがそれだけでは死角が潰せない。鬼眼の観測能力は演算能力とセットなので、準備なしにはできないだろう。
ではどうするか。簡単だ。“目を増やせばいい”。
いや、別にサイコ趣味に目覚めてモノホンの眼球をばら撒いたとかではなく。っていうか“電糸の巣”は生体の眼球ではないとアクセスできない。
――“ナザール・ボンジュウ”というものをご存じだろうか。青色のガラスに青、水色、白で目玉が描かれている烏避けみたいなやつだ。トルコのお土産ではあるが、結構何処にでも売っていたりするので、見たことある人も多いだろう。英訳すとEVIL EYE。碧い魔眼。即ちあたしの“鬼眼”である。何故ならあたしがそう視立てたのだから。
アクセスできる目があれば、機械音声君にとってどこまでも見通せる千里眼と同じだ。無数の瞳であるのならば、彼にとって死角は無い。その視界を狙撃手ちゃんに繋げている。まったく、優秀なスポッターだ。
ところで、プラス・ボックスは様々な国の文化がチャンポンされた街ではあるが、こんな街中の商業施設の空中廊下をお守りで囲うようなデザインはしな、――いや明らかに物理法則と建築基準法に反してるだろ、っつー建造物もあったりするけど。もうもう永遠とパープルとイエローの煙吐いてたり……。壁にべたべたお札貼ってあったり……。まぁ色々とあるが、少なくともこの建物はそうじゃない。
では誰がこんなアバンギャルドなデザインにしたのか、なんて。今回の登場人物でそんな事出来る奴、1人しか居ないだろう。
さて、それではその最後の1人。風竜はまだ掌男と戦っているんだろうけど……。まっ、アイツならしっかりハッピーエンドにしてくれるでしょ。




