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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
フレイムハート
71/98

交戦混線⑥ Sideセラン

●●●●

 斜め上。空を飛ぶ鳥の様な俯瞰視点で閃鬼さん達を見下ろしている。彼女の細い人差し指が手近な一人を指し示したのを見て目を眇めた。

 ちらりと指定された標的に視線を向ける。

 こちらを気遣ってくれたのか。弾道の計算がし易い良い位置だ。閃鬼さんの行動に先ほどよりは警戒を高めたらしく、呼吸が潜められていた。ただ根本的に閃鬼さんを舐めているのだろう。その立ち姿はリラックスした自然体。視線も注意も閃鬼さんに向いている。これなら外れることはない。それならば、と視線は標的に合わせたまま、閃鬼さんと同調シンクロした。

 肩を大きく上下させる閃鬼さんに呼吸を合わせる。彼女の心拍数に耳を澄ませた。高鳴る鼓動は痛みや疲労のせいだけではないのでしょう。隠しきれない興奮が私にまで伝わってくる。ヒリヒリと肌が粟立つような感覚にちろりと小さく舌を出し、乾いた唇を湿らせた。

 閃鬼さんが小さく笑う。同じタイミングで私も吐息を漏らし、詰めた。

 

 ――バン。


 本物の拳銃だったら絶対に当たらない軽快な跳ね上がりに合わせて引き金を引く。一呼吸置く間も無く、架空の拳銃に狙われた男が実弾によって真横に吹っ飛んだ。

 わかっていた筈なのに閃鬼さんの肩が跳ね上がる。幼い仕草に小さく笑みが漏れた。

「まさかヘッドショットをキメるとは思わなかったんだろう。楽しそうなのは結構だが、可能な限り殺すな」

「わかっています。ほら、先ほど撃った方だって死んではいないでしょう」

 ヘッドショットしたからといって必ず死ぬとは限らない。私はそのことをよく知っている。靄が掛かった様に遠かったお父さんとお母さんを撃った時の感覚も、当時の様に思い出した。

 ああ、それでもあの時とは違う。

 今まで大半だった引き金を引けば標的が当たる冷静さとは違い、かといって風竜さん達を相手にしていた時の様な、心臓がエンジンとなって発熱したような感覚とも違う。体を巡る血液が穏やかな温度を持つような感覚。

 ドクドクと逸る心臓を押さえつける。手元が狂わないよう震える息を吐き出し、熱を逃がした。


「ああ。得意だろう。そういうの」

 背後から静かに、けれど確かな確信をもって告げられた。そのあまりの力強さに息が止まる。

 びっくりし過ぎて逆に冷静になる。一度強く掌を握り、改めてトリガーに指を掛け直した。

 目の前に広がる十数枚のモニターに視線を巡らす。画面越しでも同様に空気が揺れたことがわかる。とはいえその動揺は一瞬で、直ぐに射線から身を隠した。閃鬼さん達から機械音声さんと呼ばれていた彼が鼻を鳴らす。

 約20年分の人生を一気に流し込まれたせいで混乱しているのか、彼の名前など具体的なことが思い出せない。後で改めて自己紹介をしなければ。

「素早いな。一応とは言えこの街で犯罪組織を作り、生き残っていただけはある」

「今居る方々は大体ガラドさんと一緒に新しく入って来た人達ですけどね」

 ガラドさんの強さに集まって来た荒くれもの達です。

 とはいえ、閃鬼さんが逃げ込んだ――誘導した先はガラス張りの空中廊下。見渡しが良く、遮蔽物は何処にもない。

 くるりと並んだディスプレイを――機械音声さんの存在異義レゾンデートルで接続し、私の脳裏に投影している監視映像を見渡した。

「上から3列目、右から1列目。お願いします」

「ああ」

 パソコンのキーを叩く音共に視界がパッと移り変わった。指定したモニターに映っていた映像が、私の視界へと。

 第一射とはアングルが変わった閃鬼さんが見える。その指がゆるりと動き、別の方を指し示した。

 す、と浅く息を吸う。吐いた呼吸は閃鬼さんと同時に。

「にしても、初めてですね」

「何がだ」

「殺すな。って言われるの」

「……そうか」

 お父さんとお母さんがリビングのソファで寄り添いながらオペラを見ていた背中を思い出す。お気に入りだったのはドイツの歌劇“魔弾の射手”。

 6発までは射手の狙い通りに当たるけれど、最後の1発は悪魔の望みに従う弾丸。

 しかして私は他者に照準を任せる射手マックスではなく、引き金を委ねる悪魔ザミエルでもない。たった6発の命中では、ましては1発ではとても足りない。

 何より、悪魔なんかに頼ってしまっては、命中させても達成感が無い。私は自分の腕で狙ったものに命中させる。

「見せてやれ。閃鬼達が勘違いしていた弾道操作などよりもよっぽど質が悪い、君の存在意義レゾンデートルを」

「了解ですっ!」


 猫用ゲージには両親に追いやられたわけではない。お父さんとお母さんはそんな労力さえ私に払ってはくれなかった。ただ無視されている内に安全地帯を求めて――隔離されているから無視されているんだと、自分に言い訳できる理由が欲しくて、逃げ込んだ場所。――でも本当は。


 仰ぎ見ても閃鬼さんが居る空中廊下は建物の陰に隠れて狙えなかった。なので閃鬼さん達との”追いかけっこ”の様に跳弾を使って回り込む必要がある。

 構えた拳銃は家から持ち出した――両親を撃ったオートマチック。閃鬼さん達へは直線距離で約110m(120ヤード)。ハンドガンの有効射程はおおよそ91m(100ヤード)。跳弾を考えたらそもそも弾丸が届かない。――普通なら。


 左上腕に刻まれた刻印から移した火を弾丸へ灯すイメージ。

 私の存在異義レゾンデートルは”鬼眼”や”電子の巣(ウェブ・エレクトロン)”の様に様々な応用が出来るわけではない。

 ただシンプルな特化型シングルタスク。――射程の無限化。


 檻に阻まれることもなく、どこまでも遠く。

 宙まで届く弾丸によって。私の願い()叶える(撃ち抜く)為に。


 閃鬼さんが口を動かす。合わせて引き金を引く。

「バン」

 ――バンッ!


 存在を撃つ存在イグジスト――”魔弾の銃手(スターシューター)”!


 明後日の方向に飛んでいった弾丸はビルの角を擦り方向を変え、壁に跳ね返って角度を変え、ジグザグの軌道を空中に描き――窓ガラスを貫いて相手の頭を撃ち抜いた。その飛距離、優に183m(200ヤード)

「お見事」

 素っ気ないけれど肉声に込められた賞賛に、胸に空いた穴が満たされていくのを感じる。返事に嬉しさが乗ってしまい、自分で勢いに驚いて思わず口を押えた。

 ひやっとした動揺を振り払う為、モニターの向こう側を注視する。狙いに集中することで精神が安定してきた。

「申し訳ないが、そのまま頼む。僕が持ち込んだ仕事のせいだ。助けてやってくれ」

「了解です。初めての仕事ですからね。しっかり腕前を売り込みさせていただきます」

「既に君の腕前は知っているし、僕がヘッドハンティングしたので必要ないが。あと閃鬼の遊びに付き合わなくて良い」

「良いじゃないですか。私は好きですよ。格好良いですよね」

「……ほどほどにしろ」

「了解しました」

 ちょっと呆れた様な機械音声さんに背中を押され、閃鬼さんの架空の銃に狙いを合わせる。思わず漏れた鼻歌は檻の中で何度も聞いていた魔弾の射手の序曲。それを今、世界で一番危険な指定異在特区”プラス・ボックス”のビルの狭間で、私を愛していると伝えてくれた人の隣で歌っている。人生とは、戯曲よりもよっぽど何が起こるかわからないもだった。


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