2人2脚
▽▽▽▽
「――発射された弾丸を真正面から見るなんて、初めてだな」
見下ろす高さで止まった弾丸を落下しながらまじまじと覗き込む。空中に留まりながら、火花を飛ばしそうな勢いでギュルギュルと回転する弾丸。鉄火場にも関わらず、口角が上がるのが堪えきれない。思わず笑い声が漏れた。
「クッ、ハハッ――」
ピシリ。
空中に罅が入った。
「――ハッ」
「馬鹿避けっ」
閃鬼の焦る声。弾丸を阻んでいた見えない壁が割れる。俺の眉間に向かってすっ飛んできた。
「うおおおおおっ!」
「うわ――っ!ごめぇーんっ!」
ギリギリで背を反らす。薄皮一枚を弾丸が掠めた。
アッブネェッ。調子に乗って死ぬとこだった。
彼方へと消えていった銃撃を見送り、米神に流れる汗を拭う。俺の肩に閃鬼が額を強く圧しつけた。伏せられた顔から「ごめん……。ごめん……」と弱弱しい呟きが聞こえてくる。
「いや、悪いのは100パー俺だろ」と宥めながら、抱えた足をとんとん、と指で叩いた。
「それより次だ」
促せば現実への対処を思い出したらしい。珍妙な唸り声の後、俺の肩越しに閃鬼が首を伸ばし、俺の足下を覗き込む。
足を折り畳んで、地面に向かって掌を翳した。何となく、空気が重くなったような……。いや比喩ではなく物理的に。空気が腕に纏わりつくような、服を着たまま泳いだ時に、濡れた布が肌に張り付くような。
深く息を吸い込んで、先ほどの感覚を思い出す。――うん、大丈夫かな。多分。目に見えないし、はっきりとした手応えもないけれど。
「”我が欲へ”」
空中に翳していた指が、何かに触れた。
膝を伸ばせばカツン、と硬質な音がする。踵が見えない板の上に降りた。
ゆっくりと膝を伸ばす。俺は今、空中に立っていた。
ほら、やっぱり。成功だ。風竜と閃鬼のウルトラコンボ。やりゃあできるもんだなぁ!
一度のみならず二度も成功したならばまぐれではない。まず上手くいったことにほっと胸を撫で下ろす。次いで技として成ったことを実感し、じわじわと腹の底に喜びが滲んできた。噛み締めた笑みが堪え切れず、大口を開ける。
「やったなぁ!閃鬼!」
「やれてねぇだろうがよぉ!あ~、クソッ。厚さも強度も足りねぇなぁ!」
「うぉっ」
興奮する俺以上の大声でヤケクソ気味閃鬼が吠えた。わしゃわしゃと乱暴に自分のモノクロヘアを掻き毟っている。衝動的な動きに落としかけ、慌てて閃鬼を背負い直した。
「そんな高望みしなくても……」
感情爆発してる閃架は正直見ていて滅茶苦茶面白いし、構いたい。が、今は生憎そんな場合じゃない。狙撃手ちゃんの第二射が、「風竜、手」来たらしいな。
「Aye,Sir」
言われるがままに手を掲げる。見える景色は何も変わっていないけれど、何をどう創り変えればいいのか、設計図を見たようにわかっている。
鎖骨に刻まれた刻印から腕を通し、指先へと。繋がる神経に力を流し込む。“竜の咆哮”と同じように空気を創り変え、
貼るラベルは、そうだな。
「作品名“竜の鱗”」
空気には抗力がある。
動いている物体は空気による抵抗を常に受けている。低速域での空気抵抗は体感として実感できないレベルだが、ある程度の高速域になると加速の為のエネルギーの多くが空気抵抗に勝つことに費やされ、速度が頭打ちとなる程だ。俺もさっきバイクで230㎞出そうとした時に実感した、阻まれるような感覚。
即ち、空気の壁だ。
存在力を上げ、素在にできない物を素在とする”鬼眼”の能力。竜巻の時に使った力の、その更に上。形のない空気の存在力を上げる。実体を持たせる程、手に触れられる程、強く強く。
バイクの走行による空気抵抗で乱れた髪を直す閃鬼を見てひらめいた。”空気の壁”を、文字で伝わる感覚の通り――読んだままの感想の通り、視たままに現実へと”書き現す”。
いやまぁ思ってたよりも強度は低かったらしいけど。とはいえ、閃鬼は学べる子だ。きちんと対策を更新できている。
弾道に対して正面から防いでいた先ほどの壁とは違い、弾丸に対して角度を付ける。弾頭に斜めに壁が入り、方向が変わった。逸らされた銃撃が背後に向かって流れていく。
ヒューッ、と軽快に口笛を吹いた。
「オッケオッケ。今度は完全成功だな。いいねぇ。俺は好き」
「いやぁ~、やっぱ強度欲しいよ~」
「まだ言ってんのか……」
確かに盾替わりにするにはやや脆いが。物理的衝撃に弱いのかな。さっき思いついた新技だし、これから実戦で使える様にすればいい。……空気の壁ってどうやって強くすりゃ良いんだ?気圧か?
何はともあれ、“狙撃手ちゃん”相手には十分役に立っている。これが無ければ死んでたくらいには。あと普通にリアルタイムで弾道コントロールの物理演算とか俺なら絶対無理。
「ま、君の嘆きはさておいて、だ。調子はどうだ?そろそろナビお願いしたいんすけど」
「ちょっと待ってちょっと待って!もう1回練習させて!」
「あぁ。ハハッ。調子出て来たな。うん。良いぜ」
「出てないって!」
悲鳴のような抗議が返ってくるが、俺が浮かべた笑みは崩れない。
――“練習”ね。失敗したら死ぬっていうのに。随分と傲慢な台詞だ。良いね。こうじゃなきゃ。
軽口を叩き会いながら、閃鬼の視線に合わせて空中を撫でる。色々と”鬼眼”にはとんでも能力があるけれど、なんやかんや俺が一番好きな能力はこの”眼力”だ。
“竜の鱗”が空気の壁という比喩表現を実体化したものなら、“眼力”は“目は口ほどにものを言う”という慣用句を現実化させたものだ。
“シュレディンガーの猫”という説がある。元は物理学の話になるが、生憎俺は不勉強なもので。科学的なことはわからない。なので閃架の本棚に並ぶ小説とか、マンガとかで学んだ知識と解釈で話させてもらう。異在者らしい、強引な認識と想像力をプラスして。
箱の中の猫は中身を見るまで生きているか死んでいるかわからない。反転すると、箱の中身を見れば、猫の生死を確定させる。それを俺は、人の“視る”という行為には現実を決定付けるほどの力があると解釈した。
詩的かつ、主観的な表現をさせてもらえれば、全ての現実は“観測”することから始まる。それは“自己”を確立する為にも、だ。他者との違いを知るにも、知識を増やすにも、まず相手を認識することから始まるのだから。
只人でさえ、それほどの力があるのだ。存在を視る存在“鬼眼”ならばそれ以上。その視る力を知覚できないわけがない。
まぁグダグダ七面倒な事を垂れたが、要するに”視線を感じる”の凄い版だ。
背中の上で閃鬼が背後を振り返る。無言のままだが、口で説明するよりも鮮明に、且つ詳細に。閃鬼の”眼力”が彼女の世界を伝えてくれる。色も、重さも、大きさもないけれど、彼女の視線を感じている。
後は閃鬼が視た計算の通りに、俺が実現《創作》すれば良い。
何処の何に反射してきたのは知らないが、背中から飛んできた弾丸に向けて手を翳した。角度、寸法、面積も閃鬼が思い浮かべた視界《図面》のまま。
クッ、と口角を吊り上げて。
「“竜の鱗”」
創り出した空気の壁を削るように、弾丸が逸れていった。
「これだけ成功すれば”練習”としては十分じゃないか?」
ニヤニヤと笑いながら閃鬼を振り返る。その僅かな重心の変化がまずかったのか、足元からピシリと音がした。
「あ」
「あーっ!」
透明な床に入った罅に思わず一歩後退る。接地した踵を中心に先ほどよりも大きな亀裂が入った。
「~~~っ、強度ぉっ!」
俺達の体重に堪え切れなかったのか、閃鬼の咆哮を合図にするかの様に、足元が砕け散った。破片が落ちるよりも一歩速く、床を蹴る。
割れた破片が地面に向かって落ちていくのを尻目に空に身を躍らせた。見た目と言い、割れ方と言い、硝子に似てる。閃鬼が透明な固体から硝子を連想したのかも。だから脆いのだろうか。
進行方向に向かって手を翳す。
壁ではなく、足場として作った“竜の鱗”。作品名は
「“竜の翼”!!」
とん、と軽い音共に空気の床に着地する。寸前、閃鬼の視点がズレた。
「飛び退けっ!」
「うおっ!」
閃鬼の声に突き飛ばされるように、跳躍する。蹴った“竜の翼”が割り砕けた。弾丸が僅かに肩の肉を抉る。
「怪我は!?」
「無い!」
「よっし!」
「風竜はしてんじゃん!」
「こんくらいなら大したことない。そんなことより本番だ。どうぞ好きにやってくれ。――合わせるぜ」
先ほどの着地狩りといい、狙撃手ちゃんもそろそろ余裕がなくなってきた頃だ。指示のやり取りをする時間だって惜しい。なぁに、練習通りにやればいい。
振り返ってニッ、と口角を上げて見せる。閃鬼は狙撃手ちゃんが居る方向を睨んだまま、チラリともこちらを見ていない。それでも強気に微笑んだ。
アウイナイトが色の深みと輝きを増し、ラピスラズリへと変わっていく。右眼球に刻まれた刻印が輝き出す。
「――うん。張り切って行ってみよう」
眼前に向かって手を翳した。