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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
107/107

木槌鳴る

■■■■

 商品倉庫は両腕が塞がっている時の為、自動ドアだった。ディオニュソスの意向で常に整備されている。

 それでも、今回はそのスムーズな開閉さえ待っていられなかった。動き出した自動ドアを腕力で無理矢理こじ開ける。二度と動かないよう扉枠を歪ませながら、部屋の中へ飛び込んだ。

「せっ、閃鬼っ!」

 上がった息は廊下を走ったことによる疲労の為ではなかった。

 倉庫の中を見渡せば、それは直ぐに目に着いた。

 檻の中、創作物でしか見ない、笑っちゃうような拘束着に全身を包まれた閃鬼が居た。

 吸い損ねた空気が喉の奥で異音を鳴らす。よろよろと縺れる足で檻に近づいた。縋りつく様に格子を掴み、覗き込む。

 閃鬼は分厚い布の上から、更にベルトや手錠で雁字搦めにされている。身動き一つ取れないような拘束だったが、それが無くても閃鬼は呼吸さえ満足できないようだった。そもそも意識が無いのかもしれない。仰向けに倒れた閃鬼の瞼は下ろされていた。

「せ、閃鬼……」

 呼びかけ、と言うよりも、口端から零れ落ちた閃鬼の名前に閉じていた睫毛が震える。ゆっくりと瞼が上がり、碧い瞳が瞬いた。

「オーガ……」

 擦れる声で、囁く様に名前を呼ばれる。ぐるぐると頭が回る。気持ち悪い。込み上げる吐き気に口元を手で押さえた。

「う゛、ぇ゛」

 肩を上下させながら嘔吐く。

 あぁ。死の臭いがする。


 無意識の内に手が煙草を探す。この艦に乗ってから煙草の消費が速い。残り数本のソフトケースから震える手で1本摘まみ上げる。震える手では上手くライターのハンマーが押し込めない。焦燥が苛つきに変換される。爆発寸前の感情を押さえつけながら、指が痛くなる頃に漸く火が点いた。

 震える指では煙草の先が火に当たらない。普段以上に長い時間を掛けながらライターの火を煙草に移す。紫煙を吸い込む寸前、けが人である閃鬼の事を思い出して視線を上げる。満天の星空を切り取ったみたいな瞳がオレを視ていた。

 オレは瀕死の閃鬼とは違い、怪我の1つもしていない。ただ強者におもねっているだけで、失敗どころか行動さえ起こしていない。そのくせ焦燥だけはしている自分が心底情けなかった。

 閃鬼の碧い瞳の輪郭は、今にも気絶しそうにぼやけている。それでも閃鬼の視線は外れなかった。

「オーガ」

「――な、んだよ」

「あたしがなんでこの艦にのりこんだのか、聞いたじゃん」

「あぁ」

「あたしは。行動原理として、快もふかいも、好きもきらいも、だいじにしてるんだけどさ。それよりも、あたしは――」

 今にも死にそうなのに、閃鬼は力の抜けた顔で、満足そうに微笑んだ。

「あたしは、後悔したくないんだよ」

 じゃなきゃこんな人生、死んだ方がマシだから。


 その言葉を最後に、カクリと閃鬼の頭が落ちる。

 胸の中で、何かがカチリと嵌る音がした。



 ■■■■



 ……え、死んだのか?

 意識を失った閃鬼に檻の前に立ち尽す。一瞬頭が真っ白になったものの、上下する胸と異音交じりの呼吸音に詰めていた息を吐いた。

 移植する前に閃鬼が死んだ場合、鬼眼がどうなるかわからない。鬼眼の売買が目的な以上、そりゃ閃鬼のことを死なせはしないだろう。わかっちゃいるが。

 両手を膝に付き、上半身を屈める。バクバクと高鳴る心臓を落ち着けようと、長々と息を吐き出した。

「やぁ、オーガ」

 背後からの声に肩が跳ねる。倒していた体を起こし、振り返った。

 相変わらずの冷めた目でディオニュソスが立っていた。その一歩後ろにはいつも通り自然な姿で、ファントムが佇んでいる。

 ――タイミングが良い。ファントムがチクったな。

 ファントムを睨み付ければ、にこやかな雰囲気でひらひらと手を振られた。全く効いていない様子に鼻を鳴らし、ディオニュソスに視線を戻す。

「……なんスか。契約破棄?」

「いやいや。確かに不覚を取られたようだがね。そもそも最初に“鬼眼”を確保できたのは君のおかげだ。契約通り、この仕事が終われば君の友人には手を出さないとも。ただし、損害は賠償して貰うがね。これも契約通りだろう。再度警備をお願いしよう」

 チッと大きく舌を打つ。予想の範囲内だ。ショックはない。

 それでもチラつかされた”あの馬鹿”の存在に反射で震えそうになった指先を体の陰で強く握り締めた。 

「ハッ、そうかよ。それだけを言う為に、態々オークションをほっぽり出して来たのか?」

「何、もう()の出品時間だ。ステージに上げようと思ってね」

 ディオニュソスの言葉にピクリと瞼が引き吊った。

「客が減ってしまったからな。値段を上げられるだけ上げたいんだ。2日目で売る予定だった人間(商品)を合わせ、延期できるものは延期するが……、彼女を長期間保管しておくことはリスキーだ」

「へー」

 返事とも溜息とも付かない言葉が漏れる。閃鬼は2日目の開始直前に暴れ出したらしいので、まだ人間は売られてない。閃鬼の目標達成からは程遠いだろうが、取り敢えず最低ラインはクリアしたらしい。ディオニュソスは”商品”の扱いは丁寧だ。価値を下げないことに売られるよりもずっと良い。とはいえ次回のオークションまで保管となると採算が合わないので早々に売られるだろうけど。

「君は目が覚めたばかりだからね。スタッフ用の医務室に戻ってくれ。道中倒れたら大変だ。直ぐに人を寄こそう」

「……了解」

 意識の無い閃鬼に一瞥を送り、ディオニュソスの元へ踏み出した。

 素直に言うことを聞いたのが意外だったのか、ディオニュソスが眼を見開く。ファントムが面白がるように首を傾げた。

 懐柔されたオレが閃鬼を逃がすと思われてんのかな。そんなにチョロそうに見えんのか?オレは。心外だ。



 ■■■■



 オークションの進行に戻るディオニュソス、ファントムと別れ、代わりにスーツ姿の男が5人付けられた。

 遠くからの喧騒が聞こえる廊下を囲まれながら歩く。大仰なそれが露骨だった。

 苦笑しながら大股且つ歩を速める。前に居た2人を追い抜かし、医務室とは反対の角を曲がった。

 強い奴は閃鬼にやられたのか、咄嗟にオレを止められる奴は居なかった。背後から追いすがってくる足音と制止の指示をシカトし駆け出す。1日目用の商品倉庫の扉を雑に蹴り開けた。停まること無く、倉庫の中へ。――この中に残されたままだと思うんだが。あぁ、あった。ざっと走らせた視線に引っかかった白鞘と茜色に迷いなく方向を変える。

 黄金郷ミダス・ガーデンは参加料代りとしてどんなものでも出品できる。中には当然買い手の付かなかったものだって存在した。

 その売れ残りはオークション期間中この倉庫に保存され、後程それぞれ廃棄されたり、別の場所に売られたりする。この日本刀はオレがオークション前に使っちまったせいで、出品できなかった例外だが。

 2日前と同じように収めたケースを拳で叩き割る。

 追いついた同僚達の動揺を感じながらケースに収められた日本刀を掴んだ。

「オイッ、何してんだ!」

 警備スタッフの1人が肩を掴む。力任せに引かれるままに背後を振り向いた。同時に刀は腰に。柄に手を掛ける。親指で鍔を弾き、鯉口を切った。


 これは閃鬼の為じゃない。ただあの無鉄砲大馬鹿な無謀さとか、無邪気さがオレがディオニュソスと契約した原因と――友達とダブっちまった。実力がある分閃鬼の方が幾分かマシだけどよ。

 異在者イグジストどころか喧嘩も出来ないのに人攫いに突っかかって見事目を付けられた大馬鹿ヤロウ。

 でも、だから、オレも放っておけなかった。――だけど、助け方が違ったよな。

 あのヒーロー気取りが今のオレを見て、ああ良かったってなるわけねぇだろ。オレにキレて、自分にキレて、最後に後悔するに決まっている。そんで、変な跳ねっ返り方して、死んで、それ見てオレも後悔するんだ。

 わかり切っていたけれど、目を逸らしていた。やるべきことなんて、最初っから決まっていたのに。


 振り返りざまに抜刀一閃。オレの肩を掴んでいた腕が宙を舞った。

 悲鳴。混乱。怒号。

 視界に飛び散った紅色の向こう。慌てて向けられた銃口を見ながら細く息を吐いた。グローブに包まれた右手で柄を強く握り締める。

「オレも後悔しないようにするぜ。大馬鹿共」


 気に食わねぇ契約なんざもう知らねぇ。黄金郷クソオークションなんざ端から斬れば済む話だ。

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