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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
104/106

2日目開幕直前

◆◆◆◆

 ガンッ!!!


「ぅ、うぇ。な、なに」

 耳元で鳴った音と床が傾くような振動に、寝ていた意識が強引に叩き起こされた。

 狂華と喋っていたところから急に現実に放り出されて、現状理解が追いつかない。丸めていた体を跳ね上げれば狭い檻の中で背中を強打した。

「~~~っ」

 悶えながら首を左右に振って痛みを散らす。不幸中の幸い、痛みのおかげで目は覚めた。

 乱れた前髪を掻き上げながら暴力的な気配を見上げる。丁度革靴の裏が勢いよく伸びてきて、格子に阻まれた。格子が歪む。再度あたしのことを押し込めている檻が大きく傾いた。その音と衝撃に思わず肩を竦めた。

「え、え~」

 敵意は感じないし、誰がやってんのも測れる(わかる)から身の危険はないと思うけど……。

 引き攣った戸惑いの声にあたしが目覚めたことに気が付いたらしい。蹴っていた脚を折り畳み、檻の前にしゃがみ込んだ。長身を丸めたオーガが檻の中を覗き込む。 

「閃鬼ッ、お前“実験室”って知ってるか!?」

「知っ、てるけど……。え、何?どした」

 オーガの剣幕に押されて視線が泳ぐ。見るからに怯えているあたしにオーガもマズイと思ったらしい。一瞬固まった後、オーガが深く息を吐く。オーガのトーンが見るからに落ちた。それでもジリジリとした気配に急かされる。

「“実験室”って、どんな奴等だ」

 オーガが努めて落ち着いた声で、ゆっくり区切って発声する。ただ質問の意図がわからなかった。目を眇めて首を傾げる。

「どうした。なんかあったの?」

「良いから!速くどんな連中か言えッ!」

「うおっ」

 ガンッと強く檻の柵が掴まれた。ミシミシと鉄の棒が軋む音がする。隙間から睨み付けてくる三白眼はいつも以上に鋭い。触らば斬る。日本刀の目だ。……随分と余裕がない。


 ――ふむ。

 胡坐を掻いて座り直す。口元に手を当て、小さく唸った。

 明後日の方向に視線を投げる。思考する。オーガの表情を見て、心の中で一つ頷いた。

 口元を隠していた手を下ろしながら、表情を作る。”プラス・ボックス”の都市伝説情報屋”閃鬼”に相応しい、強く(浪漫チックで)格好よく(浪漫チックで)イカした(浪漫チックな)表情を。

「おいおい、あたしは情報屋だぜ。無料ただで聞き出そうなんてがめついんじゃないの?――なんで気になる?」

 光を灯した鬼眼と、ガラリと変えた空気にオーガが息を呑む。存在感を上げた眼力に自分の一挙手一投足が、どころか皮膚に隠れた血流の動きまで観測されていることを本能で理解しているのだろう。オーガの米神に冷や汗が流れた。その水量も、流れる速さも、動きも、再現できる程にわかる。あ、今心拍が速くなった。

「“実験室”が今日のオークションに参加するって?」

 図星だったらしく、オーガが奥歯を食い縛る。そんなに力を入れたら歯が割れちゃうんじゃないか。

 ”実験室”の“黄金郷ミダス・ガーデン”参加はオーガの態度から推察したものでは無い。知識として知っていた。だって“黄金郷ミダス・ガーデン”の参加者リストにこの名前があったから、あたしはオークションの壊滅を決めたんだ。じゃなきゃあたしの情報収集が失敗したことになっちゃうぜ。

「おい。だからどんな組織なんだって聞いてんだろ」

「だぁっもうっ!殴んないでっ」

 オーガが苛立ち交じりに格子を殴る。手が痛くないんだろうか。

 抗議の意味を込めて、靴の上から格子を蹴っとばした。爪先からシビシビとした痺れが駆け上がる。骨に響く痛みに爪先を抑えながら蹲った。

 痛みにすんすんと鼻を鳴らすあたしにオーガが呆れ半分、苛立ち半分に舌打ちする。取り出した煙草に火を点け、深々と吸い込んだ。

「お、煙草」

「イライラしてんだよ。で?」

 話す度にオーガの唇の隙間から紫煙が漏れる。流れて来た煙をぱたぱたと手で払った。べっ、とオーガに向けて舌を出す。

「別に名前の通りだよ。“実験室”。人類の進化を謳って人体実験を繰り返している集団だ。ま、要するにマッドサイエンティストだね。買われると酷い死に方をする。いや、結果死ねれば上々かな」

 あいつ等いっつも実験体が足りなくて困っているからさ。こういう時に纏めて手に入れようとしてるんだよ。

 周りの”商品共”に聞こえないよう声を潜める。顔を寄せたオーガの呼吸が荒い。

「ほら、人間って安いから」

「そんなこと、言うな……っ」

 オーガの煙草がグシャリと握り潰された。刻まれた煙草の葉が零れ落ちる。絞り出された声にぱちりと目を瞬かせた。

 爪先を抑えていた足を抱え込み、膝の上に頬を乗せる。じっ、とオーガの顔を視た。

「――っていうかさぁ。今更じゃない?」


 あ、刺さった。

 もしあたしが言葉に実体(存在)を持たせられたら、オーガを殺せていた。

 カッ開かれた目。止まった呼吸。強張る身。致命傷を食らった時の反応だ。幻獣イマジナリーモンスターに竜騎諸共背後から貫かれた時を思い出す。

 人身売買オークションに属した以上、自分が無辜の人間を地獄に突き落とす片棒を担いだ自覚はあるだろう。オーガは確かに役職的には木っ端スタッフかもしれないが加害者側だ。

「わかってる……」

 だろうね。オーガは自分の罪に無自覚な程狂っていない。っていうか狂えるタイプじゃないっぽい。発狂にも才能が要る。

 漸く応えたオーガの声は擦れていて生気が無い。死に際に出す声だった。

 こてんと首を傾げる。俯いたオーガの顔を覗き込んだ。

「なぁに後悔してんの?」

「してねぇよ」

「じゃあこれからするんだ」

「……しねぇよ」

 お、ちょっと間があったな。

 顔を傾けたことで重力に従い、前髪が落ちる。流れた髪が左眼を覆った。

「君って本当に真面目でまともだね。これで売っぱらわれた人達が酷い目に遭ったらショック受けちゃうんだ」

「受けねぇっつってんだろ」

「毎夜寝る前に思い出してウッ、てなっちゃう?」

「テメェその口黙らせられてぇか……っ」

「君には無理でしょ」

 あたしを斬り殺せる程後先考えずに狂えるなら、とっくに刀を振り回してるよ。 

 潰れた煙草を咥えたオーガがフィルターを噛み潰す。ギリギリと歯ぎしりする瞳に映るのは、あたしへの怒りではなく自己嫌悪だ。まぁ”訳アリ”だから黄金饗ミダス・ガーデンなんて場所に居るんだろう。


 ……竜騎の腕を斬り落とした相手なのに、何となく嫌いになれない。

 真面目なところが好ましいのか、まともなところが珍しいのか。頭の片隅でチラチラとした瞬きはシンパシーやデジャヴに似ている。無い心当たりに首を傾げながら、バレないように息を吐いた。

「オーガ、今何時?あとどれくらいで2日目始まる?」

「あ?……あと10分くらいか?」

「あー、うん。そのくらい寝てたか。じゃあもう客席埋まってる?」

「あらかた。……なんでそんなこと聞く?お前の出品は明日だぞ」

「ん~。ふふ」

 オーガの疑問には答えずに鬼眼の深度を上げた。空気の振動を観測する。音を”視る”。

 遠くでうだるざわめきと熱狂。近くに蹲る悲壮と諦念。

 どちらも臨界ギリギリに張った水の様で。あと一滴でも落ちれば決壊して溢れ出すだろう。

 全くもって、あたし達好み(浪漫チック)だ。

 ねぇ。そうでしょ。狂華?

 自分の足元を見下ろした。薄暗い部屋の中、僅かな照明に照らされ、薄っすらと浮かぶ影が揺らめく。緩慢な動きで瞼が上がる様に紅い光が灯った。紅眼の輝きに比例して、あたしのボルテージも上がっていく。

「オーガ、オーガ」

「あ゛?」

 ひっそりと上がった口角を下げる。呼びながら立てた人差し指をちょいちょいと折り曲げた。

 犬でも呼ぶかの様な仕草が気に障った顔をしたが、抵抗する程の元気は無いらしい。顔を顰めながらもオーガは素直に身を乗り出した。

 格子に腕が潰される痛みを無視し、檻の隙間から無理矢理腕を通す。ぎょっとするオーガの胸倉を掴んで無理矢理引き寄せた。

 力ではオーガに絶対勝てない。彼を強引に動かせるのは虚を突けたこの一瞬だけ。その隙に彼の瞳を覗き込んだ。

「悪いね。オーガ」

「は?何が、いや、何を」

「君がつまんないことをグチャグチャ考えてる間に、あたしはあたしで好きにやる」

 これはオーガに同情したわけじゃない。あたしはそんなに優しくない。元々このつもりだった。


 オーガの鉛色の瞳孔と目を合わせ、名を呼んだ。呪いの言葉を紡ぐようにねっとりと。

 狂華ぁ。

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