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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
101/105

捨てる者あれば

▽▽▽▽

 存在を創る存在イグジスト――“我が欲へ(アルケミア)”は製作能力だ。

 建築現場の様に壁を立て、鍛冶屋の様に鉄を曲げる。けれども不可能を可能にする能力では決してない。

 閃架に言えば「大規模影響能力オレンジカラーが何を」と言われそうだが俺の認識ではそうだ。材料は必要だし、あくまで俺が培った技術を礎に過程の省略でしかない。


 一本一本指を折り曲げ、肘の関節を開閉させる。痛みはない。けれど違和感は強烈だ。引き攣る筋線維に目を眇めた。

 ……この繋ぎ直したばかりの腕で繊細な作業は――物創りは不可能だと。俺は無意識化で判断している。だから“我が欲へ(アルケミア)”が使えない、と、いうこと、で……、グゥァアアァアァ……。


 ベッドの上で頭を抱え、呻く。

 掌で目元を覆い、頭蓋骨を握り潰さんばかりに指に力を込めた。無意味に動かした足が整えられたシーツを蹴って、皺を作る。

 無力感への絶望と閃架への焦燥を身の内に留めきれない。蠢く俺にセランが椅子から腰を浮かしたり、座り直したり、おずおずと声を掛けたりと困り顔で落ち着かない。

 今は椅子に座り直しているセランが口元に指を当て、首を傾げた。

「まさか存在異義レゾンデートルにそんな無力化方法があったなんて……」

存在異義レゾンデートル、デハナク“我が欲へ(アルケミア)”限定ノ無力化法ダ。無自覚ニ発生スル弱点ノ一種ダナ》

「あぁ……」

 含みのある視線でセランが雷アイコンを見た。瞬きするようにパチパチとアイコンが瞬く。


 腕の違和感は神経がまだ馴染んでいないせいだ。怪我の治癒と同じように時間が経てば消えていくらしい。エイリーン先生曰く、綺麗に切断されていたので神経が繋がるまでおおよそ3日とのことだった。 

 ……間に合わねぇなぁ。

 閃架がオークションに出品されるのは明日だ。クソッ。どうする。俺が死ぬのは構わない。でも無駄死にするわけにはいかない。閃架に助けられた命なんだ。閃架を助ける為に使わなければ。どうにか。どうか。俺の、命で。

 ピ――――――ッ。

 

 甲高いビープ音にギョッとして顔を上げる。

 音源を探して周囲に視線を巡らせた。が、見つからない。異変はクエスチョンマークを浮かべて俺を見るセランだけ。

 そういえば、明らかに病室の外にも聞こえる音量なのに誰も来ない。音源の方向もわからない。

「――あっ!これ俺の脳内で鳴ってる!?」

《ソレガ判断出来ル程度ニハ落チ着イタラシイナ》

「うぉっ」

 同じように脳内で響いた機械音声と共に異音が止んだ。

 まだ頭蓋の中に反響が残っている感覚がする。同じように感情の乗らない機械音声も残響している気がした。

 ――こっちは必死なのに。

 舌打ちをしながら勢いよくベッドに倒れ込んだ。タブレットを見ないように目元に腕を置く。

「……何。今八つ当たりしそうだから話掛けない方が良いぞ」

《自身ヲ客観視出来ルノハ良イガ、マダ凹ムナ。本題ガアル》

「は?本題?――さっきの貸しがどうのって話?」

 漏れた声は思ったよりドスの効いたものだった。

 目元を覆っていた腕をずらす。覗いた隙間からタブレットを睨み付けた。

 セランがヒクリと肩を揺らし、おろ……と視線を泳がせる。

「――あんた等に命を救われたのは感謝してる。でもな」

 この場にライの身体があれば胸倉くらいは掴んでいたかも。電波の向こうにも反意が伝わるように一言一言区切る。0と1で構成された反論が来ても押し潰せるよう重力を乗せた。

「今、俺は、そんな場合じゃ、ねぇ《黄金郷ミダス・ガーデンヲ潰ス。付キ合エ》――あ?」

 今なんて?

《君ニハ、君達ニハ信頼出来ル戦力ガ必要ダ》

 俺の事情など知ったこっちゃない、と言わんばかりに無機質な機械音声の、あまりに俺の事情を汲んだ言葉。掛けた圧も、抱いた苛立ちも、一瞬で全て挫かれた。

「えぇっと、ちょっ、と待ってくれ」

《アア》

 寝かせていた体をのそのそと起こし、セランとタブレットに向き直る。セランはどう思っているのかと伺えば、微笑みながらしっかりと頷かれた。どうやら2人の総意らしい。

「そ、れは俺の得でしかなくないか?」

《僕達モ信頼出来ル戦力ガ欲シイ。WINWINダ》

「俺存在異義(レゾンデートル)使えないんすけど……」

「竜騎さん、存在異義レゾンデートル使えなくても強いじゃないですか》

「そりゃその辺の奴にゃ負けないが」

 ”我が欲へ(アルケミア)”有りでも両腕が落とされたばかりなんだが。

「だって竜騎さん、独りでも行くでしょう」

「そ、りゃ行くが。……あんた等の理由がわからない。同情か?」

《同情デ部下ニ命ハ賭ケサセナイ。僕側ニモ事情ガアル。良イカラ聞ケ。マズ僕達ハ警察ダ》

「ぞ、存じてますが」

《警察トシテ、黄金饗ミダス・ガーデンノ成功ハ秩序ノ崩壊ニ関ワル》

「あー、まぁ。折角プラス・ボックスに閉じ込めている存在異義レゾンデートルが流出したらマズイよな」

 アホ程厳しい検問を設けて、辛うじて”箱外”に異在が流出しないようにしているのに。悪党に流通したらその頑張りが全て無駄になりかねない。

「や、でも普通に警察の応援呼んだ方が良いだろ。”+N(プラスナンバー)”自体はあんた等2人だけのでもこの街自体にはもっと居るだろ」

《ソレガ出来レバ良イノダガ。生憎組織人トシテノ柵ガアル。僕ガ自由ニ動カセルノハセランノミダ》

「えぇ……。何、あんた等ハブられてんの?」

《否定ハシナイ。俗ニ言ウ権力争トイウ奴ダ》

「うわっ。フィクションでよく見る奴だ……。現実でもあるんだ……」

「どうやら“外”の方々はあまり”存在異義レゾンデートル”の危険性を理解していないようなのです」

《オ恥ズカシイ》

 軽口交じりでシレッとしたライの態度を前に、感情的になり続けることは難しい。冷静になってきた頭で肩を竦めた。

《ト、イウワケダ。黄金郷ミダス・ガーデンヲ潰ス、トイウ利害ガ一致シテオリ、且ツ戦闘能力ノ持ツ奴ヲ求メテイル。ソシテ君ナラ後腐レナク、手頃ダ》

「言い草ぁ」

《君ニトッテハ渡リニ船ダロウ》

 それはそう。

 セランを見る。眉尻を下げ、ちょっと困ったような顔で笑っていた。

「セラン的にはそれでいいのか?実際現場に出んのはあんただろ」

「はい。勿論。私も丁度、前衛を張ってくれる方が欲しかったんです」

 暖かく微笑んだセランが手を伸ばす。白魚の様に綺麗なのにガン胼胝がある。戦う奴の手だ。その手を取る為に腕を持ち上げた。

「と言いますか、使えるように認識を変えればいいのではないですか?存在異義レゾンデートルは認識と思い込みなのでしょう?」

「え?」

 予想のしていなかった言葉に伸ばしていた腕が止まる。

 コト、と首を傾げている表情は本気だった。瞳の火力が強くなる。

「パワーアップ、という奴です」

 か、簡単に言ってくれる……。

 ヒクリと頬を引き攣らせながらタブレットに助けを求めて視線を送る。稲妻のアイコンがピカピカと陽気に瞬いた。

《良イノデハナイカ。僕モ存在異義レゾンデートルノ使用設定ヲ書キ変エタ事ガアル。悪イモノデハナカッタ》

「えぇ……。あんたもそんな夢みたいなこと言うの?」

 そんな楽観的な、夢物語な――浪漫チックな。

「――ククッ」

 腹の奥から湧き出た愉快が笑みとなる。久しぶりの気分だった。実際に閃鬼と別れてから、時間は経ってないのにな。

 ――このぐらい奔放で、強気で、滅茶苦茶なこと宣う方が嫌いじゃない。

 セランの炎に似た瞳は閃架の宝石の様な碧とも狂華の血の様な紅とも違う。それでも彼女の瞳には2人と被るものがあった。

 で、あるならば。その輝きに相応しく。彼女の隣で胸を張れる自分であるように。

「じゃあまぁ、挑戦してみっか」

 どっちにしろ、閃架を助ける為に頑張らなきゃ。

 セランの手を掴む。ニッと口角を上げれば、セランの瞳も微笑んだ。それでもその瞳の奥にはチラチラと炎が揺らめいている。良いね。嫌いじゃない。ぐっ、と握った手に力を込めた。

「んじゃ、よろしく頼む」

「はい、こちらこそ」

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