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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
ショーケース・ショータイム
100/105

奈落の下

▽▽▽▽

「っていうかセランちゃん。俺の事”竜騎”の方で呼んで良いぜ。彼女の事もコードネームで良い」

「えっ。良いんですか。か、りゅ、風竜さん達って公私で呼び方を分けるようにしてませんでした?」

「それは閃架の嗜好だから」

 気にしてくれるのはありがたいが、俺は非日常だろうが日常だろうが大してトーンが変わらない。格好付けて言えば常在戦場型だ。多分生来からの気質だろう。

 対して閃鬼はスイッチを切り替えるタイプ。ヒーローがスーツを定めるようにフードとストールと眼帯を纏い、コードネームを使う。”閃架”ではなく”閃鬼”としての鬼眼で世界を視る。

 俺としてもその方が嫌いじゃない。仕事用《閃鬼として》の観測力は日常生活に支障を来す。

 ついでに言うと俺等、公私の区別はグズグズだぞ。今回の件だって”公”か”私”で言えば”私”ではない。とはいえ依頼があったわけでも無いので”公”とも言い切れない。完全なる閃架の感傷だ。

「素顔の俺をコードネームで呼ばれて正体バレる方が問題だからなぁ」

 1人部屋だし、今のところ看護師さんが居ない時のみとは言え、その内人前でぽろっと呼ばれかねない。誰がどう聞いているかわからないのだ。ライが居るので盗聴器の類はないだろうが、この世には”存在異義レゾンデートル”や”異在道具オーパーツ”があるからな。

 だから打ち上げの時、セランに本名を教えた、いや、閃架はどうだろうな……。俺はそのつもりだったのだが。閃架は懐っこいところがあるので、単純に絆されただけかもしれない。俺にもほぼ初対面で本名を明かしていたし。

 因みに先に本名を名乗ったのは閃架で俺がそれに追従した形だ。

「っていうかあんた等もそのつもりで病院相手には”科戸辺竜騎”の名前にしたんだろ?」

 ピッ、と頭上の壁に貼られたネームプレートを指さす。セランが今気付いたように「えっ」と口元を手で押さえ、タブレットから《マァ》と肯定が返って来た。成程、ライの配慮か。

 人差し指を立てていた腕を下ろし、肩を竦める。気まずそうに身動ぎしたセランがおずおずと膝の上に手を置き直した。

「……じゃあ、取り敢えず今は竜騎さんと呼ばせていただきます」

「おー」

 思えばセランとは打ち上げ以来だ。彼女に”風竜”で呼ばれたことは殆どないし、”竜騎”の方が呼び易いのだろう。

 息を吐いたセランが張っていた気と一緒に口角を緩めた。

 

▽▽▽▽


《サテ、仕切リ直シダ》

「はい」

 人前での呼び間違いを警戒していたものの、ライ達が人払いをしたらしい。人々の気配が遠い。警察権力の便利さを感じながらベッドの上に胡坐を掻いた。

 パイプ椅子に腰かけたセランの膝上タブレットが、スピーカーの振動に連動して稲妻マークを点滅させる。

《マズハ君ノ腕ノ事カラ答エヨウ》

「うっす。おねしゃす」

 ひょい、とタブレットの内カメに向けて小さく会釈する。

 再度確かめる為に掌を開閉した。思った通りに五指は動く。握った拳に力だって込められた。

 だがこの腕は俺の腕ではない。斬り落とされた両腕は黄金郷ミダス・ガーデンに置いてきちまった。縫合して付け直すことも出来ない。

《トコロデ科戸辺。君ハ”クローン技術”ニツイテ知ッテイルカ》

「そりゃまあ名前ぐらいは勿論。SF映画とかに出てくるやつだろ?有名なのは月の奴か。俺は観た事ないけ、ど――え?」

 マジ?

 目を瞬かせてディスプレイを見る。稲妻マークのアイコンからでは電波の向こうに居る人間の表情はわからない。ただ何となく、画面を流れるサイケな光が俺の驚愕を肯定している気がした。それもにやにや笑顔で。

 表情が見えるセランに視線を向ける。ちょっと眉を下げて小さく頷いた。おぁ……。マジか……。

「SFのFってフィクションのFだろ……」

《羊ノドリーガ作ラレタノハ1996年。羊デ出来タ事ガ人間デ出来ナイ思ウノハ人類ノ傲慢ダ》

「そ、りゃまぁそうだが……。え、“外”では聞いたことないんだけど」

《技術ト倫理ノ点デ箱外不出》

「あー……」

 頭の中に浮かぶのは有名なアニメの1シーン。同じ顔をした女の子が死んだ目で山となっている。これまた俺は本編を観たことないが、SNSで回って来た。

 自分のことを人間だと思っていたが、実はオリジナルに臓器提供用クローンだった、なんて作品もあったっけ。もはやSFではなくホラーの域だ。

「あの……生きている人間から取ってます……?」

「なんで敬語なんですか?」

 引いてっからだよ。

 閃架を助ける為には両腕が必須。例え相手が生きた人間だとしても、閃架の命と比べれば、天秤に乗せる価値すらない。とはいえ、欠損した時にバラしてくっつける用のクローンが居る、って言われると流石に戸惑っちまう。

 いや、まぁ、良心派のセランが暢気に首を傾げているってことはそこまで非道なことではないのだろうが。

 出会った時の所属はアングラだったが、彼女の生来の気質は善側だ。彼女を連れて居たガラドもギリ逮捕には至らなかったようだし。盗品美術館も情報屋”閃鬼”もアングラ側なので個人間の喧嘩ということで収拾したらしい。

 あ、デパート側への弁償と建物の修繕は俺もしました。”我が欲へ(アルケミア)”は金も時間も短縮出来て良い。

《心配スルナ。世界異在機関(WEO)直属、正規ノ病院・研究施設ガ生ミ出シタ技術ダ》

「あー、まぁ、それなら?」

《最初カラ脳髄ノナイ人間ヲ“生者”トハ称サナイ》

 ……ス――――ッ。

「そ、うですかね?」

《倫理ト合理ノ落トシ処デナ》

「確かに倫理観をどっかに落としてそうだが……」

 まぁ人が死んでないなら不幸中の幸いか。

 はー、と溜息交じりに天を仰いだ。ぐるりと回した首からコキキと音が鳴る。

 やっぱこの街の人間って倫理観の代わりに技術力を得てんだろうな……。高々半日で腕1本生み出せちまうんだから。

《イヤ、ソコマデ培養スピードハ速クナイ。3カ月ダ》

「は?こうして立派に付いてんじゃんか」

 タブレットのカメラに向けて肘の関節を曲げ伸ばした。一回り緩い袖が滑り落ちる。

 あぁ、でも確かに多少引き攣るような感覚はする。眉間に皺を寄せ、露になった腕を見下ろした。

 僅かな違和感が、ある、ような?いや、気のせいか?鬼眼でもあるまいし、そこまで正確に覚えてない。そもそも生きていれば多少の変化は生まれるものだ。

《ソレハ3ヵ月前ノ君ノデータヲ元ニ創ラレテイル。ギリギリダナ》

 ライからの言葉に腕の動きが止まった。3カ月前、俺がこの街に来た頃。

「……閃鬼か?」

 彼女と初めて会った頃。

《肯定ダ。彼女カラ遺伝子情報ガ提供サレタ。本来必要ナ身体ノ計測ハ鬼眼ニヨル測定値ガ元ダ。――纏メルト今保管室ノ培養ケースニハ脳ノナイ君ノ身体ガ浮カンデイル。ソレカラ斬リ落トシタ両腕ヲ君ニ接続シタ》

「へー……。因みにセランってやったことある?」

 セランはパイプ椅子に座ってお行儀よく話を聞きながら成程、という頷いているどうやら彼女も初めて聞いたっぽい。

「いえ、欠損したことは今までなかったので……。噂を知っていた程度ですね。でももし欠損したとしても恐らく治療出来なかったと思います。なんでも莫大な費用が掛かるらしいので」

「えっ。……いくらくらい」

《一概ニハ言エナイガ7桁前半》

「あっ、お、う~ん」

「安くはないですが内容を考えると……」

 セランと2人で顔を見合わせた。2人して煮え切らない顔をしている。

 とはいえ実際に自分がその金額を閃架に使わせたとなると肩に重く圧し掛かる。閃架はプライベートだと庶民派なのに、仕事中は金銭感覚がぶっ飛ぶんだよな……。オークションでもそうだったし。コワ。

 とは言え今回はありがたい。ナムナムと掌をすり合わせた。 後でお礼言わなきゃ。

《他ノデメリットトシテハ“オリジナル”ノ身体ガ変ワル事デ合ワナクナル可能性カ》

「あー」

 人間の身体は常に変わっていくからなぁ。痩せたり太ったり、鍛えられたり鈍ったりだ。

「ところでさぁ、ライはどう?移植したことある?」

《一度ダケ。掌カラ先ヲ。アノ時ハ損失シタ後ニ掌ノミヲ培養シタノデ2週間程待ッタ》

「えっ!あるんですか!?なっ、どっ、――私知らないですけど!」

 セランがずっと膝に乗せていたタブレットに詰め寄る。相手が物のせいか、距離が近い。ディスプレイに鼻先がぶつかりそうだ。カメラにはセランの額しか映ってないんじゃないか?

《何年モ前ダ。態々言ウ事デモ無イ。オイタブレットヲ振ルナ》

 ライがどういう風にタブレットのカメラと視界を共有しているのか知らないが、人間だったら酔っちゃいそうだな。

 ライに目を回されたら困る。シャカシャカと上下に振られるタブレットに声を掛けた。

「ライってそんな大怪我する前線に出たりすんのか」

《ソウイッタ経緯デハ無イノダガ。敵ガ多イ家ダッタノデナ》

「ほぉん。その時存在異義(レゾンデートル)って使えた?」

《ハ。ナンダソノ質問ハ》

 機械音声でもライが怪訝な声を出しているのがわかる。

 ってことは問題なく”電糸の巣(ウェブ・エレクトロン)”を使えたんだな。

「あぁ~……」

「ど、どうしたんですか……」

 気の抜けた息を長々と漏らしながら勢いよくベッドに身を投げ出した。

 肩を跳ねさせたセランがタブレットを振る腕を止める。パイプ椅子から腰を浮かし、ベッドに寝転ぶ俺の顔を覗き込んできた。

「ん~」

 答えないままパイプベッドの枠を握った。

 今まで目を逸らしていたけれど、目覚めた時から嫌な予感はずっとあった。腕を動かした時から感じた、軋むような感覚と同じように。


 細く息を吐いて、浅く吸って、止める。

 目を瞑り、頭の中に揺らめく炎《力》をイメージする。色は俺の瞳と同じエメラルド。閃架が好ましい(浪漫チック)と言った色だ。

 鎖骨に刻まれた刻印から意識して力を引き出す。腕、掌、指先に走る神経回路を励起した。漏れ出た力の奔流が空で爆ぜる。


《マサカ》

 俺の質問の意図を察したライが息を呑む。

 口には出さず、言葉を綴った。


 材料指定――“スチール”。

 設計図面――描画完成。

 製作工程――想像代行。


「――現実創造”我が欲へ(アルケミア)”」


 バチン。

 指先で力が弾けた。けれど、ベッドの形は変わらない。現実は何も変わらない。


 ――不発。


 溜めていた息を吐き出して、天を仰ぐ。何も創れなかった掌で目元を覆った。


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