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アナザーズ・レコード  作者: 紙葉衣
welcome to the――
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深淵を覗く

◆◆◆◆

「ダメだ……、気持ち悪い……」

 吐き気と頭痛でグラつく頭を抑えながら、人気のない道を選ぶ。裏路地に並んだ換気扇から吹き出す生暖かい風が顔を叩いた。小さく嘔吐きながら逃げるように顔を背ければ、動いた拍子か視界が白む。ギョッとして身を固める。

 外傷自体は大した事がないから大丈夫、と自分を騙し騙しここまで来たが、これはいよいよヤバイかも知れない。いや、寧ろ大怪我だけの方がマシだっただろう。身体的不調には耐性があるが、精神的不調にはどうにも弱い。

「まったく、散々だな。今日は」

 意識を保つ為、頭に浮かんだことをそのまま口に出す。追手の気配はないものの、捕まるわけにはいかなかった。

 楽に死ねたら良い方。実験体だの奴隷だの、死ぬより辛い目なんていくらでもある。ましてや“あたし”だ。まぁたとっとと死んだ方がマシな状況になってしまう。

 人気者は辛いぜ。

 独り、僅かに口角を上げながら、鉛を混ぜて作りました、みたいな身体を引きずるように歩を進めた。あいつ製作ミスってんじゃねぇの、なんて、心にもない八つ当たりを考える。

 よろよろとした縺れる足でどうにかこうにか前に出る。家までの距離もあと少しだ。とっとと帰って、帰って――。


 帰ったら、どうしよう。


 玄関から覗き込んだ、灯りの消えた廊下の暗さを思い出す。

 独り暮らしには広いあの家を。

 誰も座ることのない椅子を。


 お腹が減った。喉が渇いた。身体が重い。

 いくら慣れていようとも、痛いもんは痛い。

 きっとこの後玄関に倒れ込み、目が覚めるまで眠るのだろう。

 別にそんなの今に始まったことじゃない。

 暖かく迎えてくれる相手なんて居た事が無い。

 今疲れているから暗いことを考えるだけで、寝て食べて、ちょっと休んだらこんな気持ち直ぐに吹っ飛ぶ。一過性のものだ。

 わかっている、わかっているけれど、今、確かに


「寂しい」


 無意識のまま自分の口からこぼれ落ちた声が聞こえてしまう。

 遅いながらも前に進み続けていた足が止まった。

 どうしよう。こんな所で止まっている場合じゃ無い。一刻も速く逃げるべきだ。わかっている。

 でも、もう一歩も進める気がしない。

「あーくそ、どうすっかな……」

 力が抜けるままずるずるとしゃがみこんで、膝頭に額を付ける。

 こんな暗くて汚いところで行き倒れるのだってごめんなんだが。

 肺の空気全てを吐き出しながら、ぼんやりと視線を遠くに投げ――引っかかった違和感に動きを止めた。

 ただでさえ狭くて深い場所にある裏路地の、更に狭くて深い小さな空間。こういう場所には違法研究所やらカルト宗教もどきが創った人造生命体が巣作っていたりする。人間が引きずり込まれて食われただの苗床にされただのが月に数件は上がってくる。人間が創り出す治安の悪さとは違う、人外によるホラースポット。

 だからそもそも入るべきではないし、影が見えたから近寄っていくなどただの自殺行為だ。いや、どんな目に遭うかわからない以上、自殺の方がまだ安全だ。

 あたしに戦闘能力はなく、その上で今は死に体だ。これ以上危険を重ねる意味もない。いくら疲労で頭が働かなくとも、そんなことわかっている。

 わかっていながら好奇心に従った。このつまらない気持ちを打ち消すような面白いことでも起きないものかと、ことさら真っ暗な影に近寄った。

 面白いものは混沌(浪漫)の中にこそあるものだから。

 飛んで火に入る夏の虫。

 好奇心は猫をも殺す。

 でも、愚かな虫も猫も、死ぬ直前まで楽しんだだろう。


 後から考えれば、疲れすぎて自棄になっていたのだろう。しかしその時はそんな自覚は一切なく。力を振り絞って、暗がりを覗き込んだ。

「ほう」

 自傷染みた享楽主義と刹那主義が相まって、手を付いた壁の湿度も気にならない。薄暗闇の奥。傾きながらも壁に寄りかかったる青年。閉じられた瞼。浅い呼吸。投げ出された2本の足――に巻きつく赤黒い影に一つ瞬きし、ゆっくり足を振り上げた。

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