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第四十二話 真相(1)

 唐突に、大袈裟なリアクションと共に会話に割って入ってきたのは、他でもない写真家である。

「写真家……さん」

「君ってやっぱり凄いね、その通りだよ。私が料理家さんの共犯……ってか、この事件の主犯だよ」

 彼女はそう言い放ち、さも当然の様に堂々と円卓に歩み寄ると、対面する椅子にゆっくりと腰掛けた。緊迫した空気が流れる。

「君があの施設に行くの止めるべきだったかなぁ……いや、やっぱそれは不自然だよね。先回って証拠隠滅しても院長が話したら私の事がバレるし、成り行きに任せるしかなかったな。いつから疑ってた?それとも施設で初めて気付いたのかな」

「決定的だったのは施設の記録を見た事です。ただ、それ以前にも色々と気になる事はありました」

「色々?そんないっぱいミスしてた?教えてくれるかな」

「まず一つ目は最初の目撃証言です。写真家さんは糸が105号室に勢い良く入っていくのを見たと言ってましたよね。現場検証の時に洗濯機を使って試行錯誤しましたが、どうしても再現出来なくて……巻き込みの速度が一定なので、大廊下を横切る時に糸が垂れてしまうんですよ。恐らく写真家さんの才能を活かす演出としての嘘だったんでしょう、それなのに貴女の証言は台本に沿っていたから、疑問に思っていました」

「なるほど、やっぱりあのギミックには無理があったよね。お察しの通り偽証だよ。実際に洗濯機を使って巻き取られた糸はドアの途中で垂れ下がってた。台本が見つかった時に再現性が高い方が良いかなと思って、そっちに合わせちゃったんだよね……他には?」

「二つ目は台本に設定されてるのがボクであること。写真家さんが偶々ボクの事を脚本家さんに話した事で第一発見者としてキャスティングされたとしても、単なる第一発見者として使われたボクが、事件のタイミングでちょうど配達を担当するなんて余りに都合が良過ぎる。偶然だと思いたかったけど、ボクの出勤日時に合わせてピザを注文するだけのことですよね。ボクの事を計画に組み込めるのは貴女しか居ません」

「うーん、そこも疑われてたんだ。運命的な、ロマンチックな再会って事でヒロイン補正掛かれば疑われなくなるとも思ったんだけど……悔しいな、ご都合主義すら許されなかったかぁ」

「三つ目は……これはかなり後になってから気付いた事で、本当にこじつけと言うかメタっぽくなっちゃうんですけど、台本の中の一人称です」

「一人称?分かんないなぁ、どういうこと?」

「『文化荘の殺人』において、キャラクター各々の台詞は一人称を分ける事で区別されています。写真家さんの一人称は漢字で“私”そして黒幕がメールで使う一人称も同じく“私”でした。もしかすると脚本家さんは無意識の内に、全てを仕組んだ真犯人が写真家さんである可能性に気付いていたのかも……と」

「あっちゃ~、そんなとこにもヒントあったんだ……私ったらダメダメだね。原稿もっと読み込むべきだったな、やっぱり探偵を演じる人は格が違うね」

「いや、こんな幾つも疑うべきヒントが提示されていながら、施設の資料を見るまで真相に辿り着けなかったボクに、探偵を名乗る資格はありません」

「謙虚だね……そういうとこ嫌いじゃないよ」

「そもそも料理家さんが自白をした時、なぜこのタイミングで暴走したのかをもっと疑問に思うべきでした。彼が初めから画家さんの自殺に思う所があって今回の事件を起こしたんだとしたら、5年も沈黙していたのは何故か?計画の準備期間にしては長いですし、脚本家さんが台本を書き始めたのも去年の夏頃、どうにも合わない気がしたんです。この数年の間に、料理家さんに何か変化を与えるキッカケがあったと考える方が自然です。つまりそれこそが写真家さんの接触だったんですよね?」

「うん、正しいね。それで合ってるよ」

「聞かせてもらってもいいかしら?写真家さん。貴女と画家さんの関係について……」

「いいけど、本当は気付いてるんでしょ?モデルさんは姉さんと長いこと一緒に過ごしてたんだから」

「姉さんね……気付いてるってのは才能の事かしら?確かにアナタの抜群の視力と瞬間記憶による神懸かりな観察力は、画家のそれと瓜二つだとは思ってたわ。かと言って、それが血縁関係による遺伝的なものだとは言い切れない。アタシは確信が欲しいのよ」

「それなら残念、私にも本当のところは分からないんだ。姉さんって呼んでたのは身の上が似てて歳上だったのと、彼女が私より何でも上手く出来たから。事実として分かってるのは姉さんが施設に拾われてから2年後に、私が同じ場所に棄てられてたってこと。そして私達は幼い頃から一緒に過ごして、お互いの秀でた才能に気付いていた。それが一般的じゃないってことにもね。だからきっと二人とも同じ親から産まれて、似た様な理由で棄てられたんだろうって考えたんだ」

「多分その予測は当たってますよ。画家さんを起点に始まった寄付金は彼女が施設を出て2年後に途絶えたらしいです。ちょうど貴女が施設を出た時期に当て嵌まります」

「まぁそうだよね。けど個人的にはもっと確実な証拠がある。料理家さんの反応だよ。私と会った瞬間、強烈に動揺してた。彼の才能を信用するならだけど、私は姉さんと同じ匂いがしたんだってさ。説明を付けるとしたら、似た遺伝子配列による分泌物の一致とか?とにかく彼は説明するまでもなく私を画家の姉妹だって確信して、私の言う事は一切疑わずに全部信じてくれたよ」

「それは何よりも信頼に足る根拠だと思うわ。そう、貴女が……画家の妹なのね」

「ったく碌でもない親だよね。一回目で認知出来なかったのに2人目産むなんて。しかも何?せめて一緒に居させてあげようって?優秀過ぎる姉さんが邪魔で、私は絵を諦めて写真を選ぶ羽目になったんだよ?ホント最悪」

「そんな言い方……仲良かったんじゃないんですか?彼女の自殺への復讐で今回の事件を計画したんじゃ……」

「はぁ⁉︎んなわけないじゃん、姉さんは目の上のたんこぶだよ。死んだって聞いたときは口惜しかったけどね、二度と越えられないんだろうなって」

「じゃあ、どうして」

「話せば長くなっちゃうなぁ」

 そう怠そうに返しつつも、彼女はつらつらと語り始めた。

「そもそも姉さんが自殺した理由なんだけど、それはモデルさんが原因。あんたと初めてフランスで会ったときに一目惚れしたんだって。姉さんが施設を出てから時々、私宛てに手紙が届いたんだけど、ほとんどあんたの美しさを讃美する様な内容ばかりだったよ。出会えたことに感謝したり、一緒に居られて幸せだってね。けど偶に自己嫌悪の文章が混じってた。幾ら描いてもモデルさんの美しさを描き切る事が出来ないって。姉さんはあれで結構、自分の絵の才能を信じてたから。どうしてもあんたの美しさを表現したかったんだろうね」

「そんなに……嬉しいわね。確かに彼女からアタシの肖像画をプレゼントされたこともあるわ。大切に部屋に飾ってあるのよ。他の人達よりよっぽど仲が良かったと思うけど、どうしてアタシが自殺の原因だと思うのかしら?」

「この手紙を読めば、分かってくれるかな」

 写真家は懐から数枚の紙を取り出し、円卓に置いた。それらは丁寧な字で書かれた、古い手紙だった。

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