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第一話 憧れの場所

「ここ……かな?」

 地図アプリの赤いピンは、都心から少し離れた山間部を示していた。小雨の中、宅配バイクで地道を走ること一時間足らず。まだ森林と呼んでも差し支えないような開発途中の別荘地に、異様な空気を醸し出す屋敷があった。

 古びた洋館風の門には錆びついた文字で『文化荘』と書かれており、門の柱には雰囲気にそぐわない監視カメラが光っていた。


“配達員”のボクは思わずため息を吐く。

 芸術において天才的な才能を持つ者のみが住む事を許される特別なアパートの存在を、噂には聞いていた。話では管理人のお眼鏡に適った者だけがスカウトを受けるという……その厳しい審査基準の代わりに家賃は都内近郊では考えられない程に安く、しかも芸術に関する限りは建物の利用に一切、何の文句も言われない。芸術を生業にする人間にとってはまさに天国のような物件で、現代の共同アトリエ、中世ヨーロッパで云うところのギルドの様な場所らしい。

 夢を追いかけ、大学を卒業してはや二年。ずっとアルバイトで身を粉にして働いているボクにとっても、その存在はまさに憧れと言えた。いつからか生活を維持することに精一杯で、創作から離れて久しくなっていたので文化荘の存在は自分の中で半ば都市伝説と化していたが、まさかピザを運ぶバイトがその聖域への道を照らすことになるとは思わなかった。

 幸運に胸を躍らせながら、ケータイで配達の指示を確認する。


『一〇六号室。扉は鍵を開けているので玄関に置いてある代金と引き換えで置き配してください。アパートの正門が閉まっていたら、開けて入って構いません。』


 ボクは少しがっかりした。置き配とは荷物を依頼主に直接引き渡さずに、指定された場所に置いておく配達方法のことだ。実際にどんな人が住んでるか興味があったし、天才と認められた芸術家と挨拶くらい交わせるかも、などと淡い期待をしていたのだが見事に打ち砕かれたようだ。

流石の芸術家気質といったところか……噂では世界レベルの有名人が住んでいたりもするらしいから、元より期待すべきではなかったのだろう。しかし部屋の玄関まで行けるのだ。屋敷の中まで入れるのなら万々歳だった。

(ツテがなければ場所すら知ることが出来ない幻の建物、その中を拝めるんだ。ラッキーだぞ……)

 そう考えるとボクのテンションはぐいぐい上がり始め、小雨で濡れた山道を苦労して来た甲斐があったと改めて喜びを噛み締める。錆びに因って開きにくくなった門でさえ、神殿を守る立派な役目を果たしている様に感じられた。

 泥に足を取られないよう気を付けながらどうにか門を開け、宅配バイクを邪魔にならないよう山道の端に停め直す。浮き足立った心地のまま、まだ冷え切ってはいないピザを片手にアパートの敷地へと足を踏み入れた。

駐車場を兼ねた前庭には一面、青白い砂利が敷き詰められており、道中の山道と違って泥で足が汚れる心配はなかった。正門を区切りに地面が白くなる視覚的効果と砂利の性質によって、この場所が外界と隔たった神域であるというイメージが増幅される。足を踏み締めるたび、心地良い音が響く。


 この輝くような憧れの場所で、深い闇と悪意が渦巻いた凄惨な事件と相見えることになろうとは、その時のボクは想像もしていなかった。

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