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プロローグ『開幕』

序文


 この小説は筆者である“小説家”がさる事件の後、ことの顛末のあまりの奇妙さに、真相を世間に知らしめるべく可能な限りの経緯を物語として再構築しようと思い立ち、多くの関係者に取材を行った上で最終的に浮かび上がった事件の全容を纏めたものである。

 全文において、文章や言葉選びが語り主に依存している為に読み難い箇所も多々あるかと思われるが、取材に於いて彼らから語られる生きた言葉を受け取っていく過程で、それらをそのままの言葉で残したいと考え、敢えて直さずにいる事を読者の皆様には御理解頂きたい。

 一介の物書きが個人の見解で情報を纏めたものではあるが、読者にとってそれらが少なからず故人の遺志を正しく理解し、先の事件に対する歪んだ憶測を払拭する手助けとなる事を切に願う。

 また末筆ながら、貴重な時間を割いて取材に応じて下さった各方面の関係者様にこの場を借りて謹んで御礼申し上げる。そして同じく事件に携わりながら、既にこの世を旅立ってしまった多くの方々の御冥福をお祈りすると共に、追悼の意を込めてこの作品を献げる。


                                 小説家

 部屋で男が二人、酒を片手に向かい合って座り談笑している。ウィスキーグラスを呷りながら何度も頷く聴き手は、ガタイが良く端正な顔立ちをした色男で、色白な顔は優しいというより少し気弱な印象だ。半袖のシャツから覗く白い腕はしっかりと鍛えられており、彼の恵まれた体躯を更に際立たせていた。黒い短髪のヘアスタイルも健康的な印象を与えている。

 熱心に話すもう一方の男は、対面の色男とは正反対といった感じで少し太っており、顔もパッとしない。艶々と輝く真っ黒な髪は癖っ毛で目を隠すほどに伸びており、彼の捻くれた雰囲気を更に強く印象付ける見た目となっていた。

「……ってのがあらすじよ。どうだい?“俳優”さん」

「うーん。“脚本家”さんの考えることは相変わらず面白いねぇ、けどそんな仕掛けで本当に完全犯罪になるわけ?」

 俳優と呼ばれた色男が聞いていたのは、簡単な密室トリックである。犯人は現場となる部屋を密室にした状態で、部屋の外から糸を操る。その糸は室内に予め設置された重いオブジェクトへと繋がっており、それを引っ張る事で部屋の中に居る被害者を撲殺。実行後、糸を回収して凶器と死体だけが現場に残るという筋書きだった。

「うん、今回は脚本を練りに練ったからね。タネは単純なほどイイってもんよ」

「ふぅん……にしてもよくこんな事ばっか思い付けるよなぁ」

「取り敢えず俳優さんは、いつも通り演じてくれれば良いからさ……アンタは犯人役だから、向かいの一〇五号室に戻って指示通りにこの糸を引っ張る。そうすりゃこの一〇六号室で事件現場の完成って寸法よ」

「完全犯罪って仰々しく銘打ちながら、やっぱりちょっと簡単過ぎやしないかい?」

「カラクリ自体は簡単だが、この舞台の成功は事件が発覚してから。犯人の演技に掛かってんだよ……脚本で煮詰まってんのもそこさね。だからこうして頼んでんのさ」

「脚本家さんにはいつも世話になってるからな、断れないよなぁ」

「アンタほど生まれついての役者は他に知らねぇからよ。信頼してるぜ……じゃ合図でスタートね。そのあとはいつも通り、最後まで演じてくれ」

「はいよ」

 僕は立ち上がると自室の一〇五号室へと向かう。

「あ、糸……危ない、忘れるとこだった」

「飲み過ぎたのか?ちゃんと役に入ってくんなきゃ困るぞ」

 脚本家が心配そうにこっちを見る。

「いや、犯行の準備を被害者に任せて自分は糸だけ持って外で待機……なんて、犯人役としては実感湧かなくってさ」

「部屋戻ったら集中してくれよ。こっちは早めに済ますから」

「はいはい」

 僕は一〇六号室のリビングのドアを開け、まっすぐと伸びる廊下を玄関まで歩く。玄関のドアを開けると外の大廊下へと出て、すぐ向かいの一〇五号室が僕の部屋だ。

 持っている糸を指示通り一〇六号室と一〇五号室の玄関ドア上部に引っ掛ける。これでこの大廊下の奥側の部屋――一〇七号室と一〇八号室――の住人が通路を行き来しても、糸に引っかかる心配はない。

 糸は手品等によく使われるもので名前は……なんだっけ、インビジブルなんとかって説明された気がする。黒くて細く、いくら目を凝らしても空間を渡っているはずの線は見えなかった。安心して一〇五号室へ戻ると、脚本家からの合図を待つ。糸がぐっと引っ張られたら力一杯引き返すのだ。


「思い切り、一気に引くんだぞ。恨みをその一撃に込めるって感じで……」


 そう言って凶器となるトロフィーを素振りして見せた脚本家の姿を思い出しながら、頭の中でイメージを整える……よし。

 愛する人の為にあいつを殺すんだ。"俺"はしっかりと糸を手に巻き直す。程なくして、クンッと糸が張った。準備が整った合図だ。

「ふっ!」

 息を殺し、殺意を込めて糸を思い切り引っ張る――次の瞬間、ズシンとした確かな手応えと共に

「ぐぁっ!」

 と断末魔のような呻き声が聴こえた。

「え……あれ?」

 気が付くと、無我夢中でリビングまで走り抜けていた。手に絡んでいる糸には抵抗が無い。手元から手繰り寄せていくと、玄関へ向かう廊下のフローリングに糸の端が見えてきた。どうやら脚本通りに仕掛けの糸は回収できたらしい。

 それにしてもなんだ?今の感触。呻き声が聞こえた気がしたが……ぼんやりとそんな事を考えていた矢先。

「うあぁ、わあああああぁ!!!!!!」

 廊下の外で新たに男の叫び声が響いた。

「し、死んでる!人が死んでますぅ!」

 おかしい。どうしてこんなに早く見つかるんだ?計画は完璧なはずだ。間髪入れずに玄関からドアを叩く音と、呼び掛ける女性の声が聞こえる。

"ドンドンドン"

「俳優さん!居るんでしょう?出てきなさい!」

 どういうことだ?何が起こってる?戸惑う俺のケータイにメールが届く。

――ピロリン♪

『初めまして、俳優さん。今しがたキミの手で人が死にました。』

――ピロリン♪

『私は全部知っている、完全犯罪のトリックも。全部見ていた、キミがそれを実行した瞬間も。』

 二通目のメールには動画が添付されていた。動画には俺が足を踏ん張って糸を引き、玄関から廊下を走り抜け、リビングまで走る様子がしっかりと映っている。

 このアングルは……トイレか!ハッとして廊下に目をやると、いつの間にかリビングの扉は閉まっていた。そしてその扉の窓の奥には、光るモノを手にした人影が見える。磨りガラスの所為でぼんやりとしたシルエットしか見えず男女の区別は付かないが、影の大きさから小柄な人物でない事だけは確かだった。

「おい!おま……」

――ピロリン♪

 またもメールが届く。黙って読め。さもなければ……そんな気迫が扉の奥から伝わってくる。格闘には自信があるが、狭い廊下で刃物を持った相手に勝てる確証は無かった。

「わかったよ、読めばいいんだろ」

『理解してるとは思うが、私は君と外の大廊下を繋ぐ唯一の通り道を塞いでいる。私とゲームをしよう。勝てたら君の罪は軽くなるかもしれない。何もしなければ、君の状況は悪くなる一方だ。』

「罪だと?計画通りなら事故で処理されるはずだ、事件だなんて……」

――ピロリン♪

『脚本の通りならね。ところが残念、“写真家”が現場に居合わせた。彼女の視力によって通常なら見えるはずのない糸がこの部屋に入っていくところを見られてしまったんだ。さっきのノック音は、つまりそういうことさ。キミは殺人の容疑者だ。一体どうやってこの場を切り抜ける?』

「えっ?そ、そんなの……コトの次第を正直に話すしか……」

――ピロリン♪

『お見事!さすが俳優さん、状況判断が的確だ。愛に狂う殺人犯から一転、ソリッドシチュエーションスリラーの主人公に早変わりしたな……その通り、君から見た真実を伝えるしかない。』

「ぼ、僕は一体、何をすればいい?」

――ピロリン♪

『いま現場に集まっているこの屋敷の住人達に宛てて直筆で手紙を書いて貰いたい。文章はある程度お任せするが、内容には

一、この事件の原因が自分にある事

二、自分とは別に黒幕がいる事

三、脚本家のトリックを暴くヒント

以上三点を入れることが条件だ。加えて、これから外の人達に伝える情報は全て紙に署名入りの直筆で書き、扉の下から廊下に通して私に見せろ。私の認めた文章だけ外に送ってやる。“君達”の真実を書け。それがルールだ。』

「紙、紙、紙……」

 A4のコピー用紙を仕事用のデスクから大量に取った。既に舞台の幕は上がっている。僕はメールの命令に従って、サイン用のペンで文章を書き始めた……

初めまして。プロローグを読んで頂きありがとうございます。秋梨夜風と申します。

本作は自分が初めて書いた長編ミステリ作品であると同時に、執筆後に右も左も分からずカクヨムに一括投稿した為に初週以降PVがほとんど伸びなかった悲しい作品でもあります。

ネット小説の基本を勉強し直した今、新作を執筆しながらもこの作品の事が忘れられず、もっと多くの方に読んで欲しいと考え、年末年始の長期休暇に合わせたこの時期に「小説家になろう!」様にて改めて掲載する事を決心した次第です。

あらすじ説明にもある通り、これから毎日7時と18時に更新していく予定ですので、皆様何卒、完結まで応援よろしくお願い致します!

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