魔獣スクート
人間達は、死者を相手に金儲けをする弔い魔女を不浄のものとみなしているし、レジーナ本人でさえ、自身の仕事を恥じているところがあった。
けれども、スクートは弔い魔女であるレジーナが大好きだし、彼女が弔い魔女で良かったと思っている。
何しろ、死にゆく自分をねんごろに弔ってくれたのは、他ならぬレジーナだったのだから。
翼を持ち、高い魔力と知能を有する黒く大きなイヌのような姿をしたスクートの種族を、人間達はブラックウルフ種と呼んでいる。
飛行区域を巡るドラゴンとの競り合いに敗れたスクートは、翼を折られ、右の前脚を噛みちぎられ、右目にいかずちの矢を受け、天空から人間の領区へ叩き落とされた。
スクートの魔力を嗅ぎつけた死霊どもは、まだ息のある彼女に群がり、取り憑き、じわじわと身体に喰いつき、蝕みはじめた。
このまま死霊に取り憑かれ、自らもまたこんなふうに死体に群がる穢れたモノへと成り果てるのだろうか。
せめて、もう命が尽きていたならば、死霊に身体を喰われる恐怖を感じることは無かったのに。
スクートはひとり啜り泣いた。
そんな時、たまたま、本当に偶然、森を彷徨っていたレジーナが死にゆくスクートを見出した。
こんな森の中で死者を、それも、人外の生き物を弔っても一文にもならないのを承知の上で、レジーナはスクートの涙を拭いてやり、ちぎれた右脚のかわりに粘土で新しい脚を作ってくれ、旅の途中ゆえにろくな備えも無いなか、できる限りのお清めをしてくれた。
レジーナのお清めが死霊を祓い、スクートは結局、死なずに済んだ。
けれども、折れた翼ではもう生まれ故郷には帰れないし、この小さな親切な弔い魔女に何の恩返しもしないまま別れることはできない。
スクートはレジーナに自分を手元に置いてくれるよう何度も何度も頼み込んだ。
レジーナを良く使ってくれていた葬儀屋が不正を働き捕まったので、何も知らないレジーナまでもが非難され、全く仕事にありつけなくなってしまった。
レジーナは人々から石を投げられるようにして生まれ育った村を後にした。
路銀の蓄えなどなかったから、道みち、家畜の伝染病予防のまじないと引き換えに食べ物を恵んでもらいながらの旅だった。
ある日、森の奥深く、誰の目に触れることもなく死霊に喰い荒らされている大きな黒いイヌの亡骸を見つけた時、レジーナはつい、容易に想像できるであろう自分の惨めな末路とそれを重ねてしまった。
このまま放っておくのはあまりにも偲びない。
自分がのたれ死んでも誰も弔ってくれる者なんかいないだろうから、自分を弔うようなつもりになって、そのイヌの弔いをはじめた。
だから、死んだと思っていたその大きなイヌが息を吹き返した時、お清めをしくじって悪魔が取り憑いたのかと思った。
最初は恐怖に震えていたレジーナだったが、スクートは見かけによらず優しく礼儀正しかったし、何より、ずっと独りぼっちで生きてきたレジーナは家族や友達と呼べる者はひとりもいなかった。
こんな自分と一緒にいたいと言ってくれる者は、後にも先にもこのスクートだけだった。
こうしてレジーナは、最下級の魔女であるにもかかわらず、高い魔力と知能を有する魔獣、ブラックウルフ種の主人となった。
田舎の小さな城壁都市で再び弔い魔女の職を得たレジーナを、スクートは毎晩、自らの手で清めた。
イヌのままではレジーナを抱きかかえることもできないから、レジーナが恥ずかしがるのは分かっていてもヒトの身体を真似た獣人の姿になり、死にかけた自分がそうしてもらった時のように、とても丁寧にお清めをした。
優しく、慎重に、時間をかけて、ゆっくりと。
大好きなレジーナ。
ボクの大切なレジーナ……。
スクートの囁きと薬草の香りに酔いながらウトウトしていたレジーナが、スクートの粘土の手の甲に頬を押しつけた。
「こんな変てこな手にしちゃってごめんね。
早くお金を貯めて、真鍮のかっこいい腕を作ってもらおうね。」
「ダメだよ。」
スクートは珍しく強い口調で言う。
「他の腕なんて欲しくない。
この腕は、ボクがレジーナから初めて貰ったプレゼントだもの。」
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