弔い魔女
弔い魔女は、年老いた魔女がやるものと相場が決まっていて、本来ならばレジーナのような若い娘のする仕事ではない。
小さい頃からお腹いっぱい食べた事などほとんどないレジーナは、もう大人なのにちっぽけでがりがりに痩せていて、真っ白な肌に長い黒髪、弔い魔女どころか、レジーナ自身が幽霊のように見えた。
死んだ人間を何もしないで放っておくと、直ぐに死霊や悪霊が取り憑いてしまうので、弔い魔女がそうしたモノを取り除き、その後、遺体は聖職者に引き渡される。
人々は聖職者には深く頭を垂れて迎えるのに、弔い魔女のことはまるで死神のように忌み嫌い、かつ、見下していた。
中でもレジーナのような罪人や浮浪者専門の最下層の弔い魔女は、死体にたかる蛆のような目で見る者もあった。
けれども、レジーナは都市国家連合の冒険者ギルドが認定する魔法使いの中でも最下級の魔女で、しかも、昇格試験に五回連続で落ちているのでこれ以上の昇級は望めない。
ギルドから魔法使いの資格を剥奪されないためには、このまま死ぬまで弔い魔女として生きて行く他は無かった。
レジーナはその日もひと仕事終えた疲れた身体を引きずって、城壁都市から少し離れた寝ぐらへ戻った。
本当なら、レジーナのような孤児で何の後ろ盾もない魔女には、城壁の外側のスラム街のすし詰めの共同貸し部屋を借りるのもひと苦労だったのだが、忌み嫌われる弔い魔女ではあるものの、反面、無くてはならない仕事でもあるので、最低限の暮らしは保証され、こうして修道院の荘園の敷地にある小さな掘立て小屋を与えられているのだ。
(こんなに疲れた日は、お清めの沐浴も面倒くさいなあ……。)
長い間放っておかれ、ほとんど死霊になりかけた亡き骸達の弔いを終えると、魔女自身も同じくらい穢れてしまい、毎日のお清めの沐浴は欠かせなかった。
疲れた身体に鞭打って、湯を沸かし、薬草湯で身体を隅々まで浄化するのは骨の折れる作業だったが、それを怠ると自分が死霊に取り憑かれてしまい、身体が蝕まれてしまう。
肩を落とし、足を引きずりふらふらと家路をゆくレジーナを見た者は、「憐れなもんだ。あそこまで落ちぶれたくは無いねえ。」などと、ニヤニヤしながら言った。
小屋へ戻ったレジーナがぺらぺらの汚いドアを開けると、
「おかえりなさい、レジーナ。」
心地よい薬草の香りと共にそんな声が迎えてくれた。
小さなテーブルと干し草の簡易ベッドを置いたら椅子の置き場も無く、食事はベッドに座ってするほかはない小さな部屋のはずなのに、部屋の真ん中には真鍮の足のついた陶器でできた大きなバスタブが置かれていて、壁にしつらえてある石膏のライオンの口からお湯がたくさん出ている。
「わわっ。」
びっくりして後ずさるレジーナの背中を、大きな黒い手と、粘土でできた不恰好な手が受け止めた。
「お仕事お疲れ様、レジーナ。」
手の主が言う。
全身真っ黒の身体は小さなレジーナの倍はあり、右片腕は粘土細工の義腕。狼のような、犬のような頭を持つその者を、
「スクート。」
振り返り、仰ぎ見たレジーナはそう呼んだ。
「びっくりした? ねえ、びっくりした?」
スクートと呼ばれたばかでかい人外の生き物は、期待に満ちた目でレジーナの答えを待つ。
真っ黒な顔だから判りにくいが、彼女は(そう彼女は言ってはいるが、レジーナには魔獣の性別などわからない)右腕と同じように右目も失っていた。
しかし、残っている黒目ばかりの左目をくりくりとさせて、人懐こい、優しい眼差しでレジーナを見つめる。
「びっくりしたよー。もお。」
いちにち中、痛みきった身元不明の遺体の弔いに追われて疲労と緊張の極限に達していたレジーナは、掘立て小屋に突如現れた豪華な浴室に、ほっとしたようにふにゃっと微笑んだ。
「良かった。疲れたでしょ。さ、さ、早くお清めしよう。」
スクートはウキウキとレジーナのブラウスのボタンに手をかけた。
「んひゃっ。だめっ。」
レジーナは慌ててスクートの黒い手と粘土の手を振り払う。
「だって、服を着たままお清めなんて変だよ。」
「そ、そうじゃなくて、じ、自分でできるって、いつも言ってるでしょ。」
「たから、いつも言ってるけど、ボクはレジーナの手足となって生きるって、そう言う契約なんです。知ってるでしょ。」
いつものお決まりのやり取りに、うんざりという顔でスクートは言った。
「しっ、知ってるけどっ……だ、だめっ。命令だから! 主人の命令は絶対、なんでしょ⁉︎」
「いいえ、何より優先されるのは主人の身の安全です。弔いの後のお清めは一分、一秒でも速く行った方が良いことはレジーナもよく知ってるでしょ。」
スクートはもう一度レジーナの胸元に手を伸ばすが、レジーナは腕組みをして抵抗する。
「やだ。」
「女の子同士なのに恥ずかしがるなんて、あっ、あっ、もしかしてレジーナはボクのことが……?」
スクートは期待に満ちた顔をする。
「ち、ち、違うわよ! 平気よ!」
レジーナは真っ赤になって両腕を下ろした。
「わかってくれてありがとう。」
スクートはレジーナの身につけている物を全て取り去り、軽々と抱きかかえ、ドライハーブをたくさん浮かべたバスタブに浸した。
そして、穢れた身体を清めるべく、優しく、慎重にレジーナの身体に触れる。
優しく、慎重に。
時間をかけて、ゆっくりと。
「自分で、自分でやるから……。」
そう言ってはみるものの、大きなスクートの手に抗うにはあまりにも疲れていた。
今日はいつもよりラベンダーの花がたくさん浮かべてあり、まるでお花畑にいるようだ。
レジーナは全身に感じるこの上なく優しく心地よい刺激に黙って身体を預けた。
大好きなレジーナ。
ボクの大切なレジーナ。
スクートは、疲労で青ざめていたレジーナの身体が熱を帯び、ピンク色に染まってゆくのを満足そうに見守りながら、何度も何度も呟いた。
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