86_桜花動乱_アイボリー
「コイツは……とんだ怪物がトップに立ったな」
天帝は面白そうに笑った。
「この天帝、ひいては椿宮師団に八百長を持ち込んでくるとはな」
「それで丸く収まるのならよいかと」
「そりゃあな、でも面子ってのはある」
「ではこの話は無かったことにしましょう」
「うっ……」
「お受けになられますか?」
「いつまでに返事を出せばいい?」
「そうですねあと二時間は待てます」
「わかった」
(それだけあればヤマトの引き渡しには十分間に合う)
天帝は携帯端末をポケットから出す。
「誰かに連絡ですか?」
「ちょっと頼み事をしててな」
「内緒の話でしょうか?」
「そんなところ」
天帝は端末の画面を見てため息をついた。
「アイボリーちゃん、シスターベルは元気か?」
「シスターベル?」
「その様子じゃ、死去した司祭からは何も聞かされていないか」
「ええ、ナガトに殺されてしまって」
「そうか」
カナメは立ち上がると、アナロイ(聖典などを置く際に使う台)の前に立つと両サイドに手を掛けて隠された金具を押し込みながら上部を外す。
下には操作パネルがありそれをいくつか操作すると床が動き出す。
「抑制剤だ。飲んでくれ」
カナメはポケットからタブレット型の薬剤を一つ渡す。
アイボリーは薬剤を受け取って紅茶で流し込む。
カナメの後ろを付いていくと、地下室に行き着く。
「知らなかったろ」
「ええ……はい……」
地下室には何種類かの本と木製の椅子とテーブル、それからシスター服を着た女性。
女性は目隠しのように顔に黒い布を巻いており、口元だけが露出している。
「おはようシスターベル」
「あら、天帝陛下。いかがなさいました?」
「司祭は誰が殺した?」
「そこのアイボリーちゃんですよ」
「やっぱりな」
「なっ――。証拠あるのですか?」
「証拠も何も見ていましたから」
シスターベルはクスリと笑う。
「彼女は四人目の親であり、植物と細菌の感染者だ」
「初めましてアイボリーちゃん」
「……どうしてシルバーベルに感染者が」
「シルバーベルというのは元々感染者と共に生きる組織だったのだけど、私が感染者となり色々と派閥が別れ、争い、そして空中分解していった。そして本来、親を守るための組織は跡形も無くなり反感染者の集団になってしまったの」
アイボリーは頭を抱え始める。
「そしてシルバーベルの親は彼女だ」
「ベルって呼んでもいいのよ」
「じゃあ、今まで私はずっと貴方に」
「ええ、ナガト君を殺そうとしたのも、司祭殺しを擦り付けようとしたのも全部知っているわ」
シルバーベルは淡々と返事をする。
「……終った」
計画が全て台無しになったアイリは呆然と立ち尽くしていた。
「ううん、違うわ。あなたはこれから始まるのよ。清算するのよ」
「……全部手の平で転がされていた。今更もう何も――」
ふて腐れるアイボリーに対してカナメは肩を叩く。
「それでもやらなきゃならねえんだ。協力しろ」
「拒否権ないじゃない……」
「はいはい、それじゃ。シルバーベルの真相もわかったのだし次はNNEDの件でしょ?」
「ああ、教えてくれシスターベル」
「んー、知らなーい。知ってるのはNNEDを百人に打って八十人くらい死んだということだけ。残念だけどシルバーベルの範囲以外は何もわからないから」
「そうか……ということは取引が行われた場所は違うところになるか」
「こっちも相手がどんな奴らか、私たちも知らないから」
「取引したんだろ?」
「こっちは色々逼迫してたの。知らない相手からの取引にも応じちゃうくらいに」
「マジかよ……手がかりなしか」
「あーでもクラウンがヤケに獣桜組を悪く言う男だったとは言ってたわね。顔は知らないらしいけど」
「わからねえことばっかりだってことはよーくわかった」
「なによ、人が協力してあげてるのに」
「誰のせいでこうなったと思ってんだアイボリーちゃん?」
「うっさいわね……」
「ところで、いいのかしら? あのヤマトっていう子、何か知っていそうだったけど?」
「おい、やっぱお前が拉致したのかよ」
「…………」
「と言っても彼、もう逃げちゃったけど」
「なんでここに居てわかるのよ……」
「私は植物と菌の感染者、ここに生えている草木のほとんどは私から切り離されたものなの」
「嘘でしょ」
「本当だ。つってもウイルスを保有していないから食っても感染したりしねえよ」
「そう……良かったわ」
「さて、ヤマトを捕まえに行くか」
(色々展開が多くてついて行けそうに無いわね……)




