56_一刀両断_アンナ
ウイルスが蔓延し、感染症でパニックが起き、暴動と犯罪による混沌とした時代があった。
今以上の騒乱の中で産み落とされてしまった怪物は数多くいるが、その中でも頭一つ抜きん出た傑物がいた。
その男はアンナにとって大切な人物でもあった。
夏の京都、年に二度、特殊感染者を生み出す感染者、いわゆる親と呼ばれる人間とその側近である感染者が一同に揃い、交流深める行事がある。
夏の盆は獣桜組の京都、暮れと新年は椿宮師団の年にある。
交流という名目だが、実際は厳しい移動制限がかけられている親たちの羽を伸ばすガス抜き的な意味合いが大きい。
もちろん、日本の重役達が面と向かって話せる機会であるため重要な議題を話し合う場所にもなっている。
その議題の一つがアンナにとって重苦しい決定となった。
「フソウが行動不能状態にあるのを隠すために君影研究所を燃やしてカモフラージュする計画に支障が出てきている」
カナメが資料を見ながら議題とその経緯を読み上げている。
「理由は一人の感染者が君影研究所に居座り、安全上の都合で誰も敷地内に侵入出来ない」
「ふーん、椿宮師団にも陸上を動ける丙種等級以上の感染者はおるのに?」
エマもいつになく真面目な表情で会議に参加している。
「それが……相手が相手だからな」
「と言うと?」
「長らく消息不明だった男で……」
カナメは歯切れが悪い表情をする。
「どしたん? さっきから歯切れが悪いんやけど?」
「はぁ……その感染者は君影研究所の甲種感染者でアンナ先生の一人息子」
「君影ムサシか」
アンナが重い口を開く。
「……そうだ」
「そいで? どないするん?」
「ムサシは数年前、君影研究所で起こった暴動を鎮圧あるために生体武装『黒錆神楽』を使用、その後、暴走していたが無害だったから見なかったことにしていたんだ。本来であれば拘束指定だな」
「拘束指定になったらうちからもいっぱい兵隊さんださんとな」
「たった一人とは言え、生体武装を持った甲種感染者、下手をすれば大勢が死ぬことになる」
「けど、このまま放置ってわけにもいかへんのやろ?」
「それはそうだが」
エマとカナメが揉め始める。
パンッとトモエが手を叩く。
「まずはムサシのより詳しい分析をすべきかと、戦力はどの程度必要か、懸念点の洗い出し、必要があれば私の私兵部隊も駆り出します。まずは何よりも情報、少なくとも君影研究所敷地内に入らなければ攻撃はしてこないのですから何かしらの意思決定があるのは明らかです」
トモエの一言で会議が一気に冷める。
「それでいいですね? アンナ先生」
「……元々、私の息子ということでお目こぼしをされていただけだ。文句はないよ」
アンナの辛い表情を見て誰もそれ以上は何も言わなかった。
「調査には椿宮師団で預かっている人員で対応します。この会議ではひとまずここまでを決定としましょう。進展があれば定期連絡の時に話します」
トモエは毅然とした態度で議題をさばく。
アンナは大きなため息をつくしか無かった。




