38_修練進化_カナメ
カナメは驚きを隠せなかった。
驚きは二つ、ヤマト思いのほかバカだったことと。
そしてヤマト自身がバカであることをある程度理解していた。この二つだ。
(シンプルだ。めちゃくちゃシンプルだ)
ヤマトに与えた課題はたった一つ、一ヶ月以内にカナメに一発食らわすこと。
これに対しヤマトは、三日ひたすら攻撃して倒れるように眠り、十分に回復したら飯食ってまた攻撃を始める。
当然三日間ぶっ通し攻撃をし続けて、一日休む、これでは体が持つわけが無い。それは避けるだけのカナメも同じだった。
要は体力勝負、先に尽きた方が負け。
一発当てたら勝ちというルールに対して、恐ろしくシンプルな戦法で挑む。
もっとスマートなやり方があるのは明確だ。
だがそうはしない、その選択を削ぎ落とした。
(コイツ……バカだけど間抜けじゃねえな)
今もこうして攻撃を避け続けさせられているカナメはジワジワとヤマトのやばさを痛感し始める。
(トラに四六時中つけ回されるようなもんだなこりゃ……)
常に攻撃の圧が掛かっている状態でおぞましい程の拳がカナメの眼前を横切る。ただの人間ならこれを一発でも食らえば天国の切符が発行されるレベルだ。
(ナガトはこれを何発も食らってんのか、なかなかやるな)
「クソあたらねえ!」
「当たったら訓練にならねえだろ!」
余裕をかますが流石にろくすぽ寝ずにこれを続けているカナメは不利な状況になりつつった。
(単なる戦闘能力だけで言うなら丙種を超えて乙種のラインにギリ届きそうだな。勿体ないくらい強い。これで経歴に傷さえなけりゃ、今にでも丙種くらいはやりたいところだな)
ヤマトは現在2等級、特殊な経歴から中々上に上げることが出来なかった。
と言うのもこのヤマト、自分の父親を七歳で殺害、その後獣桜組の頭目であるエマに拾われるが、面倒を見ていた兄貴分である男を殺している。
兄貴分の殺害については獣桜組の内情があったためヤマトは極刑を免れ、獣桜組を破門、エマには勘当を言い渡された。
随分と経歴に黒いところが多いが、性格と能力を鑑みるにワケありそうだなとカナメは評価を下した。
何せこのヤマト、子供には隔たり無く接し、声を掛ければ気さくな対応見せる。酒もたばこも嗜むことが無い。性欲はあるが女遊びはする気も無さそうな。なんとも毒の無い生活をしている。一つだけ欲らしい欲は食欲で体格以上の大食いであることぐらいだ。
こんな奴が人を殺せるのか?
答えは是。
このヤマト、命令されたことには即座に忠実に何の疑いも無く従う。現にナガトとヤマトに殴り合いを指示した一秒経たない間にナガトを殴り倒していた。
大人しいのか気性が荒いのか全くの未知だった。
(でも、悪いやつじゃねえのは確かだな)
カナメの携帯端末が振動する。
「あっ、ちょっとタイ――」
カナメの制止より先にヤマトの一撃がカナメの顔面に入る。
「うおおおおおおっしゃあああああああああ!!!!!」
「やっべ、完全に気を抜いた……まぐれの――」
まぐれの一撃だな――。
カナメは言いかけの言葉を自分で遮る。
(そんなわけねえ。ヤマトは執念でこの一撃を勝ち取った……)
「よくやったなヤマト」
「おう! これで俺の等級が上がるんだな」
「いやだから修行が終わりまで変わらねえよ」
(やっぱただのバカなのか……?)
カナメは呆れながらヤマトの第一歩を喜んだ。
「さて次のステップだ。もう一発、余に当ててみな。今度はこっちも拳作るからな」
カナメは両手を持ち上げる。
「あんたの訓練はシンプルでやりやすいな」
ヤマトはニカッと鋭い犬歯を見せる。
「おいおい、いいのかぁ? 余は天帝陛下ぞ? 日本で一番偉い相手にそんな言葉を使って?」
「それで怒るほどの底の知れた奴か?」
「はは……違いないな」
(やっぱチユにナガトを預けて正解だ)
「じゃあ、遠慮無く行くぜ!」
「よっしゃ来やがれ!」
(コイツは俺が付きっ切りで面倒見る)
「あ、電話――」
カナメはヤマトをいなしながら電話を始めるのだった。




