159_英雄顕現_カナメ
「すげえなこの船風呂までついてるのか?」
「シュミットトリガ社の最新鋭の戦艦、その武装解除した民間モデルね」
「ミリタリー好き向けのマニア商品か」
「そういうこと」
「いやぁ持つべきものは金持ちだな。よくドイツから許可とれたな」
「元々、船の性能テストを兼ねて運航テストしていたのよ。機器の不調ってことでドーバー海峡に立ち寄る。という体裁よ」
「そうか、でもこれでドイツにすげえ怒られるんじゃねえか?」
「そこは、うまいこと情報操作してくる人がいるから」
「……ナガトか」
「持つべきものは良い旦那よ」
「はは、違いない」
コンコンと船長室のドアが叩かれる。
「ど、どうぞ」
「失礼します。イギリス、第三王女と言えばいいかしら?」
「オーロラ殿下、ご機嫌麗しゅうございます。シュミットトリガ社CEOセレネ・シュミットトリガでございます」
「ええ、ところで付き人を入れても?」
「構いませんよ」
「初めましてセレネさん。一昨年の決勝は何度も見返していますよ」
「こちらこそ、初めまして戦神ヘラクリス、お会いできて光栄の極みだわ。まさか特殊感染者になっているとは思っていなかったわ」
「そちらも特殊感染者と伺いました。災難でしたね」
「そっちほどじゃないわ。まぁ戦士競技協会は特殊感染者の参加を拒否するみたいだけど」
「おや……それは残念です」
「安心して、戦士競技感染者階級を設けているところなの」
「それは……素晴らしいです。ぜひとも」
「そろそろ本題に入っても?」
「あらごめんなさい、ついつい」
セレネはカナメの隣に座るとオーロラとヘラクリスと向き合う。
「さて、本題に――」
「ところで、あなたは誰なのかしら?」
「……シュミットトリガ社の戦闘顧問のラゼンっていう者です。いわゆる平民です」
カナメは涼しい顔で嘘を着く。セレネは隣で苦笑いを浮かべている。
「あら、ごめんなさいミスターラゼン、ところで家名はなんていうのかしら?」
「家名は持ち合わせておりません」
それを聞いた途端、オーロラの表情が冷たく、見下すような視線をカナメに向けた。
(うわぁ……噂には聞いていたがマジで階級社会なんだな)
「それで、家名すらお持ちになられていないお方が私に何用ですか?」
「そちらに派遣された感染者からオーロラ王女との婚姻を結んだと報告があったもので事実確認を」
「あら、そんな約束してしまったのね。ごめんなさい緊急時で気が動転していたのかもしれないわ。破棄してくださる?」
(おー、この女……ははっ、気に入った)
「獣桜組が頭目、獣桜エマに一報が来ておりますが?」
「何のことかしら?」
「……王女、嘘はよくありませんよ?」
「覚えていないのでもすもの、嘘か真かも私にはわかりません。ただそんな覚えはない。書面はあるかしら?」
「書面はございません」
「では無効になるのでは?」
「……ぷっ、あはっはっはっは!」
カナメは堪え切れず笑い声をあげる。
「何かしら?」
「いや、別に、すげえいい女だと思ってな! すまんすまん!」
「ふーん、顔が良いから今の発言は見逃してあげる」
「そりゃあどうも! いやぁおもしれえ!」
「……その態度、このお方が誰かわかった上で取られているなら今すぐその首ねじ切られても文句はないな?」
ヘラクリスは眉間に皺を寄せる。
「お、言うねえ。感電してほとんど動けなかったのに?」
「……どうしてそれを?」
「セレネ、ネタバラシ」
「はいはい……」
セレネはこほんと咳払いをする。
「オーロラ王女、ヘラクリス、私の隣にいるこの男はあなた方を助けたあの黒い怪物です」
「……はい?」
「ほれ」
カナメは腕だけを変化させて怪物の腕を作り上げる。
「……驚いた、人間にもなれたのね」
「まぁこっちが本当の姿さ」
「あらそうなの」
「あの、続けても?」
「あらごめんなさいセレネさん、どうぞお続けになられて」
「ありがとうございます。それでこの呑気な男ですが現天帝、カナメ陛下その人でございます」
「……はい?」
「初めまして、じゃねえけど、改めて、余が日本のトップにして感染者たちの王さ」
「天……帝?」
「そだよー」
「……その、大変失礼しました」
「いいさ、別に言葉遣いだけで人間を格付けする方がおかしい、血筋でも才能でもなく、人間、個々人が何を成そうとして、何が成し得られたかが重要なんじゃねえか?」
「その割りには、人を騙していたようですけどね」
「茶目っ気と思ってくれ」
「ふーん」
「悪かったって本場の階級意識を見てみたかっただけさ」
「左様ですか」
「それでクソ真面目な話、オーロラには余の妻として正式に迎え入れることを伝えたくてな」
「……助けて頂いた手前、断ることもできません。それに今の我々は追われる身の上、妻になる方が色々便利です」
「だろうな、それに余はあなたのような女性が好みだ。顔も体つきもだが、何より魂が良い」
「魂? そんな不確かなもので私を見ているのですか?」
「ああそうだ。そうだとも」
「随分曖昧な方が日本のトップですこと、これで舵取りが出来るのでしょうか?」
「実際失敗した」
「やっぱり」
「妹がアメリカに拉致されてな」
「それは大変ですね」
「まぁ正直妹は優秀だからな命の心配はあんまりしていないっていうのもある。と言うかあれを怒らせたらどうしようもできない」
「黙らせるなら銃弾のひとつで事足りるのでは?」
「いや無理だな」
「何故です?」
「感染者には親個体と呼ばれる奴らがいてな、妹はその親個体であり、さらに極めて異常な発達を遂げた感染者でもある」
「つまり?」
「理論上殺すことは不可能ではないが、無理に近い」
「擬似的な不老不死とでも?」
カナメはオーロラの言葉に首を縦に振る。
「細胞が劣化しない。生物の細胞には分裂回数が決まっているが、現状観測されている親個体は全て不老不死と言って良いだろうな。特にエマなんて――」
カナメの携帯端末が振動する。
「どうぞ」
「ありがとうございます。王女様」
カナメは電話に出る。
『もしもし? うちやけど、こっちは片付いたで』
「お、エマか、タイミングが良すぎて怖いな」
『そら盗聴してるさかい』
「冗談だよな」
『ふふふふ……』
「まぁいいや、とりあえずお疲れさん。これでアメリカの視線がヨーロッパに移ったわけだな」
『あとはシルバーベルが上手くやってさえいれば計画通りやな』
「だな。あとはナガト達が上手いことやってくれりゃいい」
『せやなぁ、でもまさかご自身ではなく、ナガトに任せるなんて驚いたわぁ』
「アイツは信用できる。この2年でナガトは成長したぜ。知ってるだろ?」
『せやなぁ、大手企業の多重スパイに、要人暗殺、それに再生治療の専門医、はたまた弁護士のライセンスも取ったらしいな。なんでも出来る子や』
「師が師なら弟子も弟子だな」
『せやなぁ、流石はフソウの弟やぁ』
「……フソウってそんな頭良かったか?」
『そっか、そやな、知らんはずやわぁ。あの子は持てる知性を全て暴力に捧げて子やで。』