158_英雄顕現_カナメ
「見えた。遅かったな」
「なに……これ……」
オーロラは想像超える破壊を目の前にして口元を抑えた。
「完全に暴走してるああなっちまうと中々骨が折れるぞ」
「あなた天帝でしょ、何とかしなさいよ」
「いくら何でも無茶言うな」
「あなたの私の夫でしょ、何とかしなさいよ」
「……わーったよ」
竜は大地に降り立つ。
パワードスーツ兵とヘラクリスの間に挟まるとパワードスーツ兵を見る。
「兵たちよ、これより先は感染者の領分。引くならその命を約束するが、あえて余の邪魔をするというなら消し炭になること心得よ」
黒い外殻に四本の足で地面立ち、四つの翼を広げる生物がパワードスーツ兵に流暢な英語で語りかける。
「無理だ……人間の戦いじゃない……」
想像すら追いつかず目の前の現実を受け入れられない兵達の心は既に折れていた。程なくして撤退する。
「……もう少し」
ヘラクリスは呟く。
「もう少しでオーロラの脅威を排除できた」
ヘラクリスは怒りを見せる。
「邪魔をしたな貴様」
「これはヤベエかもな」
竜はオーロラを降ろすとヘラクリスの正面に立つ。
「殺す――」
才能か、それとも努力の結果か、カナメの反応よりも早くヘラクリスの拳は顔を叩く。
四つ足で踏ん張り備えるが、トラックに正面衝突したような衝撃が脳を揺らす。
「はは、効くねえ」
「……」
ヘラクリスは自分の拳の感触を確かめる。
確かに鋭い一撃だったが、ことカナメには通用しない。
「ヘラクリスだっけ? 気張れよ、お前が手を出したのは全感染者の頂点に君臨する王だからな」
カナメは笑う。久々の闘争に。
レブルウイルスにはいくつかの特性がある。
最も有名な性質は生物の遺伝子を人間の遺伝子に無理やり組み込む性質。これにより感染者は様々な生物の力を得る。
この生物の因子も大小様々な程度が存在し中には特定の一部だけを顕在化させることがある。
カナメの場合、それが全ての生物が持つ性質。
黒い外殻はより強固に進化する。
より力強く進化する。
加速する。進化が加速する。
ありとあらゆる生物が持つ性質――。
進化。
全ての生物が平等に与えられし権利。
その権利をカナメの血肉は自在に変化させる。
結果、生まれたのは人間を殺すのに最も適した姿。
幻想の中だけに生まれ、そして終わるはずだった怪物。
竜の姿を得た。
「ッ――!」
ヘラクリスの胴に尾が炸裂する。
「ふうん、スピードは格上、だがパワーなら――」
ヘラクリスは体を柔らかく使い、カナメの尾を掴むとそのまま引き寄せる。
「力自慢か? やめとけ、どうせ二番手止まりさ」
カナメは翼を翻し後ろ足でヘラクリスを蹴り飛ばす。
「二番手? この私が――」
ヘラクリスの腕が隆起する。筋肉がはちきれんばかりにパンクアップする。
体を低くして今にも飛び掛かりそうな姿勢を取る。
(……まだ全力じゃねえのか、こりゃ手がかかるな。殺すならすぐできるが、そこのわがままな第三王女様のご機嫌が斜めになるしな)
カナメは四つある翼を全て体の内側に折りたたみ、翼に使っていた細胞たちを全体の骨や腕にあてがう。
「変化……一体なんの生物だ?」
「さぁてね?」
四肢に力を込めて解き放つ。
ヘラクリスの目から見れば、消えたと言えるだろう。
誰もが目で追えないほどの速度で彼女の背中を取る。
一撃。
ヘラクリスはそれを視認できなかった。神速域に達したカナメの前足を誰も捉えることはできない。
が――。
(嘘だろこの天才ッ!)
本能が赴くまま、直感でヘラクリスはカナメの前足を捕まえる。
ミシミシと外殻が圧し潰される。
「おい、王女さんよぉ! この女マジで止めらねえかもな!」
「サムライハート」
「そうかよ」
カナメは掴まれた腕に全力を込める。
対抗してヘラクリスは両手の握力をさらに高める。その瞬間を見計らってカナメは体を丸めて後ろ足で蹴りを食らわせる。
「ようやくヒットか」
「1ポイント、くれてやるさ」
風塵を先駆けるヘラクリスは地面を砕くほどの踏み込みでカナメの顎に一撃を加える。
(……流石人類最強か)
「流石だな」
カナメは笑う。
「そっちもなかなかだ。戦士競技に興味は?」
その一言でカナメは確信した。
(ああ、こいつ、楽しんでやがるな)
「興味ねえな」
「残念だ」
「なんせ、この余が出たらもう誰も優勝できなくなるからな――」
消える消える。
黒い獣は足音を置き去りにして。
消える消える。
風が集う。雨が集う。
ドーバー海峡に嵐が来る。
消える消える。
雲の狭間から雷電が迸る。
天帝の君は体を震わせる。
バチバチと音を立て、周囲に雷が鳴る。
「死ぬなよ」
天と大地を繋ぐ一筋の光はヘラクリスの周囲に落ちる。
「……Skata」
降り注ぐ雷電達をかき分けてカナメに再び距離を詰める。
もはや生物の目では追うことが許されない雷撃を全て避けながらカナメの眼前まで距離を詰める。
「ここまで追い込まれたのは初めてだ。すげえよ。だから死ぬなよ――」
カナメは体を震わせながら前足でフェイントしっぽの本命をぶつける。
ヘラクリスはフェイントを見切れきれず尻尾の一撃受け取る。
「ガァッ――」
高電圧、低電流を彼女に流し込み麻痺させる。
(できるだけ加減したが、止まるか)
「グッ……アァッ!!」
獣のような叫びを上げながら痙攣する腕をそのまま無理やり伸ばす。
「悪いな――」
カナメは電撃の出力を上げようとした刹那。
「ヘラクリス!」
ヘラクリスが伸ばした腕をオーロラが取る。
「オーロラ……」
「もういいの、十分よ」
「……はい」
ヘラクリスはその場で倒れるように座り込んだ。
「強いな」
「ええ、でもまぁ、これからどうするの?」
カナメは周囲を見渡すと様々な戦略兵器たちが迎撃姿勢を取っていた。
「この数は厳しいな、まぁぼちぼち来るだろう」
エンジンとジェネレータの駆動音が響く。
海を割ってデカデカと自社のロゴを見せつけるように一隻の船が現れる。
「来たな」
「あのロゴ……シュミットトリガ社……ドイツがなぜ?」
オーロラは首を傾げた。
「日本の要請に応じてくれた」
「そう……外交問題ね」
「それじゃ行くぞお嬢さん方」
カナメは二人を口でつまむように背中に乗せると、ホワイトクリフの断崖から一気に飛び降りる。
水面にぶつかると同時に前足を打ち付けた飛び跳ねる。
「水面を走れるの?」
「五歩なら」
「てことは――」
「冷たいぞ」
水中にバシャンと入ると二人の体温は一気に持っていかれた。
セレネに引き上げられたころには二人は奥歯をがたがた震わせていた。
「ふぅ……久々に楽しかったな」
いつも通りお気楽な天帝であった。