156_英雄顕現_カナメ
照明弾がホワイクリフを照らした。
天空へ上る光が分厚い雲を集める。
雨の匂い、潮風はドーバーを激しく撫でる。
嵐が来る。
いつもそうだ、カナメが打って出る時はいつも嵐が訪れる。
ロケットは推進力を徐々に失いつつあった。
やがて海に落ちる。
黒い翼が広がる。四つの足、獣のようにも見えるが背中からは四枚の羽根が伸びている。
どこをどう見てもこの世の生物ではない。
モンスター、怪物、化け物、怪獣、色々な形容ができるが――。
竜、というのが一番よく当てはまる。
ホワイトクリフの岸壁に立つ。
地面には巨大な足跡を残しながらキャンピングカーを見下ろす。
「……感染者」
麗しい顔の女性がつぶやく。
「あなたが天帝陛下の使者かしら?」
竜はうなずく。
「これが人間……なのね。私はオーロラ、まぁみんな知っていることね」
オーロラは竜の顔に触れる。
「ねえ、あなた、腕に覚えはあるかしら?」
竜は吐息を漏らす。
「ひとつ頼まれてくれない?」
オーロラは真剣なまなざしで竜を見据える。
「大切な友人がこの先で戦っているの。このままじゃ間違い無く死んでしまうの。あなたがたったひとりでここに来れるほどの猛者であるなら容易いはずでしょ?」
「いやぁ、余は交戦の自由がないから、勝手に戦えない身なんだよね」
「普通に喋れるなら言って欲しかったのだけど」
「この女、なんかすげえ独り言を言ってんなぁとは思ってた」
「…………じゃなくて! それどころじゃないの! 友人を! ヘラクリスを助けて欲しいの! なんでもしてあげるか」
「なんでも、か」
「……できる限り願いを叶えるわ」
「余は戦いを禁じられているのでな、日本の要人各位から交戦許可が降りなければ戦えない」
「命がかかっているのよ? 日本人なら武士道というものがあるんじゃなくて?」
「だが、これにはひとつ特例がある」
「特例?」
「……わかった、その要件を満たせるなら私を自由にするといいわ」
「……わかった。その覚悟に二言は無いな?」
「ええ、煮るなり焼くなり、餌にして貰っても構わないわ」
「わかった、携帯はあるか?」
「? ええあるわよ?」
「今から言う番号にかけてくれ」
「いいわよ」
竜は番号を伝えると、誰かが電話に出る。
スピーカー設定すると音声が聞こえる。
『どなた?』
「やあシスターベル」
『あら珍しい、どうしました?』
「今イギリスにいる。色々あってこれから人命救助のために出陣する」
『あらあら、勇敢であらせられますこと。私以外の親の許可はお取りになられました?』
「いや、緊急事態につき一番連絡が取れるあなたに電話をかけた」
『そうですか、それならばあなたは取り決めを破ることになります』
「いや、これは我が妻が権限を行使する」
『……あなた独身では?』
「まぁそういうことだ」
『日本に戻られた暁には祝祭ですわね』
「そうだな」
電話が切られる。
「よし、じゃあ行くか」
「ちょっとまっ――」
「じゃあ乗るか?」
竜は体を低くする。
「わ、わかったわよ!」
竜は王女を背負うと翼を広げ大地を蹴る。
「あなた、一体何の生物なの?」
「わからねえんだよな、混ざりすぎてというかまぁこの話は追々」
「あなただけファンタジーみたいになってるわよね」
「アジアでは竜は神聖な生き物だからまぁこれはこれでいいんじゃねえって感じ」
「あなた見た目の割りにもの凄いフランクね」
「よく言われる。さぁてと騎士さんを迎えに行くとするか」
空へと登る。
「ヘラクリス……彼女感染者になってから凄く不調なの」
「不調?」
「色々症状が出た、1ヶ月も寝込んだり、全身の皮がめくれた上がったこともあったわ」
「皮が……何回だ?」
「え?」
「何回、皮がめくれた?」
「5回よ」
「で、4回目からおおよそ1ヶ月飲まず食わずで寝込んでいた」
「どうしてわかるの?」
「だとしたら、まずいかもな」
「説明して」
「ヘラクリスは今、感染者として元となった生物の影響を大きく受けている。おそらく昆虫のベースだ」
「……じゃあ今の彼女は」
「幼虫かそれとも蛹、もしくは羽化直後になる」
「5回目からもう三ヶ月は経っているわよ」
「だとしたら尚更不味いことになる」
「なんで?」
「昆虫などの虫類の感染者は本能的な衝動が極めて強でてしまう傾向が高い、まぁわかりやすく言えば、凄まじく好戦的になるってことだな。自我を失うほどに」
「今まで普通だったけど?」
「それは完全な成虫になっていないからだ。一度完全な成虫になってしまえば暴走することになる。そうなったら悪いがこの場で殺すことになる」
「そんな……」
「まぁでも中には本能を押さえ込んで自我を保てている感染者もいる」
「ちょっと乱暴になるだけでそこまですること……」
「ま、百聞は一見にしかずだな」