153_英雄顕現_ヘラクリス
キャンピングカーを数時間走らせるとドーバーの街並みが広がる。
軍用車が駐留しているところから既に港は包囲網が敷かれているのがわかった。
幸運なことに、堂々としているあまりに一周回って驚くほど気付かれない。完全に観光客に紛れ込めていた。
だが、一度公共交通機関を使えば即座に捕まるだろう。
だからヘラクリスはあえてぼんやりと違うことを考える。殺気を出さないために。
(オーロラとはもう20年の付き合いになるのか……あの日差し伸べられた手を取って本当に良かった)
ヘラクリスの生まれはギリシャで、最初は金持ちそうな子供がいたから財布を拝借しようとしたのが始まりだった。
汚らしい身なりで親には捨てられ、今日の飯にさえ事欠くギリギリの生活だった。料理屋の排気ダクトの下で暖を取り、ゴミ箱の誰かがかじった肉をかき集めて飲み込む。
当時のオーロラは近い年齢の友人がいない寂しさかそれとも本当の気まぐれかまだ名前もない彼女に手を差し出しヘラクリスと名前を与えた。
それからしばらくはオーロラの付き人として身の回りのお世話や話し相手になった。
中等部になった頃、オーロラは持ち前の悪戯心で家を抜け出して街に遊びに行った。
人間の悪意を理解し切れていないオーロラはすぐに悪い男に捕まった。
そこがヘラクリス人生の分岐路だった。
彼女は大の男たちを素手で全員を一撃でノックダウンさせたのだ。
顎が砕けるほどの膂力だった。
オーロラはその光景を「名は体を表す」と評価した。
ここからの躍進は目覚ましかった。戦士競技ジュニアユース部門を無敗で優勝し、ユースに至っては3年連続優勝、それからメジャー入りし6年連続無差別級優勝を勝ち取った。
更に腕を磨くためにイギリス軍に入隊、わずか2年で特殊空挺部隊過程を突破した。
文字通り、英国最強の名を欲しいままにした。
だがそうなると敵も多くなった。アメリカ遠征の際、彼女の食事にレブルウイルスが仕込まれていたのだ。
そしてヘラクリスは感染者となった。以来、彼女は不調が続き療養するために戦士競技の参加をキャンセルした。
最悪なタイミングでイギリスはレブルウイルス感染者を巡って様々な議論がされていた。
オーロラは感染者擁護派の筆頭になり活動を行っていた。唯一無二の親友ヘラクリスを護るために。
その選択は感染者隔離派の筆頭であり、オーロラの実の姉であるオリヴィエ・ヴィクトリアとの訣別でもあった。
こうなった途端、オーロラが英国の敵になるまでの速度は速かった。
(あれほど仲が良かった姉妹……だったのに……)
ヘラクリスはハンドルを握りしめる。
もう時間は戻せないと言い聞かせる。
「ヘラクリス、後ろの車さっきからつけてない?」
「……やっぱりそう上手くいきそうにないですね。一度ホワイトクリフに向います。観光客の素振りを見せましょう」
ルートを変更しヘラクリスは観光名所であるホワイトクリフに向かい始めた。
(目をつけられた……そろそろここまで上手くやれたのが奇跡か……)
次のルートを考えながらヘラクリスはホワイトクリフに到着する。
「オーロラ、ここからは別行動です」