140_闘争矜持_エマ
感染者には親と呼ばれる個体が存在する。
現在観測されている親個体には以下の共通点が存在する。
1.特殊感染者を生み出しやすい
2.全員女性
3.生殖機能を持たない(レブルウイルスによって卵巣の機能がウイルスを生成するようになっている)
4.不老不死(レブルウイルス以外の病気にかからずテロメアが永遠に若返りを繰り返す)
5.容姿端麗(ウイルスの生存戦略の一種と考えられる)
6.極めて高度かつ説明できないレベルの生存戦略性を持つ(ウイルスが元々強い個体を選別しているかは現在不明)
「ただいま、お持ちしました」
メズキとその部下五人が布に包まれた巨大な塊を必死に運ぶ。
その隣でユネは完全防護で金属製の縦長のケースを運ぶ。
「ユネ、危険な作業ありがとう」
「もう、やりたくない……」
ケースの取っ手にアンナが触れると生体認証を検知しケースが開く。
中には、十文字槍が収められていた。
アンナは槍を手にするとクルクル回して体を慣らす。
一歩のエマはメズキ達がやっとの思いで運んだ塊を持ち上げると布を外す。
あまりに無骨極まりない鉄の塊、遠目から見るとそれが巨大な斧であることが伺える。
むしろ、怪力で名高い馬の感染者が揃って運んだ重量物を軽々と持つエマに誰もが驚嘆する。
「さてと、アメリカのみなさーん。どうもぉお晩です。うちと隣にいるんが感染者の親個体、アンナとエマで間違いないで。捕まえたきゃいつでも来たらええよ」
エマはニヤリと笑って斧を降ろす。自由落下する鉄塊が地面に埋まる。
アンナは静かに槍を構えている。
ここまでおちょくられて流石にプライドが許せないのか部隊のひとつが重装備を携えて降りてくる。
(パルスアーマーにレーザー対策のナノラミネート加工、まぁ悪くはないんとちゃうん?)
アンナは次の一手を考えながら会話をエマに任せる。
「アメリカ海軍、部隊長。名前は――」
「ええよ、名乗らんでも。ねいびーしーるず? やのは知ってる」
「……無用な戦闘は避けたい」
「だからそっちに身柄を渡せと?」
「Yes」
「ふーん、それに応じるか否か、いくつか聞いてもええ?」
「なんだ?」
「ノラとアナは元気しとる?」
隊長を名乗る男は全く表情を変えず「誰のことだ?」返す。
「そっかそっか、じゃあタイガは元気しとる?」
それについても男は全く同じトーンで返す。
「あら残念」
エマは目を細めて笑う。
「組長ー、ノラとアナはやっぱ裏切ってましたよー」
フエテが暢気な声でへらへらしながらエマに遠巻きから声をかける。
「捕まえたん?」
「いやぁ、ハンバーガー臭い軍人さんばっかで、おしっこちびりそうだから帰ってきた」
「ふーん」
「タイガはいなかったよ」
「そうかぁ、まぁええ欲しい情報は揃ったようだしな」
エマは男を見据える。
「……こっちにも開示できる情報というのがあるんだ」
「ふーん……」
エマは会場をぐるりと見回す。シラクサーナファミリーのガレリオがサムズアップを返す。
ガレリオはエマが時間を稼いでる間に無関係な人間の退避を済ませていた。
それを見たエマは手を叩く。直ぐさま幹部達が集い並び立つ。
エマは今までの悠々とした態度から一変させ、凜とした美しい目と雰囲気を漂わせる。
「交渉には応じない」
ドスの利いた声でエマは続ける。
「これより獣桜組は日本陸軍獣桜部隊となることを宣言する。天帝陛下のご威光を示さんとする」
エマは斧を返す。地面を抉りながら逆袈裟に男を両断する。
宣戦布告である。
「全員、好きに暴れなさい――」
エマのその言葉に血の気の多すぎる幹部連中の一部が大笑いして持ち場につき始める。
それをよそ目にエマは更に前に躍り出ると斧を無造作に叩き付ける。
刃渡りで人間の身の丈を超える巨大な斧が振り下ろされる。
パルスアーマーが一瞬でオーバーヒートする。
それでも特殊強化プロテクターに身を包んだ重装兵に斧の切っ先が肉を切り裂くことはない。
はずだった。
「爆ぜな、紅蓮赫灼――」
エマの一言と共に斧の切っ先が爆轟が鳴り響く。
重装兵は粉々に血肉を散らしながら地面に赤色の染みを作る。
紅蓮赫灼、シスターベルが産み落とした感染者であり、生体武装と呼ばれる人間とウイルスを材料にした兵器。
生物のベースはメタノパライス・カンドレリ、地球上に存在するあらゆる生物の中で最も高温に耐性を持つ菌である。
また、メタン生成菌としての側面を持つ。
先ほどの爆発はメタンが発火したことで発生したトリックである。
まるで癇癪を起こしたように燃え爆ぜる様はまさに紅蓮赫灼に相応しい。
だがこの兵器、長所であり致命的な欠点である。
それは人間が持って振ることを明らかに無視されたほどの重量であること。
斧の柄の長さと遠心力を計算すると大型バイクを振り回しているのとほぼ同義となる。
感染者多くいれどそのレベルの膂力で長期戦が可能なのはエマとナガトの姉であるフソウのみ。
「流石は、水牛のベース、パワーが違うな」
「アンナ、あんさんは物見遊山かい?」
「久々にその狂った怪力を拝みたくなっただけさ」
「ふーん」
獣桜エマ、獣桜組の頭目であり親個体、生物のベースはアジアスイギュウ、古くよりその膂力は家畜として人類に力を貸していた歴史を持つ。
だが、ここにエマの生まれ持った体質が怪力に影響を与える。
ミオスタチン筋肉肥大症、エマは生まれつき極めて筋肉が付きやすく、筋繊維の本数が常人の十倍を超えている。この筋繊維一本一本が激しく成長し互いに互いの筋肉を押しつぶし合い細身になっている。
これに牛の膂力が加わったことで、エマはスイギュウの十倍の筋力を得ることになった。
生物学的には骨や関節が限界を迎えるはずだが、まだ解明されていないウイルスのなんらかの作用でこの怪力を維持したままエマは健康状態を維持できている。
こうして出来上がった怪物がトップになり今の獣桜組が出来上がった。