139_闘争矜持_ヤマト
黒き毛皮の怪物が咆哮を上げる。
その鬨の声がシチリアに木霊する。
レオとの一戦でヤマトの闘争心が最高潮に達し、雄としての成熟を果たしたのだ。
だが同時に、この爆発はレオにまで波及していた。
レオも呼応するように体を変化させていた。
神はレオに祝福を与えたと言って良いだろう。
よりにもよって最強のライオンと名高き種をベースに与え給えたのだから――。
バーバリーライオン、またの名をアトラスライオン。
文字通り最強のライオンである。
どちらが勝ってもおかしくなかった。
次の一手で全てが決まる。
お互いにぶつけであろう拳が持つ火力は銃弾にも匹敵するのだから。
にも関わらず両者目と鼻の先まで歩み寄る。
「俺はシラクサーナファミリー、レオ・シラクサーナ!」
「俺は――」
「獣桜 大和」
ケージ手を掛けて優しい顔でエマが答える。
「……いい、のか?」
「もうええ、帰っておいで」
「……はい」
ヤマトはレオの眼を見る。
「俺は! 獣桜組、獣桜ヤマトだ!」
両雄、拳を突き上げる。
「一発で倒れるなよ米野郎」
「ああ? さっきから何発食らってんだろパスタ野郎」
背負うは矜持。
振うは闘争――。
ライフル弾よりも凶悪な拳が両者を叩く。
レオがヤマトを――
ヤマトがレオを――
魂と魂がぶつかり合う――。
その熱とは裏腹に、ヤマトは至って冷静に体を柔らかくしならせる。
「――ッ! なんだその動き?」
レオは直感的なものがほとんどだったが既に今のヤマトの状態が危険であることに勘付いていた。
「チッ、伊達にイタリア最強か」
日本には古き時代に生み出された戦闘術がいくつかあるその中でも天帝に仕える者たちに脈々受け継がれる流派があった。
天仕鈴蘭流。日常では使わない筋肉や関節を意図的に動かすようにし打撃や技の威力を上げる身体操作を主としその応用で様々な武具の熟達を主とする流派である。
その現当主に直接の指導をヤマトは受けていた。
「さて、ここから見物だな」
そう呟くのは天仕鈴蘭流の総師範。
普段は君影研究所所属の医者として働いている。
よく聞く名は、君影アンナ。
そう、君影アンナである。
ヤマトは軽やかな足捌きでレオとの間合いを詰める。
足先の踏み込みを右拳に伝達、弾丸のように加速した拳がレオの胸に撃ち込む。
全身の毛を逆立て目を見開いてレオは僅かな空隙を縫い合わせるようにヤマトの拳をかわす。
鉄格子が綿菓子のように変形させる怪物の一撃、群衆達は息を飲む。
これが獣桜組の上澄み、まだまだ上には上がいるということに誰もが目を伏せながら。
レオのクロスカウンターがヤマトの顎を打ち抜く、それでさえヤマトに膝を着かせることさえ出来ない。
頭一つ抜きん出たタフネス、これがヤマトの真骨頂。
かの天帝と殴り合いを成立できるまでに己を文字通り鍛えた強烈な耐久力こそがヤマトの最たる才能。
ゲームは変わらず、ヤマトが一撃を当てるか、レオがヤマトの耐久力を削りきるか。
サーベルタイガーとバーバリーライオンの命懸けの決闘に終幕が訪れる。
静かに地面に倒れる。
最後まで拳を握りしめ、前のめりになって倒れる。
「はぁ……はぁ……」
勝ったのはヤマトだった。
勝利が宣言されたと同時にヤマトは拳を降ろした。
ケージが吊り上げられる。
直ぐにユネとアンナが歩み寄りヤマトのバイタルをチェックする。
シラクサーナファミリーからもレオを囲うように医者達が何かをしているのをヤマトは横目に確認する。
「良くやったな馬鹿弟子」
アンナは手際良く傷を治療しながら呟く。
「どんなもんですか師匠」
「まぁ、今日は及第点としてやる」
「まだまだですか?」
「まだまだだ。治療が終ったら手本を見せてやるとも。戦いの」
「そりゃどうも」
「ヤマト!」
今度はエマが歩み寄るとヤマトの体を抱きかかえる。
「……母さん」
「本当に馬鹿な子や、なんでやなんでそこまでしてタイガをかばうんや!」
その言葉でヤマトは全てを察した。ヤマトは兄貴分であるタイガの不義を見つけ証拠共にタイガを葬った。そしてその事実を隠し通すためにエマから破門まで食らっていた。
だがエマはタイガの不義を全て把握していた。
つまりヤマトはバレバレの嘘を隠し通していたことになる。
「タイガ……兄貴をこれ以上貶めないであげてください」
「アホ! 本当にお前は昔から本当にもう……」
「……知ってる」
「え……?」
「本当は生きているんでしょ、兄貴」
「なんでそれを――」
「ノラとアナを見てりゃわかりますよ。あの二人はタイガが大好きでしたからね。俺が兄貴を殺した日、あの二人だけは冷静でしたから」
「……それってつまり」
「ノアとアナだ。シルバーベルにNNEDを横流ししたのは」
エマは目を丸くした。直ぐに顔を上げる。
「フエテ! アカイ!」
その一言で二人はかけ出した。
「どーしてそんな大事な事いままで……」
「言って信じましたか? あの頃の俺を?」
「……ほんまにアホなんやから」
「若、お帰りなさい」
クラマと他の組の幹部がぞろぞろ集まり膝を付いて両指を地面につけ頭を下げる。
「今までの不義理、お許しください」
「クラマ、気にしちゃねえよ」
「あ、そうっすかよかったよかった」
「すまん、やっぱ許したくねえわ」
「いやぁ、若に嫌われたらヒグマに怒られちまうからヒヤヒヤしましたよ。なんせ若はヒグマの忘れ形見なんですから――」
クラマが思わず滑らした言葉。
エマも含め組全員が驚愕の声を漏らす。
「クラマ」
「……あっ、やば、今のはノーカンで」
「どうして! そんな! 大事なこと! 隠してたん!」
「ヒグマって、あの獣桜組最強の喧嘩師の?」
ヤマトもぽかんと口を開けていた。
「…………はい」
クラマは冷や汗を滝の様に流し始める。
「へえー、そうだったのか、小せえガキの頃からよく話を聞いててカッコイイって思ってたからなんか嬉しいな」
「そうですね若……若は間違い無くヒグマの血を引いています……その……」
「何だよ、そんなこと隠してるなんて水臭えじゃねえか」
「その……問題はですね、若」
「お? 問題?」
「ヒグマの子を宿した母親なんです」
「母親?」
「実は……その……」
「ヒグマの子を宿したんはうちや」
エマが答えた。
「……え?」
「わかりにくい話やけど一度しか言わんから覚えとき」
「はい」
「これは感染者になる前の話や、獣桜組の総長を決める内輪揉めがあってな、うちらも巻き込まれておったんよ。でうちが産んだ子が人質にされる可能性があったからクラマに頼んで赤ん坊を足が付かないように孤児院に預けたんよ。で、それから十年くらい経ってたまたまうちが拾ったんよ。知らんままに」
「えっーーーと、捨てた子とは知らねえで子供拾ったら自分の子だった?」
「そうや」
「へー……え? てことは俺」
「そうや! アンタは獣桜組の総長、獣桜エマの血の繋がった一人息子や! 実質、獣桜組の二番手がアンタや!」
「ふーん、そうだったのか」
「話の腰を折って悪いが、治療は終わりだ。後で異常がないかCTとMRIは必要だが……」
アンナが冷静に周りの状況を確認する。
会場の熱狂の中に潜む火器の香り、そろそろ痺れを切らした奴らが動き出す。
「ああ、もう抑えなくてええんやな、アンナ?」
「どうやらそのようだね」
エマが手を叩く、奥からメズキとユネが現われる。