138_闘争矜持_レオ
トラ、世界で最も巨大なネコ科動物。
群れることはなく、ジャングルに身を潜め爪と牙を研ぎ澄ます最強の一指に入る生物。
だが目の前にいるトラの感染者は、異質そのものだった。
ネコ科動物の感染者のデータをレオはある程度調べているがそのどれにも当てはまらない異質な感覚がレオの肌を刺す。
不思議な感覚だった。
荒々しい大地で鎬を削る争いの香り。
レオの心は臨戦態勢、いつでもこの男に挑む覚悟がある。
そう挑む、という感覚なのだ。
格上、あるいは同格の相手に対する念である。
直感が本能が告げている。
「ヤマトだったか、お前強いな」
「そりゃどうも、だが俺より強いのはいくらでもいる」
「…………そうか」
レオはその言葉に希望と絶望を抱く。
希望は自分より強い者がまだ溢れるほどいるということ。
絶望は、今この時、相対している男が背負っている敗北の数がただの負けではなく、挑戦の試行回数であったということ。
200回に及ぶ勝利への試行回数。
顔に泥をつけても尚、無様を晒しても立ち上がる意志。
何がこの男を駆り立てる。何がこの男をここまで昇華させたのだろう。
賞賛に値するその双眸、レオは殉じる覚悟をする。
この男はここで倒さねば今後二度とレオに勝機はないと思わせるほどに――
「俺が怖いかレオ?」
「お互いさまだろ?」
「違いない」
レオ、跳躍する。
躍動する体とは裏腹に指先から全てを制御しフェイント無しの全力、全速の不可避の一撃を放つ。
直撃。
ヤマトの腹に拳をめり込ませる。
(通らない――いや通すッ!)
更に踏み込み押し込めた拳を開いて胸骨を裏側から掴む。
流石のヤマトも苦痛で顔を歪ませるが即座にジャブで反撃する。
レオは寸でのところで顔を逸らしジャブをいなすと腕を掴み背負い投げを決める。
硬い地面に叩き付けられるヤマトは腕をバネのように弾けさせて直ぐに立ち上がりバックステップでケージギリギリまで下がる。
「何逃げてんだ! 腰抜け!」
「早く殴り合え!」
ヤジが飛び交う。
レオはダメージが蓄積しているうちにたたみかける。
ヤマトとの距離を縮め軽いフットワークで翻弄しながら鳩尾にアッパーを放つ。
ヤマトも跳ねるようにアッパーをかわすと前のめりになったレオの後ろを取る。
もはやヤマトの姿を見えないが本能で膝を落として地面に顔をこすりつける勢いで重心下に降ろす。
ヤマトの拳がケージに直撃する。
レオの背筋が凍り付く。
頭上に視線を向けると、人間の指ほど鉄格子が悲鳴を上げならヤマトの拳と全く同じ形に形を変えていた。
(一発でも食らったら即KOか)
体を持ち上げると同時タックルを食らわれてヤマト押し倒す。
馬乗りになると咆哮と共にヤマトの顔面に拳を放つ。
ヤマトも攻撃を避けるべく顔を逸らすと虚空を付いた拳が地面にめり込む。
ケージの床がレオの拳を起点にひび割れる。
観客達は先ほどのヤジなど無かったかのように黙り込む。
両者の拳のおぞましさに息を飲むばかりだった。
だが体勢の有利はレオにある。休む間も与えずに拳を更に放つ。
ヤマトは腕で頭を守るが、床が一撃壊れる拳が雨のように放たれいる。
五分も続いたラッシュ、血だらけのヤマトを見て一瞬レオの拳が緩んだ。
その瞬間ヤマトが体を起こしてレオを弾き飛ばす。
なんとかヤマトは立ち上がるがふらついていた。
いやむしろ、あれだけの攻撃を受けて立っていられるだけでも驚愕だが、あろうことかこの男は拳を構えてファイトポーズを取る。
(耐久力が並外れてやがる)
「勝つ、勝つんだ、俺ぁ!」
後に引けない状態、この土壇場でヤマトの戦意はますます燃え盛る。
「勝つの俺だ! このレオ・シラクサーナが勝つ!」
ふらつくヤマトに追撃を放つべく再び距離を詰める。
が、レオの目の間に、いつのまにかヤマトの拳があった。
直撃。
大きく弧を描いてレオは体が宙を舞う。
空中で体勢を変えてひらりと着地する。
ヤマトの息が荒々しさを増す。
体毛が生え替わり、どす黒くなる。
犬歯が大き伸び、今までとは様相が大きく変わる。
「嘘だろ……」
レオは冷汗を頬から垂らす。
今まで戦っていたのはトラではなかった。
現存するネコ科動物で最も強いと言われるのはトラかライオンだ。その事実は変わらない。
だが、これが全ての時代で最強のネコ科動物と言えば話が変わる。
真核生物。
動物界。
脊椎動物門。
脊椎動物亜門。
哺乳網。
ネコ目。
ネコ科。
マカイロドゥス亜科。
もっとも、広く伝わる名は――
サーベルタイガー。